第13話「――私の正体を知れば、ありふれたつまらない人間だと分かります」
「……殿下はいったい何が必要だと考えて、何のために冒険者をやるのです?」
とても成人したての15歳とは思えない思考のスケールに、俺は聞き手に徹してしまっていた。冒険者ギルドでは再征服を成せないということに思い至っていながら最強のパーティを用意する意図はなんだ。
「まず必要なのは世論だ。
冒険者ギルドという歴史に勝ち残ってきた存在を変えるには世論が要る。
私1人で変革を吠えたところで、まだ誰も相手にはしてくれない」
っ……ディーデリック王子の言葉に、俺がかつてアダムソンと行ったやりとりを思い出す。そうだ、ギルドの人間ならば必ず思う。世間知らずの王子なんぞに再征服などできるはずがないと。
今、彼が語った自己分析を聞いて、見抜かれている気がした。
俺たちのようなここで生きてきた人間の考えを。
「我が神聖王国の王子であらせられる殿下の言葉を、相手にしないなど……」
「いいや、君の洞察力なら分かるはずだ。
今の私には人心を伴ってこの都市を変えるほどの力はないと」
隣り合った距離で、彼の弱気な視線を感じる。
しかし、彼のそれは臆病とは違う。
自分の立ち位置を把握しているからこその。
「そのために最強のパーティが必要だと」
「ああ、そういうことだ。君との一戦のおかげで私の評価は上がっている。
ギルドの中に入ってから、舐められることが予想以上に少ない」
少ないということは、ゼロではないということか。
王子に対し、対面で喧嘩を売るような真似をする奴もそういないだろうに。
そこを感じ取っている当たり、彼の感覚が鋭いと見るべきだな。
「だが、まだ足りない。いくら迫真のそれとは言え、模擬戦は模擬戦。
本当の意味で経験豊富な冒険者たちをこちらにつけるには、名誉が必要だ。
あの不出来な兄とは違う、本当の意味で人心を惹きつける栄光が」
……そのためにまずは冒険者ギルドの中で結果を出すと。
確かに、今の彼が結果を出せば出すほど、発言力は強大になっていく。
「そうすれば、あの兄から開拓都市の権限を奪うのが早まる」
……ああ、そういえば王国としてギルドを管轄しているのは、あの第三王子だったか。俺たちから手柄を奪ったグランドドラゴン退治の男。
「その先に何を見ているのですか? 殿下は」
「組織的な攻略だ。騎士団を投下するか、現冒険者を再編する。
個々人の散発的な潜入では、事態は永久に好転しない」
そう答えてくれた殿下が一気に酒を飲み干した。
「……といってもまだ具体的なことは何も、だけどね。
私が思いつく程度のこと、この500年の間に行われていないとも思えない」
「ギルド史の管理は杜撰ですもんね、資料室も満足に機能してない」
冒険者ギルド本部には一応、対外的なものだけでなく、組織として蓄積してきた書物が遺されてはいるがその管理は杜撰を極め、まともに運用されているとは思えない。それに冒険者は真に有益な情報は独占したがるものだ。
「よく知っているな……私はまだそれがどこにあるのかも知らないのに」
っ……やべえ、こちらの正体を気取られる。
いや、別にもう構わないんじゃないのか。
嘘を吐いていることはバレているのだ。正体を知られることに何の問題が。
「――フランシス、やはり私は君の力が欲しい」
王子の腕がこちらの肩を抱く。
冒険者としては細く、王族としては太いそれを柔らかいと感じる。
……これで、俺のゴーレムの片腕を吹き飛ばしてくれたんだもんな。
「私は……」
「分かっている。一度は断られているのだ、戦わせるつもりはない。
ただ、君からの助言が欲しい。私の参謀として」
女の肩を抱いて、言うことはこれか。
別に俺は構いやしないが、仕事しか考えられないのは将来、苦労しそうだな。
といってもこれほどの顔と生まれがあれば困ることもないか。
「貴方は、偽りの私と本物の私のギャップに惑わされているだけです――」
一瞬、こちらの正体を明かしても良いんじゃないかと思った。
けれど肩を抱かれてもう少し、この謎の中にいたいと思ってしまった。
ディーデリックという男に、こう評価されていることは心地よかったのだ。
「――私の正体を知れば、ありふれたつまらない人間だと分かります」
少し不敵に微笑んでみる。王子の腕の中で。
「つれないな、君がここで働いていることを思えば当然の結論ではあるか」
「ふふっ、確かに私が貴方に引き抜かれたら、ラピスさんが怒りますね」
ディーデリック王子の腕から逃れて、つまみの豆を口に放り込む。
別に豆が食べたかったわけではないが、自然に離れる理由が欲しかった。
「……これから彼女の舞台が見られるのか」
「どうでした? さっき見たフィオナの舞台は――」
いつまでも冒険者ギルドという仕事の話をしていても仕方がない。
せっかくの息抜きの場だ。別の話をするのも一興だろう。
「トワイライトの”王子”という異名らしいね、彼女」
ディーデリックという男が、他人を王子と呼んでいるのが面白かった。
異名としてのそれを本物が使っているのが。
「……美しかったよ。あれほどの踊り子は王都にも数える程だろう。
ラピスがあの王子と同等のそれを見せてくれるというのを楽しみにしている」
「彼女の舞台はまたフィオナとは毛色が違いますけどね」
こちらの言葉に頷くディーデリック。
まぁ、ラピスさん自身から聞いているだろうな、そこら辺は。
「そういえば、君は踊らないのかい? ロゼという名前だったよね」
「っ――え、ええ、この店ではその名前で。けれど私はバーテンダーなので」
「器用な君のことだ。どうせ踊れるのだろう?」
見透かしたように彼が笑う。いや、まぁ、確かに踊れるけど。
「ではダンスにお誘いくださいます? 王子様――」
「……考えておこう」
「あら、意外とつれないのですね。他の女性にもそういう態度なのかしら?」
くすくすと笑うディーデリック。
「簡単に求めに応じていると、すぐに諍いが起きてしまってね。
まぁ、ここはもうどこの城でもないからその心配もないのだろうが」
……お偉方同士の社交界の話だろうか。
想像するだけで大変そうだ。こいつは生まれも顔も振る舞いも良いからな。
女にはさぞモテるだろうしその分、彼を巡る諍いも多そうだ。
「冒険者をやっていると出会いがありません。
いくら貴方様でもあまり長くは続けないほうがよろしいかと」
「ふふっ、ご忠告ありがとう。あるいは深く嵌る前にモノにしてしまうとか?」
冗談交じりにこちらの手を握る殿下。
「お戯れを。どこの馬の骨とも知れぬ女を拾えばコトですわ。
妾を設ければ、またあの禁欲的な教会に怒られますわよ」
「ふふっ、ははは――私は父と同じにはならないさ」
今の国王陛下はとにかく公妾が多い。
ディーデリック自身は正妻の子のはずだが、それでさえ4人目だ。
王族の血が増えるということは悪いことばかりではないが、性に奔放すぎて教会には睨まれている。
「まぁ、私もようやく王城を出たのだ。自由を謳歌しなければな――」
ご愛読いただきありがとうございます。
明日の更新ですが、私用によりいつもの20時を過ぎるかと思われます(あとまだ14話が出来上がっていないので)。
出来上がれば明日(9月26日)中には更新しますが、ダメなら27日の20時ごろに更新したいと思います。
皆様にはご迷惑をおかけいたしますがご容赦ください。




