第12話「――銀のかまど、10%OFF、話題のゴーレム接客を体感してみませんか?」
『――ねぇ、この後ちょっと付き合いなさいよ』
その日は久しぶりにバーテンダーとしての仕事をしていた。
トワイライトに団体客が来るというので、頭数が必要だったのだ。
店長となったレオ兄もずっとバーカウンターに入るほどに。
『急な頼みの礼をしてくれるなら、考えても良いぜ?』
『良いわよ、別に。じゃあ、ロゼお姫様は連行ね――』
意外にもあっさりと快諾されてしまって、おねだりの甲斐がなかった。
ただ、まぁ、久しぶりにレオ兄とゆっくり話すのも悪くない。
「――銀のかまど、10%OFF、話題のゴーレム接客を体感してみませんか?」
トワイライトを出てしばらく、街の掲示板に貼られたうちの広告を見つけたレオ兄が丁寧に読み上げてくれる。2週目に突入してから始まったセールで、ルシールの打った一手だ。まだ数日だが効果はかなり出ている。
「これ、アンタがやってるんでしょ?」
「ふふっ、流石に耳が速いな」
「それもあるけど、ゴーレムを同時に5体動かしてるって聞いたらね。
今のアンタ以外にできる奴いないんじゃない? この街でも」
2週間目のセールに合わせてゴーレムの数を増やして欲しいと頼まれたのだ。
ゴーレム5体の運用が始まってまだ3日目なのに、もうそんな情報が届いているなんて。流石はトワイライトの現店長と言ったところか。
「エルキュールあたりならやれたんじゃないか?」
「そうね。でも一山当てて引退したでしょ、とっくの昔に」
「アンタより少し先だもんな、街でも見ないしもう居ないのか?」
「ええ。なんか地方都市からの誘いがあったんですって」
何気ない世間話をする。元冒険者同士、引退していった奴らの話は鉄板だ。
もっとも今となってはレオ兄も俺自身もそっち側になってしまったが。
「ねぇ、フランク」
「なんだい、レオ兄?」
「5で限界なの? ゴーレム」
レオ兄の言葉に首を横に振る。正直言ってまだまだ余力を感じている。
10体でもいけるという確信があるほどに。
気持ちが悪いくらいに能力の底が見えてこない。
「……見ただけでダンサーもバーテンダーもやれて、ゴーレムにも同じ動きをさせられる。しかも数は5体どころかもっと増やせるわけね」
「なんだ? トワイライトでゴーレムにダンスでもさせるか?」
こちらの言葉に首を横に振るレオ兄。
「店のコンセプトを変えるほどの権利はないわ。筋が通らないしね。
でも、なんかあれじゃない?
今のアンタならゴーレムの軍隊でダンジョンを一気に制圧できたりして」
ふふっ、珍しく突拍子もないことを言ってくるな。
流石にそんなことができるはずがない。ダンジョンのモンスターと戦って耐えられるだけのゴーレムを大量に投下できるほどの力があってたまるか。
「流石に無理だよ。それだけのゴーレムを造れば、材料費だけで赤字だ」
「確かにそれもそうね。ゴーレムだけでやれるなら王族か教会がとっくの昔に再征服しているか。あいつら、人間の数だけなら集められるし」
これは何度も話し合ったことだが、冒険者なんていう仕事が成立しているのは、端的に言ってあの亡国の再征服は採算が取れないからだ。組織的に対応するにしては再征服から得られる利益が圧倒的に少ない。
ただ、それなりに遺物やモンスターの遺骸に価値があるから個々人が冒険者として賭けに出る。一山当てれば普通に生きているよりは莫大な利益が手に入るが、冒険者全体で見れば負けている。死んで終わり、山を当てられずにくすぶり続けることもざらだ。
「まぁ、その”やれる王族”が、あいつなのかもしれないが――」
「ラピスの大事なお客様ね? アンタも結構気に入られてるんでしょ?」
「……うん。俺も気に入っているしな」
こちらの表情を見てクスッと微笑むレオ兄。
「フィオナって意外と独占欲強いわよ?」
「ふふっ、それは意外じゃないな。俺からしてみれば」
「はぁ~ん? 良いわね~、モテる男、いや、女……?」
今の俺が男か女かと言われると非常に答えにくい。
フィオナに好かれているのが、どっちの俺なのかもよく分からないし。
「しかし、バッカスの奴が居るのよね。あの王子のところに」
「かなり迷っていたみたいだけどな。
ただ、俺たちとは違って剣士としてはまだまだ全盛期だ」
レオ兄がこちらの言葉に頷く。
「分かっていたこととはいえ、最後の1人にしちゃったあいつに運が巡ってきてくれるとアタシたちにとっても救いよね」
……レオ兄も同じことを思っていたか。
まぁ、だからこそ俺がこの身体になった後も色々と助けてくれた訳だ。
そして巡り巡って、こうしてまた同僚をやっている。
「リスクはリスクだが、最後の最後に俺の分までツキが回ったと思いたい。
冒険者としてはゴミみたいな結末だったからな、俺は」
レオ兄がバシバシとこちらの肩を叩いてくる。
励ますためとはいえ、珍しいな。
兄貴がこうしてスキンシップをしてくるの。
「でも、そうなって悪いことばかりじゃないでしょ?
うちでの仕事っぷりもあるし、魔術師として明らかにレベルアップしてるし」
「それはそうだが、やっぱり気持ち悪くなる時もある。他人の身体みたいで」
こちらの肩を抱いてくるレオ兄。まるでフィオナみたいな仕草だな。
でも、やはり間合いが違う。
「アタシとしては羨ましいんだけど、アタシと同じことを思えって方が無理よね」
「そういうことさ。できれば兄貴にくれてやりたいよ」
「ふふっ、ダンジョンを探したら案外あるのかもね。アンタをそうしたのと同じ仕掛けが」
……確かに可能性としては有り得る。
「かなり深く潜ってたからな。
意外と1年後には俺と同じ症状の奴らがゴロゴロ出てくるかもしれないぜ」
「あーあ、そうなったらアタシの引退時期は完全に失敗じゃない。
今の美貌を作るのに結構なお金が掛かってるのよ?」




