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第15話「お忙しい中、お招きいただき光栄です。フランシス・パーカー」

「――お忙しい中、お招きいただき光栄です。フランシス・パーカー。

 そして、ルシール・フォン・アッシュフィールドさん。

 お初にお目にかかります。レンブラント・ヴィネア・マクシミリアンと申します」


 ディーデリック殿下とはトワイライトでの思わぬ再会を果たしたが、こっちと会うのは、最初の髑髏払いの儀式以来だ。あの時よりは軽装だが、腰にはいくつかの魔道具が見える。


 ……隣に座っているバッカスは、こいつと王子とパーティを組んでいるのだ。

 少しは手の内を知っているのだろうか。

 俺の方はイマイチ察しがつかない。こいつがどんな魔法を使うのか。


「久しぶりだな、アンタも冒険者をやってるんだって?」

「――やはり、ルシールさんは知っているんですね。貴方の正体」

「おう。ここは俺の古巣だからな。現役時代の」


 互いに察しをつけた俺とレンブラントは軽く笑い合う。


「殿下は俺の正体を?」

「どうでしょうね、気付いたという明言はされていません」

「なるほど。じゃあ、とりあえずフランシス・パーカーのままで行くか」

「それが賢明でしょう。既にかなりの知名度を得ていますから、女性名にしておいた方が後々の面倒も回避できるかと。殿下以外にもね」


 銀のかまどのゴーレム使いとしてフランクの名を名乗ったことはない。

 しかし、フランシスという名前を使ってもいない。

 まぁ、いよいよ王子まで呼んでしまったら一気に有名店になる。

 男の名前で居ると無用な説明が増えてしまうのは事実だ。


「それで王子様を普段のここに連れてくるわけにはいかないって話ですよね?」

「ええ。お願いする身で恐縮なのですが、通常営業時のここで万一にでも戦闘になれば犠牲者が出ることは確実でしょう。殿下の御身は守れますが、それは彼の意志を守ることにはならない」


 ……ふふっ、やっぱ凄い奴だな、こいつ。

 ディーデリック自身を守り切れないとは全く考えていないなんて。

 ただ、周囲の人間に被害が出ることは避けられないと。


 自分の力量への信頼もそうだが、それ以上に優先順位を確立している。

 ディーデリックの安全と民衆の安全なら迷わず前者を取ると意識の底まで刷り込んでいるからこういう言い回しになるのだ。そこに迷うことはないのだろう。


「貸し切りにしていただけるというお話をバーンスタインから聞いています」


 ……この話し方、レンブラントは普段からバッカスのことをバーンスタインと呼んでいるのだろうか。それとも、俺とルシールという外の人間を前にしているから身内のバッカスを呼び捨てにしているのか。


 なんか雰囲気的に後者のような気がするな。曲がりなりにも年上を呼び捨てにする男とは思えんし、バッカスの方もバーンスタインと呼べとは言わないだろう。


「その話なんですけど、出張調理とか、どうですか?」

「え……? 出張?」


 レンブラントの方が面を食らって言葉に詰まるとは。面白いところが見れたな。

 しかし、このただならぬ雰囲気を纏う男に対して全く物怖じしないルシールも流石だ。俺が見込んだ彼女の才能への信頼を高めてくれる。


「王子様は、ゴーレムの調理と接客をご覧になられたいんですよね?」

「ええ、銀のかまどさんの新しいサービスは話題になっていますからね。

 殿下は、その、新しいものが好きなので――」


 レンブラントの言葉に頷くルシールちゃん。


「となると、殿下が本当にみたいものは普段のこのお店だと思うんですよ。

 お客さんで埋まって、フランクさんのゴーレムがひっきりなしに動いている光景だと。けれど、安全を考えるとそれはできません」


 本当に弁が立つな、この娘。これで17歳とは。


「その代わりと言ってはなんですが、お屋敷で調理と接客の実演をするというのはどうかなと思いまして」

「――なるほど。それは確かに殿下は喜ぶでしょうね。ただ、厨房を貸すとなるとうちの料理人たちが頷かない」


 最初の提案はダメか。となるとルシールの用意している次の矢は。


「では、配達というのはどうでしょう?

 うちの店からお屋敷までゴーレムに運ばせます」


 レンブラントの奴の表情がまた止まる。

 やっぱ凄いな、うちのルシールは。

 この男を相手にここまで主導権を取るなんて。


「――もし良ければ、俺が先に殿下の所に行って投影しますよ。

 銀のかまどの厨房から屋敷に運んでくるまでを」

「サンダースさん……確かにあなたが来てくれれば殿下は喜びますが」


 少し考え込み始めるレンブラント。

 さて、この男はどう判断するのだろうか。


「逆に良いんですか?

 営業時間外に貸し切りにしてもらうよりずっと手間がかかるのでは」

「そこは構いません。ただ、その代わりと言ってはなんなんですが――」


 そのまま、交換条件を切り出すルシールちゃん。

 内容は極めてシンプルで、ゴーレムが王子の屋敷に料理を運ぶことについて事前に話題作りをしたいということだ。


「なるほど、宣伝に使うという訳ですね。構いませんよ。

 サンダースさん、貴方ほどの魔術師が操るゴーレムを貴方自身が監視するんだ。

 万が一にも間違いはありませんよね?」


 こちらに釘をぶっ刺してくるレンブラント。


「途中で毒でも盛られるってか? 大丈夫だよ、そんなことにはならん。

 何ならアンタがこっそり、うちのゴーレムを護衛してくれても良いんだぜ?」

「――考えておきます。アッシュフィールドさん、貴女の提案に乗ります」


 少し持ち帰ってから後日細かいところは調整したいとの申し出が続いた。

 まぁ、彼の役職を思えば当然の話だ。

 曲がりなりにもディーデリックは我が国の王子様だしな。


「いやぁ、上手く行きましたね!」

「そうだね。流石だよ、ルシールちゃん」


 今日、レンブラントとの初会合をする前にルシールは俺に色々聞いてきたのだ。

 銀のかまど以外でもゴーレムの調理はできるのか、配達はできるか、とか。

 最初は思惑が読めなかったんだけど、ゴーレムが銀のかまどから王子の元に移動するという過程そのものを店の宣伝にしてしまいたいという思惑だった。


「いえいえ、フランクさんができると言ってくれたおかげですよ」

「ふふっ、そうかな。でも俺には無い発想だった。能力的にできるとしても」


 既に店の外での遠隔操作はテスト済みだ。

 多少ルートが違っても問題なく運用できるだろう。


「えへへ、そう褒めてもらえると嬉しいです」


 最初、バッカスに話を持ち掛けられた時には貸し切りにしますと言っていたのに少し時間を置いたらこれだけのことを思いついて、あのレンブラントを相手にほぼほぼ丸呑みさせたのだ。


 別にあっちに不利益のある話ではないとはいえ、この発想と手腕は素直に尊敬に値する。少なくとも俺の中には無かったものだ。


(……なんか、本当に乗りこなされてしまいそうだな、俺の才能を)


 親父さんの言っていたことを思い出してしまって、それが心地よかった。

 年上として止めるべきところは見極めるとして、しばらくはこの娘の商才に乗っていたい。俺1人では見れなかったものが見れる気がするから。


「最後の1週間も忙しくなっちゃいますが、よろしくお願いしますね?」

「ふふっ、最後にするつもりなんてないくせに」

「それはもちろん。見合った対価は用意してみせます――」


 降ろしていた俺の前髪に優しく触れ、こちらの眼を見つめてくるルシールちゃん。


「――私、フランクさんを手放しませんから」


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