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第12話「……それはあなたの真実か? フランシス・パーカー」

「冒険者の誘いを断った君が、どうしてここにいるんだ――?」


 思っていたより、本題に入るのがずっと遅かった。

 ラピスという女性のことを、ディーデリックが本気で尊敬していたから。

 彼女への想いが殿下の口を鈍らせた。


 そんな彼の人間らしい一面を見れたことを好ましく思う。

 敬意を大切にする彼らしい振る舞いだと。

 王国騎士団への尊敬がゆえに戦おうとする彼の在り方そのものだ。


「……貴方は、私のことをどこまで掴んだのですか? 殿下」


 すぐ隣、彼が腕を回せば抱かれてしまう距離。

 挑発的な仕草になることを、どこか自覚しながら、上目遣いで見つめる。

 ……座高でさえ、15歳の少年よりずっと小さくなっているなんて。


「冒険者に憧れて開拓都市に来た田舎娘ではない、ということくらいかな」

「あら、そう思います……?」

「自分の言動を振り返ることだな。私は忘れていないぞ、死者の影を追うなと」


 やはり見逃さなかったか。

 あれは本当に15歳程度の小娘には吐けない台詞だった。

 しかし意外だな。冒険者ギルドの中にいるのなら既に掴んでいるかと思ったが。


「……かもしれませんね。それについては否定いたしません。

 そしてひとつ、私からお詫びしなければいけない嘘があります」


 揺れるワインの水面が目に映る。

 今の俺には、ディーデリック王子の瞳を見ている余裕はなかったのだ。


「嘘だらけの君が敢えて謝るとはな。良いだろう、聞かせてくれ」


 フッと微笑む彼の声を聞きながら息を呑んだ。


「……私の父が、ダンジョンで死んだという話です」

「ああ。確かに君の嘘だらけの経歴を思えば、不思議な話ではないな。

 しかし、どうしてそれだけを謝るのだ? フランシス」


 並べた嘘の中で、これが一番の致命傷だと思っていた。

 もっとも許されるべきものではないと。

 けれど笑いを交えながら、言葉を返してくれる彼を見るとそうでもないらしい。

 ……こういうところの機微は、やはり人によって違うものか。


「知らぬこととはいえ、貴方の過去に触れてしまった。

 偉大なる王国騎士団を追う貴方と通じてしまった」


 こちらの言葉を、静かに受け止めるディーデリック。


「本当の私は、父の顔も経歴も知りません」

「……それはあなたの真実か? フランシス・パーカー」

「ええ、こればかりは。母は父のことを何も教えてはくれませんでした」


 フランシス・パーカーとして用意した経歴は、全てが嘘偽りだ。

 それでも真実と重なる部分があるとすれば、生まれが田舎であること。

 あの閉じた土地で暮らしていた母さんは、俺に何も教えてはくれなかった。

 サンダースという名字以外に、父との繋がりは残っていない。


「なるほど。しかしあの時の言葉、随分と真に迫っていた。

 君の経歴が嘘偽りであろうともどこかに宿る真実が見えた」

「……見て来たからです。

 子を遺して死ぬ親、親より先に死ぬ子、冒険者とはそういうものだ」


 彼の瞳がこちらを射抜いている。

 今にも雷に撃ち抜かれそうだと感じてしまう。


 ……おそらく彼は今、儀式から今日までの間に得たギルドでの情報と俺の言動を繋ぎ合わせている。こちらの正体に薄々気づき始めているだろう。まだバッカスの元にいるとはいえギルドの中に入れば、俺の情報も多少は入るはずだ。


「だろうな、いざ自分が身を投じて分かったよ。

 平時の騎士団よりも危険な仕事だ。

 まだ本当の意味で潜ってはいないが、あの日の君の言葉が理解できる」


 ”今、私の中には恐怖がある”


 恥ずかしげもなくそう言ってみせるディーデリックという男に、弱さを自覚できる強かさを感じる。思っていたよりもずっと慎重な男なのかもしれない。


「けれど同業の方は、貴方を目指して深入りを始めていると」

「……よく知っているな、外にいる貴女が」


 ひとつ言葉を紡ぐたびにこちらの正体に近づかれている自覚がある。

 このディーデリックという男の洞察力ならば、必ず。


「やめるようにギルドを通じて伝えたが、あまり効果はないだろう。

 武勲を上げることに勝機を見出す部類の人間が多い場所だ」

「殿下は、どうなさるつもりなのですか?

 再征服のためにギルドの人間を選別したところで貴方以上は数える程度だ」


 こちらの言葉にフッと溜め息を吐くディーデリック。


「君の見立てもそうか……やはり私よりずっと詳しいんだね。

 私は、最強のパーティを組み上げたくらいで再征服が成ると考えてはいない。

 今の枠組みの中で、多少強いものを用意しただけでは」


 さらっとそれを言ってみせる彼の姿に、バッカスの言葉を思い出す。

 いつもどこか遠くを見つめていると。油断とは違うそれがあると。


「それでは殿下は、どうなさるおつもりなのですか――?」

「ふふっ、まずは最強のパーティを組み上げる」

「意味がないと申したことを、やると?」


 恥ずかしげもなくこちらの言葉に王子は頷く。

 ……いったい何を考えているんだろうか、この男は。


「ダンジョン攻略に、亡国の再征服に必要なのは、仕組みの変革だ。

 今の冒険者ギルドというシステムでは、もう500年使っても無理だろう」


 冒険者ギルドをシステムと呼び捨てるか。

 そこまではまだしも、500年を”使う”という表現。

 これが王族の思考なのか。途方もない世代が重なる時間を”使う”とは。


「……殿下はいったい何が必要だと考えて、何のために冒険者をやるのです?」


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