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第5話「よ~、お嬢ちゃん。こんなとこ1人で歩いてたら危ないぜ~??」

『いや~、今日は本当にありがとうございました!

 もう私が父なら今すぐ雇いたいくらいですよ、フランクさんって凄いですね。

 あ、お家までお送りしましょうか? お強いんでしょうけど、その見た目じゃ』


 ――1人歩く夜道に、先ほどの会話を思い出す。

 なんか今日は特に盛況だったらしく、2体目のゴーレムを造ってなんとか乗り切ったのだ。それでルシールちゃんはとても感謝してくれて、それが嬉しかった。


(……俺が憧れた冒険者って、こういうのだったよな)


 子供の頃に読んだ絵物語。

 その中で主人公が繰り広げていた”冒険”がまさにこれだった。

 別に料理をしていたわけじゃないけど、困っている人がいて、助けて感謝されながら次の冒険に向かう。そんな生き方に憧れていたのだ、純粋だったころの俺は。


 もっとも冒険者ギルドに入団する頃にはそうではない現実が見えていたし、街中での依頼を殆ど受けたことのない俺にはこうして直接の感謝を向けられる機会なんてなかった。


『――はは、流石に送ってもらう訳にはいかないよ。

 俺も今はこんなんだけど、本当の女の子のルシールちゃんの方が危ない。

 特に冒険者ってのは、ロクでなしの集まりだから、戸締りはしっかりね?』


 そんなことを言って酒場を離れて、冒険者用のアパートへと向かう。

 家賃の安さに後ろ髪を惹かれ、今まで引っ越すことのできなかった場所だ。

 しかし、今となってはその事を後悔している。

 住処を変えていれば、山積している問題のひとつは起きていなかったのにと。


「よ~、お嬢ちゃん。こんなとこ1人で歩いてたら危ないぜ~??」


 顔は知ってるくらいの同業者が、無遠慮に真後ろから俺の肩を抱いてくる。


 ッ……そう、これだ。これが今の俺にとっての最大の問題だ。

 認めたくないことだが、今の俺は女、それも小娘。

 簡単に好きにできるような容姿をしている。だから極めて危ない。


 冒険者という荒くれ者で、女日照りな連中の生活圏を1人で歩くなんて羊が狼の群れの中を歩くようなものだ。といってもまぁ、その羊は魔術師なんだから本当の意味での危険はないが、それはそれとしていなすのも疲れる。


「やかましいぞ、俺の顔を忘れたか?」

「ケケッ、まだ治ってねえのかよ、フランク。

 それじゃどっちにしろ危ないままだぜ?」


 肩に回した腕が胸元に伸びてくる。俺の無い胸を撫でまわすように。

 ――これは女になってから理解したことだが、本当に他人に気安く触れられるということが、こんなにも不愉快だったとは。


「ッ、てめえよ――」


 膨れ上がる怒りが魔法に変わろうとして、思い留まる。

 ゴーレムを造った時、操作した時、両者ともに魔法は俺の思い浮かべた術式より強く俺の意志を反映してみせた。


 つまりだ、今ここで殺意の混じった怒りを解放すれば本当に人を殺しかねない。


「どうした~? フランク。お前の魔法、使ってみろよ~?

 呪いで魔法も使えなくなったのか~??」


 使えなくなっていれば保険金が降りてこんなところとはおさらばだったのに。

 そう思いながら歯軋りする。……殺すか? こいつ。

 殺すつもりでなくても死ぬのか、その実験くらいしても良いんじゃないのか?


「――おい、俺の相棒に気安く触るな」


 聞き慣れた声が響く。そして街中だというのに鎧の音も聞こえてくる。


「げ、バッカス……」

「俺の名前を呼ぶ暇があるのなら、その汚い腕をどけろ」

「わ、悪かったよ、旦那の女をさ――」


 言い訳を始めた男に、バッカスの眼光が突き刺さる。

 それに耐えきれなくなったのか、あいつは逃げ去って行った。


「……すまないな、フランク。迎えに行くのが遅れた」

「けっ、そんな鎧着こんでるからだろ? 脱げよ、夜の街中だぜ?」

「ふふっ、これでもひと仕事終えてきたばかりでな。

 着替えの間を惜しんだのさ、それに鎧を着続けることは良き鍛錬になる」


 そう言いながら自分の両腕を見せつけるようにポーズをとるバッカス。

 ことあるごとに甲冑を着込むわ、暇があればすぐ鍛錬を始めるわと冒険者になるために生まれてきたような冒険者バカがこのバッカスという男だった。


「はいはい、この鍛錬バカめ。それで俺なしでのダンジョンはどうなんだ?」

「正直に言って慣れないことばかりだよ、フランク。

 お前がいてくれたらと今日だけで9回は思った」


 動きにくいはずの鎧を着こんだまま律儀に9の数字を指で示すバッカス。

 こういうところが本当にこいつの人の良さが出ている。


「そりゃそうだろ。俺のありがたさに感謝するんだな~」

「うむ、お前にはいつも感謝している。それに命の恩人だ」


 そう言ったバッカスが俺の身体を抱き上げて、その首に乗せる。

 俺が男だった頃から思っていたが、本当にこいつは背が高い。


「肩車するなら、先に言えよ」

「言わずとも伝わるだろう? 相棒」

「ったく、子供じゃねえんだぞ」


 そう言いながらも不思議と悪い気分はしない。


 気心の知れた相手だというのもあるが、こいつは罪の意識を抱えているのだ。

 俺がこんなザマになったのは自分のせいだと思っていて、だから俺を迎えに来ようとしたり、俺に歩かせないために抱えたりしてくる。


 不器用なバカだとは思うが、長い付き合いだし、そういう誠実さが嫌いではなかった。俺と同い年とは思えないくらいに真っ直ぐに生きているこいつのことを俺は昔から気に入っている。


「すまないな、フランク。疲れるだろう、その身体では。体力も落ちたはずだ」

「……別に。その分魔力が上がってるみたいだからよ」

「また先生に診てもらったのか? 定期健診の日じゃなかったはずだが」


 ――よく覚えてるな、こいつ。


「いいや、保険の方。魔力が落ちてれば保険が降りるって話だったんだけど」

「ふむ、逆に上がっていたという訳か。となると保険は出ないか」


 察しが良くて助かる。こういうところが相棒なのだ。


「残念ながらな。おかげでこのアパートを出る算段も考え直さなきゃならない」

「……うむ、そうだな。その当てが外れたとなると」


 アパートの一室、バッカスの部屋の前まで来たところで肩車から降ろされる。

 そしてバッカスは鎧の隙間から器用に鍵を取り出した。

 ……ほんとこいつ、鎧と一体化してるような男なんだよな、昔から。


「まぁ、悪いけどもう少し世話になるわ、バッカス」

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