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第25話「――お待たせ、ロゼ。ウサギを狙う狼サマの登場だ」

「――お腹の当たり、キツくないですか?

 タイトな方が見栄えはしますけど、これで踊るんですよね」


 フィオナの行きつけの仕立屋さんで、俺は最後のフィッティングをしていた。

 舞台に立つための衣装を依頼していて、とうとう完成したのだ。

 結構広めの試着室、フィオナは外で待っている。


「たぶん大丈夫だと思います。動きにくいってこともないですし」

「良かった。じゃあ、特に直しは必要ないみたいですね」

「もうピッタリですよ。本当にありがとうございます」


 白を基調に若干の桃色をあしらったふわふわのドレス。

 露出度はかなり低く、いつものカクテルドレスみたいな肩出しもしていない。

 若干ふとももを出してはいるが、もこもこのホットパンツを履いているから派手に動いても下着が見えてしまうということもない。


「さて、それじゃあ、頼まれていたものです。

 あれですよね、魔術式に干渉しなければ良いって」

「ですです。すみません、変な頼みで」


 こちらの言葉に首を横に振る仕立屋さん。


「魔術師さんの仕込みを邪魔しないように加工するのには慣れてますから」

「流石は開拓都市で一番の仕立屋さんだ」

「ふふっ、ロゼさんにそう思ってもらえていると嬉しいです」


 そう言いながら彼女は、俺の頭にカチューシャを乗せる。

 いよいよこれでこの衣装も完成だ。


「おお……」

「どうですか? かわいらしいウサギさんになった気分は」

「いよいよ、女の子になったって感じですね」


 ウサミミのカチューシャで今回の衣装は完成する。

 ウサギを模した白く淡く、愛らしい衣装が。


「なに言ってるんです? ロゼさんは最初からかわいい女の子ですよ」


 レオ兄と同じようなカクテルドレス、バーテンダーをやっているときの衣服はどこか大人びた服装で美しいと言った感じだったが、これはヤバい。とにかくかわいい。かわいさを追求しすぎてザ・女の子って感じだ。


 ……これはもう、戻れない一歩な気がする。

 今までの中で最も戻れない一歩を踏み出してしまった。


「それで、動きます? ウサミミ――」


 想像以上の衣装の可愛さにドキドキしすぎて一瞬意識が真っ白になってた。

 仕立屋さんが呼びかけてくれて、戻ってこれた。


「あ、ちょっと試してみますね」


 オスカーのために造った義手、それで俺はまた新しい魔法を手に入れた。

 物体との疑似的な感覚のリンク、触覚まで再現する接続を。

 それで今回ちょっとそれを流用してみたのだ。ウサミミに感覚を通す。


「おお~、ぴょこぴょこ動いてますね」

「問題なさそうです」

「なにかあったらまた言ってくださいね、直しますから」


 そこまで言ったところで、仕立屋さんが試着室のカーテンを開く。

 このまま脱いで仕舞ってしまうのもアリだなと思っていたのに完璧な不意打ち。

 しかも、フィオナは目の前で待っていた。席を外しているなんて事もなく。


「わっ、思ってたより凄いな……これを世に出さなきゃいけないのか」


 流れるようにしなやかな指先でこちらの顎を持ち上げるフィオナ。

 視線を持ち上げられて、自然と彼女の瞳を見つめてしまう。

 真紅の瞳はまるで宝石のようで、吸い込まれていくような錯覚が襲う。


「ちょ、耳はやめて……くすぐったい」

「本当に感覚を通しているんだね、流石は魔法使い」


 最後にウサミミを撫でてその指を離すフィオナ。

 まったく、感覚のリンクも考え物だな。無駄に広がっていると弱点が増える。


「――フィオナさんが他人と踊るなんて珍しいですよね?」

「ふふっ、本当ならボクの手元に閉じ込めていたいくらいなんだけどね」

「どうせ表舞台に出るなら自分と一緒にって奴ですか?」


 だいぶフィオナとの付き合いが長いらしいな、この仕立屋さん。

 いきつけなのは知っていたが、ここまで彼女の考えを言い当てられるとは。


「それにロゼは、ボクに似合うだろう?」

「もちろん。お客さんが嫉妬しちゃうくらいには」

「――ふふっ、だからボクを指名したくなるんじゃないかな」


 ……仕立屋さんに向けて、思いっきり色目を使ってるな、フィオナの奴。

 店の外で俺以外にこれをやってるの初めて見た。

 ひょっとして元々はお客さんなんだろうか、この仕立屋さん。

 妙にトワイライトのことに詳しかったし。


「でも、私はこうして貴女の衣装を作っているだけで結構満足なんですよね」

「つれないな。たまには店に来てくれても良いじゃないか」

「考えておきます♪ じゃあ、次はフィオナさんの試着しましょうか」


 そういえばフィオナも新衣装を用意しているんだったな。

 スーツはスーツだが、俺のウサギ衣装に合わせた新スーツだ。

 ――2人が試着室に入っていくのを眺めながら、ふと思う。


 ……これ、フィオナが出てくるまでこの衣装のままか


 いや、かわいいはかわいいがこれ着たまま仕立屋で1人ってヤバイな。

 俺は男に戻れるんだろうか。ここまで染まってしまって。

 こんなふわふわもこもこのウサギのドレスなんか着てしまって。


『相変わらず美を体現したようなスタイルですね』

『そんなに見つめないでくれよ、照れるじゃないか』


 布がこすれる音がして、2人の会話が聞こえてくる。

 ……仕立屋さんは俺が男だと知らないから、そんなに気にしていないんだろう。

 しかし、どうも刺激の強い待ち時間だ。


『軽くですけど、髪も整えておきましょうか。完成形に近いように』

『ああ、頼めるかな。どうせならロゼにはカッコいいところを見せたい』


 ……フィオナのことだ。聞こえていることが分かっていて敢えて言ってる。

 そもそも俺と仕立屋さんが入っている間もずっと待っていたんだから聞こえてきていないはずがない。そんなに不注意な女じゃない。


 聞こえているのが分かっていて敢えて俺の名前を出しているんだ。


「――お待たせ、ロゼ。ウサギを狙う狼サマの登場だ」


 そう、今回の新衣装のコンセプトは狼。

 ウサギの少女と、狼の王子様というわけだ。

 しかし、これは……。


「恐ろしいくらい似合うね――」


 いつもの黒いスーツとは少し違って、かなり濃い青を基調にしたスーツ。

 首元や手首など、ところどころに毛皮を模したファーがついている。

 そして何よりも仕立屋さんがセットした髪型が絶妙だった。


 いつもの落ち着いた髪型ではなく、ハーフアップにして右側の額を晒し、全体的にワイルドな印象になるように散らした髪が、本当にカッコよくて今すぐトワイライトの客席に座りたい。なんでこれと踊らなきゃいけないんだ、俺は。


「お褒めいただき光栄だよ、お嬢様――」


 スッとこちらの身体を持ち上げ、お姫様抱っこの形に入るフィオナ。

 まったく、こんなところで、恥ずかしい……。


「画家を呼びたいですね。絵にして店に飾っておきたいくらいですよ」

「今日はともかく近いうちに時間を取ろうか? タダって訳にはいかないけど」

「良いんですか? ちょっと店の中で揉んでみます」


 ひとしきり楽しんでから俺を床に戻すフィオナ。


「……もう、戻れない気がしてきた」

「ははっ、安心しなよ。舞台に立てばもっと戻れなくなるからさ――」


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