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第24話「私が手配した入門書だけでこれとはね」

 ――新しいことを2つも同時に初めて、走らせていく。

 成人からずっと冒険者だけをやってきた俺には少しキツい体験だった。

 義手造りは試作4号まで進んで、ようやく試着が視野に入ってくる段階。

 そして直接フィオナに教えてもらうダンスがこれまた難しい。


 一度見せてもらったものは、即座に模倣できる。

 だから手数はどんどん増やせるが、奥の奥を理解していないうわべの模倣だ。

 ふとした瞬間に途切れが出る。踊りと踊りの隙間に断絶が混じっている。

 フィオナはそこまで見抜いてきて言うのだ。


 ”じゃあ、一度魔法なしでやってみようか?”なんて。

 ド素人の俺からすれば死刑宣告みたいなものなんだけれど、それでも魔法での模倣と魔法なしでのダンスを交互に繰り返していくことで、基礎的な部分が底上げされているような実感はあった。


 おかげで全身が筋肉痛だけど、それがまたどこか心地いい。


『……マジっすか? 先輩。シルビア先生まで抱き込んだって』

『まぁな。義手の接続なんてあの人レベルが傍に居ないと怖くてできないし。

 そもそも俺が持っている業界へのコネが先生だけだったってのもある』


 またトワイライトに飲みに来てくれたオスカーに近況報告をしていた。

 ちょうど義手の試着のために呼び出そうと思ってた頃合い。

 非常に良いタイミングだった。


『でも、あの氷のシルビアでしょ……?』

『そうか? あれだけ責任感のある医者も珍しいだろう』

『いや、たしかにそれはそうなんですけど』


 どうも人によって人の見え方は違うらしい。

 俺からすればシルビア先生を冷たいなんて思ったこともないが、オスカーから見るとまた少し違うようだ。


『……すみません、先輩。思ってた以上に大掛かりになっちゃって』

『謝られるようなことじゃない。数年で買い替えなきゃいけないような粗末なものにしたくないって俺が思っただけのことだよ』


 まったく、俺が片手間で済ませて粗悪品を掴ませるとでも思っていたのか。

 いや、そこまで考えが及ばなかっただけか。

 及んでいたら俺にあんな頼みはしていないだろう。遠慮しがちな奴だからな。

 その意味では及ばなくてよかった。頼ってくれてよかったと思う。


『じゃあ、今度先輩と一緒に診療所に行けばいいんですね?』


 なんてオスカーとやり取りをして数日。

 俺はシルビア先生のところにお邪魔していた。

 オスカー本人が来るよりも先に、先生と打ち合わせしておきたかったから。


「――私が手配した入門書だけでこれとはね」


 こちらの義手試作4号をシルビア先生に確認してもらった。

 何か俺の気づいていないような致命的なミスがないかを。

 木製の試作品とはいえ、これで試着に入るのだ。他者の確認が欲しかった。


「話には聞いていたが、実物を見て改めて思う。

 君がそうなったことを呪いと表現するのは適切ではなさそうだ」

「元々呪いとは断言していませんでしたよね、先生も」


 こちらの言葉に頷くシルビア先生。


「手続き上厄介だったから呪いと形容するのが現状では最も相応しいとはした。

 だが、実際のところは何も分かっていないというのが適切だ。

 呪いなら呪いでパターンの範囲内ならすぐに治せる」


 流石は医者であり、魔術師でもあるシルビア先生だ。

 呪いの解除の仕方も一通り把握しているように見える。


「女の身体になったこと、若返ったことは副産物。

 本質は格段な魔力と魔法技術の向上と見るべきなんでしょうか」

「メリットの方を本質と捉えたいというのは自然ではあるが、そう断言するのも」


 何かを判断するには、まだ材料が足りないという訳か。

 まぁ、実際そうだろうな。ここまでに増えた情報だけで絞り込めるのなら最初からシルビア先生が見当をつけているだろう。つまりこの女体化は、先生のような専門家が持つ広大な知識のさらに外にある可能性が高い。


「――先生。患者さんが」

「うむ。通してくれ」


 シルビア先生の助手さんが声を掛けてくれる。

 そしてオスカーが診察室に通されてきた。


「……お久しぶりです、先生。まさかまたお世話になるとは」

「そうだな。まさか君の言う当てがフランクくんだとは思っていなかったよ」

「俺もまさか先輩と先生がこんなに仲が良いなんて」


 オスカーとシルビア先生の間に流れる独特の空気を感じる。

 こう話しているということは、先生は義手を勧めていたんだな。

 まぁ、業界に知り合いのいるお医者様ならそれも当然か。


「なに、私は彼を治せていないからね、経過観察が必要なんだ」

「ああ、それでギルドを辞めてるのに繋がっているんですね?」


 話している2人を横目に試作4号を用意する。

 オスカーに見せるために。


「っ――すげえ、指から手のひらまで。最高級品じゃないですか」

「ふふっ、当たり前だろ。半端なものにはしないさ」


 右側の袖をまくり上げるオスカー。

 傷としては塞がっている右腕の切断面を見て、背筋に寒気が走る。

 ……こちらの感じた寒気を見抜いたようにオスカーは静かに微笑む。

 気を遣わせてしまっただろうか。


「じゃあ、接続を始めよう。オスカーくんは魔術師だからすぐに慣れるよ」


 オスカーは、シルビア先生の言葉に頷く。

 そんな彼に向けて義手を近づけ、腕に繋げる。

 紐で簡単に補強はするが、実際には魔法で繋がる。

 そのやり方をシルビア先生がオスカーに説明している。


「ッ……これは――」

「上手いこと繋がったか? 感覚の再現にはかなり拘ったんだが」


 義手全体に魔力が流れやすく、そして帯びたままになりやすいように掘りを入れている。流し込む魔力に無駄がないように、それでいて触覚の反射がダイレクトに伝わるように。刻印としての魔術式だ。


「……先輩」


 義手を支えていた俺の手のひらに触れてくるオスカー。

 指の一本一本を絡め合う。木材の指が滑らかで心地いい。

 何気ないそんな動きから確かな喜びが伝わってくる。


「言っておくが、これで完成じゃないぞ」

「えっ?! ここまでのものが出来ていて……?」

「この材質じゃいくら強化しても3年持たない。だから本命は今から造る。

 まずは試作品を数日間使って問題点を教えてくれ。これはそのためのものだ」


 こちらの言葉に呆気に取られているオスカー。

 そんな彼を見つめながら、シルビア先生が続ける。


「現状、右腕に負荷はかかっていないかい? 魔力に異常は?」


ご愛読ありがとうございます。今年も残すところあと数日ですね。

年内の更新は、12月29日と31日を予定していますが、ちょっとライブに行ってくるので更新時間を午前9時にしたいと思います。


年末もゆるりとお付き合いいただければ幸いです~

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