第17話『冒険者同士、境遇は似通ってるって訳だ。なぁ、兄弟』
……オスカーという後輩と出会ったのは、何気ないきっかけだったと思う。
髑髏払いの儀式を迎える少し前の若き冒険者だった彼に簡単な身体強化の魔法を教えた。と言っても彼個人に教えた訳じゃない。
ギルドからの依頼だった。大勢の新人に向けて単発で講師をやったのだ。
講義の後、彼は熱心に教えを請うてきて、珍しく俺は酒に誘った。
別に人脈作りに色気を出したわけじゃない。元から同業者とプライベートを共にすることも少ない。同じパーティのバッカスとレオ兄だけが例外で。
けれど、なぜか俺はこいつを誘っていて、その答えを少し後に知ることになる。
『――なるほどな、じゃあ、故郷が嫌になったって訳か』
『ええ、せっかく魔法使いに生まれたのに、兄の使いっ走りじゃ終われない』
開拓都市を訪れて冒険者ギルドの門を叩く男たちには、いくつかの種類がある。
多少の経験と名声を得て、次の仕事を探す足場にしようとする者。
まともな仕事に就くことができず、僅かな腕っぷしに全てを賭ける者。
そして、故郷を捨てた流れ者だ。
……俺もオスカーもそうだった。流れ者の魔術師だった。
環境の違いはあれど、狭い田舎に生まれ落ちて、魔法という才能で食うことはできるが、奇異の目で見られるはぐれ者。浮いた存在。
ある程度まで稼ぐことはできるけれど、結局は土地の中枢に入ることはできない異端者。本当の意味では、仲間に入れてもらえない人種だった。
母はそれを良しとした魔術師だったが俺は違う。俺には我慢できなかった。あんな場所で必要とされているのに蔑ろにされて生きていくことが。
『……あの農場は兄貴のものです。
いくら俺が魔法を使って効率を上げても、兄に頭を下げなきゃ生きていけない。
俺の才能で生み出した富も利益も、本当の意味では俺のものにならない』
そう吐き捨てるオスカーの気持ちが、俺には理解できた。
俺は、農地を持っているような恵まれた家に生まれた訳じゃない。
けれど才能があるのにそれを他人に使われるだけで終わる屈辱は分かる。
俺もそうだった。だから故郷を捨てて、ここまで来たのだから。
『――冒険者同士、境遇は似通ってるって訳だ。なぁ、兄弟』
酔った勢いもあったけど、本心でもあったと思う。
俺はオスカーのことを兄弟と呼んでいて、続けて言ったのだ。
『こうして知り合ったのも何かの縁、困ったことがあったら相談しろ』
なんてカッコつけたのに、結局はオスカーに何もしてやれなかった。
こいつが1人でボアレックスを殴り倒した時、パーティメンバーの剣士に見捨てられた時、本当なら俺が助けてやるべきだったのに。
けれどあの時の俺には何もできなかった。
ちょうどレオ兄が冒険者を辞めたばかりで、自分のことで精いっぱいだった。
バッカスと2人でどうパーティを回すのか? それしか考える余裕がなかった。
もし、俺たちが2人になる前なら、俺たちが3人であったのならオスカーをパーティに迎え入れることもできただろう。
剣士、魔法剣士、魔術師に1人魔術師が加わることはあり得ない話ではない。
実際にモンスターと刃を交える前衛に対して、魔術式を走らせる後衛。
そのバランスは最低限1対1、できれば剣士の方が多いことが望ましい。
無論、奥に潜れば潜るほど魔術師が剣士に魔法を掛けなければ太刀打ちできないようなモンスターが増えるから、剣士10人に魔術師1人みたいな無茶苦茶な編成はできないが、方向性としてはまだそちらの方が正しい。
だからオスカーが最初の仲間を信頼できなくなったときに、俺たちが2人になっていたのは、本当に運が悪かった。それが分かっていたからあの時、オスカーは俺に相談してこなかったのだろう。そういう所は見えている男だ。
――そして、オスカーはいくつかのパーティを渡り歩いた。
つまらない理由で解散したり、自分から抜けたり、色々と不運が続いた。
「……で、功を焦ったリーダーは即死、認めさせたかった王子のディーデリックに助けられて俺たちは何とか生きてるって訳です。俺の右腕は回収できませんでしたけどね。まぁ、生きているだけ幸運といえば幸運ではあります」
マンティスに肩から上を持っていかれた男というのがリーダーだったのか。
深入りをすることを決めた奴が死んだのは、まぁ、因果応報ではある。
あの場所ではそんなことを無視して人間が死んでいくものだが、今回は違ったらしい。
「フランク先輩、貴方の元相棒を見ました。
流石ですね、今まで俺が組んできた剣士たちとは比べ物にならない」
オスカーたちを助けに行ったのは、ディーデリックとレンブラント、そしてバッカスだということはシルビア先生から聞いた通りだ。俺からすればバッカスの実力なんて知り尽くしているが、思えばオスカーがあいつの実戦を見る機会もなかったか。
「……まぁ、な。俺が無邪気に頷いて良いのかは分からないが」
ここでバッカスを褒められているのに、俺が謙遜するのもおかしな話だ。
それに、仲間に恵まれていたことは事実なのだから、嫌味になる。
だから酒を一気に煽りながら、オスカーの言葉に頷いた。
「あの人はたぶん王子のパーティに選ばれると思います。そうなるべきだ」
そこまで言ったオスカーが一気に酒を飲み干す。
行き場のないやるせなさを塗りつぶすように。
「……つまり俺たちが命を賭けた理由なんて最初から無かったんです」




