第13話「当然じゃない。あんな稼業、一度覚めたら二度と戻れないわ」
「――ふぅん? 来たことあるんだ、この店」
レオ兄が連れてきてくれた店、それは以前にフィオナが連れてきてくれた場所。
夜の仕事に従事する人間向けのスープパスタ屋だった。
「ちょっと前にフィオナに連れてきてもらったんだ」
「なるほど。納得の理由だわ」
世間話をしているうちに注文していたスープパスタが届く。
前にフィオナが頼んでいたのと同じものだ。
レオ兄の方は、海老のクリームパスタを頼んでいる。
「ねぇ、フランク。今の”銀のかまど”ってどんな感じなの?」
スープを一口ばかり飲んで、繊細な塩味と柑橘類の香りを楽しむ。
そんな俺を見ながら、レオ兄が問いを投げかけてきた。
……現役のころは兄貴にとっても銀のかまどは行きつけだった。
冒険者としての仕事の大半をあの酒場を通じて請けていた。
「――そうだな。レオ兄が居た頃と一番違うのは、一人娘が店に出てることか」
こちらの言葉に驚いた表情を見せるレオ兄。
まぁ、それもそうだろうな。
兄貴が居たのは3年前で、ルシールちゃんはまだ店に出ていなかった。
「へぇ、とうとうあの娘もそんなに大きくなったんだ。
しかし、この街では珍しいくらいにまともな親よね? あの親父さん」
「というと?」
確かに親父さんはかなり真っ当な父親だ。それもかなりドラスティックに。
でも、俺がそれを知ったのはごく最近のこと。
兄貴はいったい何を指して言っているんだろうか。
「未成年の子供を店に立たせないことよ。
家族でやってる店じゃ、それを貫徹できてるところの方が少ないわ」
「確かに言われてみれば……あれ、となると……」
――あの親父、どうやって店を回していたんだ?
俺がゴーレムを投下する前から家族3人でも忙しいのは見て分かるほどだった。
それをルシールなし、どころかおかみさんが出産してからしばらくは1人で。
「どうしたの?」
「いや、手伝ったから分かるんだが、あの店を1人で回してた時期もあるのかと思うとゾッとしてきてさ。体力だけで言えば冒険者顔負けだぜ」
あのクソ忙しい昼営業を1人で……?
流石に休んでいたのか、今よりも混んでいなかったのか。
「――ああ、元々冒険者だったらしいわよ、親父さん」
「え? マジ? ということはやっぱり婿養子か」
「みたいね。軽く聞いただけだから詳しいことは知らないけど」
レオ兄がそんな話を聞いているのも意外だが、まぁ、冒険者の間はほぼずっと使っていたんだ。俺が知らないことを知ってたりするのも当然と言えば当然か。逆に俺の知っていることも兄貴は知らないとかあるんだろうし。
「それで、なんでアンタが手伝うことになったわけ? 銀のかまど」
「ルシール……あの店の娘さんに頼まれてさ」
「えっ、アンタ、あの娘とそんなに仲が良いの?
アンタ、自分が認めた人間以外の頼み、一切聞かないでしょ」
……別に、一切ってほどではないんだが、そういう傾向はあるかもしれない。
実際、個人的にルシールちゃんとの関係が出来ていなかったら仕事を請けることはなかっただろう。まぁ、関係がなければ頼まれることもなかったが。
「ギルドから追放された時に、保険が降りるかを見てもらってね。
それ以来、冒険者やめてもちょくちょく店に顔出してたんだ」
「なるほどね、それで頼まれたと」
レオ兄の言葉に頷く。
「わざわざトワイライトに来てブランデーのボトルまで開けられたら、さ」
「はえ~、結構積んだわね。まだ若いのに」
「ああ、銀のかまどの勘定から引っ張り出したらしいが、それにしてもやり手だ」
こちらの言葉に頷いたレオ兄が少し思考を巡らせている。
「アンタのゴーレムを前提にして、あのセールを仕掛けたのが、あの娘?」
「そうだ。まだ若いが、商才は確実にある」
「……ふぅん、気に入ってるのね?」
レオ兄の奴が見透かすように笑ってくる。
「あの王子様に、銀のかまどのお嬢さん……アンタも歳を取ったわね」
「若者に期待する側になったってか?」
「うん。まぁ、アンタの歳なら少し早いくらいだけど、良い歳の取り方をしているんじゃないかしら」
……良い歳の取り方か。そう言われると悪い気はしない。
自分自身の成功のために冒険者という稼業に賭けてきたが、それだけで生きていくことにも限界を感じていたのは事実だ。
「上手いこと第二の人生を始められたのかな、俺も」
「冒険者を辞めて身を崩す奴も多いものね」
「憑りつかれるからな、あのレートに。危うさと見返りの大きさが肌に染みつく」
活動している期間で割れば大した金額じゃないはずなのに、たまに一気に大きな金額を稼げるのが冒険者という仕事だ。命を賭けているスリルと不安定な報酬が、正常な感覚を狂わせていく。あの環境に憑りつかれる人間は少なくない。
「一度引退したのに戻ってくる奴、とかね」
レオ兄の言葉を聞いて、思い浮かべる人間は何人もいる。
特に悲惨なのは子供の学費を稼ぐために戻ってきたというケースだ。
結果的には保険が降りて金は賄えたと聞くが、父親のいない子にしてしまった。
「誘われたんだよな、俺も。バッカスとディーデリックに」
「ああ。あの燃える髑髏を見たらそうなるでしょうね。
ギルドの追放決定なんか覆してでも欲しくなる実力なのは事実じゃない?」
確かにレオ兄の言うことに間違いはない。
特にディーデリックはギルド改革の初手として使う気満々だった。
俺が頷きさえしていれば。
「でも、俺自身が怖くてさ。特に殿下は俺を見た目通りの小娘だと思ってた。
もう一度、成人したての若者として冒険者を張り直すと思うと、足が竦んだ」
この回答に、レオ兄はどういう返しをしてくるだろうか。
もったいないと諫めてくるのか、それとも。
「当然じゃない。あんな稼業、一度覚めたら二度と戻れないわ」




