第3話「――どうです? 乗ってくれますか、この賭けに」
「――はえ~、このウサミミ、動くだけじゃないんですねえ」
銀のかまどのために一肌脱ぐことを決め、しばらく。
細かい話は明日にしようと、俺たちは酒を飲み進めていた。
ルシールちゃんは、既に出来上がっていて頬が赤く染まっている。
かくいう俺も、仕事中にここまで酔いが回っているのは初めてだった。
「ああ、感覚が繋がっているんだ。
おかげで今、こうして撫でられているのも伝わってくる」
「流石は魔術師さんですね、すごいな♪」
こちらの肩を抱くように腕を回し、左手で左耳を撫でるルシールちゃん。
……ディーデリックやフィオナにこれをやられたことはあったが、まさかこの娘にまでこういう風に肩を抱かれる日が来るとは。すっかりこちらが女側だ。
「くすぐったいから、ほどほどにしてくれ」
「狼さんには、くわえられていたじゃないですか~?」
「ふふっ、舞台の上とここは別だよ」
彼女の細い腕の中から、挑発的な視線を送る。
「おさわり禁止ですもんね……。
でも、フランクさんの好みですよね? ああいう、強い女の人」
「そう思うかい?」
ルシールちゃんは今日、初めてフィオナを見たはずだ。
それなのに、俺の好みだと言い当ててくるのは流石の洞察力だな。
そしてこの反応からして、彼女には王子フィオナはあまり効かないらしい。
「私の直感ですが、今までに知る限りの貴方と、あの熱い視線から。
外れてます? 結構自信あるんですけど」
「ふふっ、当たってるよ。偉大な先輩だしね――」
こちらの言葉を聞いてクスッと笑うルシールちゃん。
どこか見透かされているような気がするが、まぁ、良いだろう。
「……これは酔った勢いなので、明日には忘れて欲しいんですけど」
クイッとブランデーを飲み進め、コトンとテーブルに置くルシールちゃん。
酒に染められた頬と笑みの中、その黄金の瞳が静かに光を反射する。
「私には千載一遇の機会が回ってきたと思っています――」
……ふむ、”酔った勢い”か。
とてもそうとは見えないな。確かに酔っているし、とても上機嫌。
俺の肩をずっと抱きっぱなしなのも、酒の力があってこそだ。
確かに今から話すことは酔った勢いでなければ話せないことなのかもしれない。
だが、話す内容そのものに酔いの影響はない。俺にはそう見えている。
「――あの日、フランクさんの魔力を計測した日。
あのゴーレム技術を見せつけられた時に、感じたんです。
貴方の力を貸してもらえれば、銀のかまどを拡大させられる。
両親が継いだものを、先に進めることができるって」
ふふっ、この感じ、根っからの商売人だな。
彼女の生まれがそうさせるのか。全くの天性か。
親父さんよりもずっとギラギラしているのは若さゆえか、それとも。
「だから父が難色を示した時には、絶望しかかったんですがね」
ぎっくり腰をやる前か。まぁ、親父さんは嫌がるだろうな。
雰囲気こそ温和な人だが、弟子を取るなりして人を増やせば拡大できる場所にいるのにそれをしない。おそらくはこだわりが強いのだ。だからこそメシが旨い。
「ましてや水晶を割ったことをバカ正直に報告しちゃってましたし。
歴史上でも10人いないって話じゃないですか、写せない魔力の持ち主」
「ふふっ、知らなかった?」
10人いないのか。めちゃくちゃ少ないというのは知ってたが。
「知りませんよ~、私は魔術師じゃないですもん。
でも、魔術師としての誘いは今日の今日までなかったってことですよね?」
ブランデーを注ぎ直したグラス越しに、トワイライトを見つめるルシール。
まぁ、今の俺を見たらそう思うだろうな。
”魔力写しの水晶を割った魔術師”としての俺を誘った奴がいないのも事実だ。
ギルドを追放された身だからな、色々と政治的に危ういのだろう。
「そうだね、ここで氷を造ってくれって言われたことくらいかな」
「あら、先客が居たんですね……なるほど、言われてみると納得です。
不思議だなって思っていたんですよ。貴方がこの仕事をしていること」
確かに最初からショーガールに誘われていたら受けていないだろうしな。
ルシールちゃんが疑問に思っていたのも当然だ。
「でも、本当に請けてくれてありがとうございます。
次の職業も見つけた後なのに」
「良いんだ。言ったろ? 俺も銀のかまどには思い入れがある」
冒険者時代からの常連だ。付き合いもだいぶ長い。
親父さんが帰ってくる場所を守る手助けくらい惜しまない。
「フランクさん……私は、できれば父が戻ってきた後も、と考えています。
母は、3週間で区切って一定額を支払う形にするでしょう。
最初は確かにその方が払いが高い。安定もします」
3週間から先、親父さんが戻ってきた後か。
ルシールちゃんはかなり本気みたいだが、そう上手く行くだろうか。
ご両親が頷かないように思う。
仮に頷いたとして、俺自身はどう判断するべきか。
「けど、そこから先はうちの利益の何割かを貴方に回します。
その方が、貴方が儲かる状態にまで持っていく」
「……3週間で状況を変えると?」
こちらの言葉に頷いて見せるルシールちゃん。
まったく最初の3週間分だけでも相当積んでくれそうな雰囲気なのに。
しかも、そこから売上全体を引き上げて、比率で俺に回すと。
「はい。フランクさんほどの魔術師と手を組もうとしているんです。
ただの凡人であるこの私が。
それくらいの商才がなければ、最初から分不相応だっただけのこと」
――ははっ、面白いことを言う。
いったい何を食って育ったら、こんな覚悟が決まるのか。
今の俺を高く評価し、何がなんでも手を組みたいと思っているのに、そこに向けてのハードルを自分で自分に課すなんて。俺にはできないやり方だ。
他人から誘われるたびに迷い、流れに流れ、ここに居る俺には。
今でもディーデリックの、バッカスの誘いを断って良かったのか。
なんて迷いを捨てきれていない俺には、到底できない。
「……その結果を持って親父さんも黙らせる、と」
「ええ、3週間より先に乗り気じゃない貴方も乗せます」
っ~~!! よくもまぁ、真正面から俺の眼を見て宣言してみせるものだ。
親父さんも、この俺も、黙らせるだけの結果を出すと。
ルシールと組んでいたくなるほどに稼いでみせると。
「――どうです? 乗ってくれますか、この賭けに」
正直、こんな殺し文句がなくたって既に俺は乗せられていた。
この娘が言うように、強い女は好みなんだ。
いいや、女だけじゃない。ディーデリックのような強い男も好きだ。
自分には到底できない生き方で、だからこそ心惹かれる。
「もちろん。自分1人じゃ、魔法で稼ぐ方法も見つけられなかったボンクラにそこまで本気になってくれているんだ。ここで乗らなきゃ男が廃るだろ?」




