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第2話「あっ、ごめんなさい。おさわり禁止ですよね……」

(――新しいお客さんからの指名か)


 フィオナとの第1幕を終え、自分に指名が入っていると伝えられた。

 どうも、かなり若い女性客らしい。

 俺の正体を知る元同業者でないのは気分が上がる。

 だが、冒険者相手だと話が楽というも事実。

 全く別の業界の人間相手に話題を見つけるのは難しいものだ。


 特に女の子が相手となると、どんな風に登場してどう話すべきか。

 そんなことを考えながらお客さんの待つ席に向かう。

 ”特等席”ではないから近づいた段階で、その後ろ姿は見えてくる。


(……えっ、マジか?)


 その後ろ姿には、見覚えがあった。

 つい数日前、いつもの店で話をしたあの娘。

 俺のまつげを褒めてくれた、長い金髪が輝く少女。


「ルシールちゃん……?」


 恐る恐る声をかける形になってしまった。

 位置の問題で、絶妙に顔を確認できなかったのだ。

 と言ってもたぶん間違いはない。

 ただ、ショーガールとしてキメるほどの確信が持てなかった。


「――フラ、ッ、ロゼさん!!」


 ガバッと立ち上がってこちらの肩をガシッと掴んでくるルシールちゃん。

 思わぬ身体的な接触に、身体がビクッと反応してしまう。

 そして、こう、近距離で視線を合わせられると再び実感させられる。

 今の俺はルシールちゃんよりもずっと小さい身体になっているのだと。


「あっ、ごめんなさい。おさわり禁止ですよね……」

「……まぁ、一応ね。他のお客さんの手前もあるしさ」


 言いながら自然に彼女を椅子に戻しつつ、グラスに水を注ぐ。

 酒を入れると追加料金がかかるが、水は無料だ。

 水に恵まれた国に生まれたことに感謝しなければな。


「まず初めに確認しておきたいんだけど、料金の説明は聞いてる?

 けっこう高くついちゃうけど、大丈夫かな?

 なんなら今のうちなら入場料だけで返してあげられるけど」


 こんなこと、ルシールちゃん相手でなければ絶対に言わないセリフだ。

 そもそもトワイライト側の人間としては客に金を使わせるのが仕事だし、客も客で気持ちよく金を使いたいものだ。ショーガールを前にしてしまえば、特に。


 金の話は最初と最後にスタッフから聞けば良い。

 ただ、ルシールちゃん相手となると心配してしまう。

 成人して少しの歳でそこまでの金を貰っているのだろうかと。

 酒場の店主の一人娘だから要らぬ心配かもしれないが。


「お金のことは大丈夫です。今日のことは、うちの経費にしますんで」

「――え? うちって、銀のかまどの?」


 こちらの言葉に頷くルシールちゃん。


「いや、え、それ、徴税官になんか言われない?

 自分のお楽しみに使ったお金は、店の経費にはならないだろう?」

「すみません、ロゼさん。今日、私はビジネスの話をしに来たんです」


 ビジネスの話、だと……?

 いったいどんな話をされるのだろうかと驚いていたタイミングだった。

 うちのスタッフがブランデーのボトルを運んできたのは。


「待って。まだ私は注文取ってないよ?」

「良いんです、ロゼさん。私が最初に注文してました。

 あいさつ代わりです――っ!」


 ふんすと胸を張ってみせるルシールちゃん。

 俺の制止に驚いていたスタッフもブランデーを置いてにこやかに去って行く。

 ……この財力は、17歳くらいの女の子のものではない。

 確かに”銀のかまど”という事業体として金を出しに来ているのを感じる。


「ビジネスの話とやらに、君がどれだけ本気なのかは分かった。

 親父さんの了解は取ってるのかな?」


 どうにもあの温和な親父さんが、こんな金をじゃぶじゃぶ使う接待攻撃を打ってくるとは思えないんだよな。ルシールちゃん主導のやり口としてはそれなりに腑に落ちるが。したたかな娘だから。


「――母には、了解を取ってます。父には事後承諾になってしまいますが」

「おかみさんには了解を取ってるのに、親父さんからは取ってないの?

 ビジネスの話をするのなら、その主体になるのはお父さんの方だろう?」


 銀のかまどの店主は親父さんのはずだ。おかみさんの方ではない。


「今日の夕方に思い付いて、そのまま来たんで取る暇がなかったんですよね。

 面会時間が過ぎちゃっていたもので」


 随分と不穏な単語が出てきたな。

 いったいなんなんだ? 面会時間って。


「ただ、父は反対しないと思います。貴方が頷いてくれたら絶対にさせません」

「……ふふっ、たしかに親父さんは君に弱いもんね。

 それで、俺にいったい何を頷かせるつもりなんだい?」


 久しぶりにこの店で”俺”という一人称を使ってしまった。

 けれど、仕方のないことだ。

 この娘は、フランクとしての俺に話を持ってきているんだから。


「銀のかまどを、手伝ってもらえませんか? あのゴーレムの力で」

「どうして今になって? 親父さんに何かあったってことかい?」


 最初ルシールちゃんは今すぐ雇いたいくらいだと言っていた。

 特に理由もなくあれを実現させるにしては遅すぎる。

 そして親父さんに面会時間があるとなれば、自ずと状況は見えてくるな。


「そうです。ぎっくり腰で入院しまして。

 元々腰に持病があって3週間は帰れないことを覚悟しろと言われました。

 数日なら私と母だけでも回せますが、とても3週間は……」


 なるほどな、ルシールちゃんがここに来た理由はよく分かった。

 個人としては分不相応な金を払って、このブランデーのボトルを頼んだのも。

 となれば、これは開けるしかあるまい。


 コルクを引き抜き、氷を入れたグラスにブランデーを注ぐ。

 濃い琥珀色の酒を2杯。自分と彼女に。


「……フランクさん」


 彼女の表情を見ていれば、こちらの意図は伝わったように見える。

 断るつもりならばボトルは開けずに、そのまま彼女を帰すのが筋だ。


「請けよう。銀のかまどには、俺も思い入れがある」


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