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第26話「ロゼ、指名よ。アンタの後輩くんからね」

「――どうだった? こっち側で見るトワイライトの景色は」


 短めの寸劇を交えながら4曲を踊り切って、舞台の中に戻ってきた。

 独特な高揚感と、全身を駆け抜けていった緊張感で震えが止まらない。

 息をすることさえ忘れかけていた俺に、フィオナが語り掛ける。

 彼女に肩を叩かれることで正気に戻れた。


「す、凄かった……」


 完全に言葉を失っていた。

 光を浴びながら観客の前に立つということが、こういうものだったとは。

 想像こそしたことはあったけれど、実際に味わえば何もかも違う。


「ふふっ、良いね。お客さんの反応も良かったし」

「……そ、そうかな?」

「まだお客さんを見るほどの余裕はないか、今のキミには」


 息の荒い俺の背中を、フィオナが静かに撫でてくれる。

 それでようやく、震えが収まってくる。


「――ロゼ、指名よ。アンタの後輩くんからね」


 舞台裏にレナ店長が現れて、俺に指名が入ったことを教えてくれる。

 ……オスカーの奴、これから金が要るんだから来なくていいって言ったのに。


「良いね、最初のお客さんに相応しい。見知った相手だし緊張もないだろ?」


 フィオナの言葉に頷く。

 確かにあいつが最初であれば緊張の必要もないというのは事実だった。


「で、フィオナには、仕立屋のあの娘が。また衣装ついでに口説いてきたわけ?」

「まぁね。元々、衣装を売り込んできた相手だし。

 ここでの仕事で名前が売れたんだ。たまには還元してもらわないとね?」


 へぇ、あの仕立屋さん、トワイライトに衣装を売り込んできたのか。

 客の立場を使ってということだろうか。


「ふふっ、でも、あの娘の衣装があって今のアンタがあるのも事実じゃない?」

「それはもちろん。だって誰もボクにスーツを作ってくれないんだもん」

「そろそろアンタのドレス姿を見たいって思ってる客も多いと思うけど?」


 ……は? フィオナって最初の頃は普通にドレスを着ていたのか?

 全くの初耳だ。バシッとしたスーツ姿しか知らなかった。


「ボクがドレスを着るのは、隣にボクより背の高い人が立つ時にしよう。

 たとえば、レナ店長がスーツで相手役してくれるなら考えるよ?」

「ふふっ、冗談じゃないわ。オカマが男役やるなんて意味不明じゃない」


 レナ姉の回答に笑いだけを返してフィオナが客席に向かっていく。

 ……トワイライトの王子様にも、その誕生までには経緯があったんだな。

 いったいどんなドレスを着ていたのだろうか。初期のフィオナは。


「アンタも行きなさい、ロゼ。あの子、特等席まで取ってくれてるのよ?」

「……ったく、金を使わなくて良いって言ったのに」

「フランク。人にはね、借りっぱなしで居たくない相手っているの。

 アンタはあの子にそう思ってもらえてるってことよ、感謝しなさいな――」


 レオ兄の言葉は正論だった。今の俺に刺さる優しい言葉だ。

 ……まさか、俺がトワイライトのショーガールになって、その最初の客がオスカーになるなんて。つくづく人生というのは何が起こるか分からないものだ。


「――待たせたな、オスカー」


 もう少し、気を利かせた台詞にするつもりだった。

 しかしレオ兄と別れて、特等席に向かう途中、揺れるウサミミに気を奪われた。

 今の自分の姿を意識してしまって、少し恥ずかしくなったのだ。


「……舞台のまま、なんですね? 先輩」


 気恥ずかしさを感じて、一度は思った。

 ちょっと着替えてこようか?なんてことを。

 けれど、そうしなくて良かった。オスカーの表情を見てそれが分かった。


「これがトワイライトの味だからな。

 舞台の上に立っていた相手とそのまま話すことができるのが」

「……先輩はそれにハマってたわけだ。あの王子様に」


 オスカーの言葉に頷く。


「前と同じ酒で良いかな?」

「ええ。炭酸を飲む機会もしばらく無くなるでしょうから」


 既に冷やしていたグラスに氷、ウィスキー、そして炭酸水を注ぐ。

 炭酸が抜けないように注ぐコツはあるが、別にそう難しいことではない。

 いつも通りに作って、オスカーに手渡そうとした。


「持てるか? そっちの腕で」

「ダメだったらもう1杯分払いますよ。大丈夫です、慣らしてきました」


 純白の義手、彼の右指が滑らかに動く。1本1本を閉じて、開く。

 先日、ようやく完成品を繋いだばかりだというのに良く仕上げてきたものだ。

 たった1日でここまで順応させるなんて。


「――ああ、冷たさまで感じます」

「義手に彫ってある魔術式は、疑似的な神経でもあるからな。

 肌に比べれば劣るが、それなりには感じるはずだ」


 こちらの言葉に頷きながら、右手の中でグラスを揺らすオスカー。

 もうそこまで繊細な動きをやれるようになっているとは。

 流石は魔術師と言ったところか。


「……この開拓都市でも、これ以上の義手はなかなか出てこないでしょう。

 最も需要がある場所の筆頭であるこの場所でも」

「ふふっ、そこまで褒めても何も出ないぜ?」


 こちらの言葉に首を横に振るオスカー。


「違います。これ以上あなたから何かを引き出すつもりはありません。

 むしろその逆だ。正当な対価を支払わせてもらいたい」

「……要らないって言ったろ? ここに来る必要もないって言ったのに」


 俺の回答を聞いてもオスカーは納得していない。表情で分かる。

 昨日、義手の完成品をシルビア先生の診察室で繋いで、その場でこいつは質問してきた。いったいいくらかかったんですか?って。そこに俺への報酬を乗せると。


「……先輩、俺には降りてるんですよ、冒険者保険」


ご愛読ありがとうございます。この更新を持ちまして2021年中の更新は最後になります。

今年も大変お世話になりました。皆様方、よいお年をお迎えください。


次回の更新は年明け1月1日の20時を予定しています。

来年も変わらぬ御贔屓のほど、よろしくお願いいたします。

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[良い点] 冒険者保険……! 忘れた頃にやってくる過去の苦い味……!
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