第14話「――すまない、やってるかい?」
――銀のかまどを手伝うようになって、2週間が過ぎた。
ルシールちゃんの始めた1割引きセールは大成功を収めて、純利益が4割ほど増した。ゴーレムの投下数を増やして回転を上げたのと、ゴーレムを見に来る客がメインとなったので営業時間を伸ばしたのが功を奏した形になっている。
「3週目はセールはやりませんが、ほぼほぼ決まりですね」
帳簿を確認しつつ、ルシールちゃんがこちらに語り掛けてくる。
夜の営業が始まる少し前の時間。
今日はトワイライトが休みなのでこっちに顔を出していた。
「3週間を過ぎたら利益の1割が報酬か。まぁ、悪くない話だ」
「……私としてはちょっと少ないと思うんですが、両親の手前もありまして」
親父さんも言っていたな。
俺の魔法は既にルシールちゃんや親父さんの手の届かないところにあると。
だからレシピの全てを俺に渡してきた。追加の報酬として。
「そうかな? 結構な金額になると思うけど」
「ええ、ただ……ゆくゆくはもっと回せるように考えておきますよ」
不敵に微笑むルシールちゃん。
既にある程度は次の策が出来上がっていそうだな。
末恐ろしい娘だ。
「――すまない、やってるかい?」
扉についたベルが揺れて、聞き覚えのある声がする。
まったく、知り合いじゃなかったら摘み出してるところだ。
「まだ準備中だよ。見りゃ分かるだろ? バッカス」
「悪いな、お前の声が聞こえた気がしてさ」
ルシールちゃんと厨房の奥にいるおかみさんに軽く頭を下げるバッカス。
「お久しぶりですね、最近めっきりお店に来てくれなくなって、元気でした?」
「ああ。見た目の通り。
王子とパーティを組んだせいで、酒場を通すなって話になってさ」
なるほど、流石に一国の王子相手に酒場を通して情報や依頼を降ろすなんてことはやらないって訳か。手伝ってる間、一度もバッカスの姿を見ないからてっきり店を変えたのかと思っていたが。
「それで俺に何か用か? トワイライトじゃなくて、どうしてこっちに?」
「お前が居なかったら、後でトワイライトにも行くつもりだったさ。
ただ、アッシュフィールドさんの方にも通しておかなきゃいけない話でな」
ルシールちゃんの方が首を傾げる。
おかみさんは厨房で作業中、あまり聞こえていないみたいだ。
……俺とルシールに話を通さないきゃいけないことってなんなんだろうか。
「何の用なんだ? 悪い話じゃないだろうな?」
「別に悪い話じゃないと思う。あれだよ、うちの王子様がここに来たがっててさ」
「――はい?!」
ルシールちゃんがビクッと驚き、バッカスに食い付くように身を乗り出す。
……なるほど、ディーデリックがここに来たいか。
あいつの耳に入るほどに話題が広がっていることに驚くが、知れば確かに見たがるような気はする。ゴーレム5体の同時運用と接客だ。王都は軽く通ったことしかないからよくは知らないが、親父さんは王都でも見たことがないと言っていた。
「期待させたところ悪いんだが、単純に王子をここに連れてくるわけにはいかないって話になっててさ」
「……警護の問題か?」
特等席という個室のあるトワイライトとはまた趣が違う。
銀のかまどはかなり大衆向けの店だ。
ギルド本部よりずっと人間の出入りが激しい。
「そうだ。特に今、勢いがあって混んでいるだろ?」
「まぁ、正直いくらでも悪意ある人間は紛れ込めるな……」
「でもでも、せっかく王子様が来てくれるんなら、貸し切りにしちゃえば!」
――予想以上に乗り気だな、ルシールちゃんは。
前に話した時は有名な王子でも、そんなに興味ないって感じだったのに。
まぁ、今やこの開拓都市で一番注目されている男だ。
あのディーデリック殿下が来た店、となればそのネームバリューは高いか。
「ふふっ、そう言ってくれるとありがたい。
そこでだ、近いうちに王子の護衛役を連れてくるから細かい話を詰めて欲しい。
手間をかけるが、良いかな?」
バッカスの確認にこくこくと頷いて見せるルシールちゃん。
「あ、良いですよね? フランクさん」
「ふふっ、あの王子様とはそれなりの仲だ。断りはしないさ。
お前のメンツを潰すわけにもいかないしな、バッカス?」
上目遣いでバッカスの奴を見つめる。
なんか、ちょっと見てないうちにまた筋肉がついた気がする。
男らしさに磨きがかかっているな。
「恩着せがましいじゃないか。お礼は何を用意すれば良いのかな?
トワイライトのお姫様?」
「いやさ、俺もショーガールになったのよ。指名して高い酒頼んでくれない?」
こちらの言葉にクスっと笑うバッカス。
「噂には聞いてたが、マジだったんだな? ウサギなんだって?」
「ふふっ、そうだ。お前の目で確かめてくれよ、バッカス」
こちらの言葉に頷こうとして、バッカスの言葉が止まる。
「……ダメだ」
「なんで?」
「今のお前に金を払って酒を飲んだら、戻れない気がする」
……真顔でそんなことを言われてしまうと、確かに、そうかもしれない。
こいつから金を貰って、あのウサミミで接待するのは確かに戻れない一線だ。
といってもまぁ、あのウサギの衣装に袖を通した時点で既にそうだが。
「分かった分かった。無理に店に来いとは言わねえよ。
で、来るのはあいつか? レンブラントか?」
「そうだ。護衛の要は常にマックスだからな――」
――マックス?
レンブラント・ヴィネア・マクシミリアン……マクシミリアンでマックスか。
なるほどバッカスの奴は、あの男のことをそう呼んでいるのか。
「ふぅん? レンって呼ばないのか。あいつのことを」
「……いやぁ、まぁ、無理だよな。
殿下はそう呼んでるけど、なんというかあの2人の関係には微妙に入れん」
確かにあの2人の信頼関係はかなり強固に見えた。
特にあのレンブラントは底の知れない男だ。
いくら行動を共にしているバッカスでも、王子と同じようには呼べないか。
「うん……分かる気がする。独特だよな、あの2人」
「殿下の方がほぼほぼ全幅の信頼を置いているし、マックスも拾ってもらったって言ってるんだよな。正直、名字を略するのにも最初は緊張したくらいさ」




