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第5話「せっかく、ボクの腕の中に閉じ込めたんだ」

「ふぁ……っ」


 普通の人よりも遅い朝。

 夜の仕事をするフィオナが起きてくるよりは少し早い時間。

 いつも通りに朝食の用意を進めていたのだが、眠い。


 昨日、久しぶりに3人集まったせいで遅くまで飲んでしまった。

 そして、この身体では初めての長酒だ。

 すっかり昔の勢いで飲んでいたが、どうも限界値がだいぶ下がっている。

 元々の身体ならここまでの二日酔いにはならなかった。


 まぁ、もろに身体が小さくなっているんだ。

 酒に弱くなっているのも当然と言えば当然なのかもしれない。

 ……シルビア先生に二日酔いを治す魔法とか聞いたら、怒られるだろうか。


「あれ――もう起きてたんだ?」


 幼いアイシャの姿をした彼女が寝間着のまま台所に現れる。

 寝起きのボサボサの髪がまたかわいい。

 同居していても、なかなか見られないんだよな。


「うん。もう少しでできるから待っててくれ」

「……まったく、遅く帰って来た時くらいゆっくり寝てていいのに」

「ははっ。悪かったな、昨日はお風呂を用意できなくて」


 こちらの言葉に首を横に振るアイシャ。


「今朝はボクの手料理を用意しようと思ってたのに」

「えっ、それは残念なことをしちゃったな」

「……まぁ、ボクはおじさんより料理上手くないけどね」


 そんなに期待するなと言いたげに彼女は笑った。


「別に俺だって上手い訳じゃないよ。テキトーにやってるだけさ」

「ふふっ、そんなことない――」


 朝食に向けた作業を進める俺の瞳を見つめながらアイシャが呟く。

 彼女の視線に、こちらの瞳も奪われてしまう。


「――そんなことない。分かった?」


 念を押すように美声で告げられるその言葉に、俺は頷くしかなかった。

 有無を言わせない力がそこには宿っていたから。

 ……今の俺と同じくらいの背丈とは思えないよな、本当に。


「じゃあ、歯磨いてくるね?」


 そう言ってトコトコと歩いていくアイシャ。

 後ろ姿は、見た目通りの少女って感じでそれはそれで可愛い。


「……いやー、茹で鶏のサラダにエッグトーストにトマトスープ。

 毎日毎日これだけ用意して料理が下手とか言わないほうが良いよ?

 ボクなんてほぼほぼ麦のおかゆだけで済ませてたのに」


 朝食を並べたテーブルを見て、彼女がそう言ってくれる。

 こうして認められるというのは気分が良いものだ。


「俺だってアパート暮らしの時には、定食屋で食ってただけさ。

 今となっては、時間だけは無限にあるからな」

「……へぇ、それでここまで作れるのか。やっぱり魔術師さんって器用なんだ?」


 特に意識してはいなかったが、それもあるのかもしれない。

 手先は器用な方だとはよく言われてきた。

 料理の基本については、母が教えてくれて、それを良く覚えている。

 魔法の基礎の基礎と同じように学んだことを。


「それはあるかも。ある程度の器用さは戦闘職の魔術師には必須だ。

 研究職になると私生活はてんでダメって奴も多いらしいけど」

「なるほど。おじさんが前者で良かったよ。ボクの注文もしっかり守ってくれて」


 最初の時には『すごく美味しいけど、これじゃ太っちゃう』と言われたのだ。

 献立は、卵と砂糖と牛乳を絡ませて甘く仕立てたパン。

 濃い目のコーンポタージュにソーセージと少しの野菜という内容だった。


 パンも今日のエッグトーストよりもずっと分厚く切っていたし、ソーセージも脂分が多い。茹でた鶏肉に比べてずっと腹持ちの良い食事だ。冒険者の現役時代から考えると少ないくらいだったが、今思えばあのままの食事なら俺もブクブクに膨らんでいただろう。


 ダンジョンに潜るという重労働をやめたのに似たような食生活を続けていたら。

 早いうちにフィオナに釘を刺してもらって助かったところはある。


「いやー、言われて分かったよ。

 冒険者時代に合わせてメシを食うもんじゃないって」

「ふふっ、引退してから不健康になる人多いもんね、冒険者さんたち」


 流石は開拓都市で接客業をやっているだけのことはあるな。

 よく見ているものだ。


「食い過ぎは厳禁ってことだ、無職で身体を動かす機会もないし」


 もぐもぐと茹で鶏のサラダを食べていたアイシャがこちらを見つめてくる。

 ……何か変なこと、言ってしまっただろうか?


「無職でいて欲しいな。というよりボクの家政婦として雇いたいんだけど」


 これまでも何度か誘われてきたことだけど、なんか今までと違うものを感じる。

 本気さというか、うまく言葉にできないのだけれど、そういうものが。


「……いや~、俺も流石にそこまで頼るわけにはいかないかなって」


 いつもと同じ回答をしてしまう。それ以上を口にするかどうかを迷いながら。


「ふぅん? なるほどね、受けたんだ――」


 ごまかしは一切、通用しそうになかった。

 流石はレナ姉と同じ職場で働いているだけのことはある。

 観察眼も素晴らしい。よく察しをつけられるものだ。


「……ごめん。

 君が俺と同じ職場は嫌だってレオ兄に言ってたのは聞いてたんだけど」


 こちらの言葉に静かに首を横に振るアイシャ。


「謝られるほど嫌だって訳じゃないさ。

 おじさんが本気で仕事を探していてトワイライトには魔術師が要る。

 貴方を呼ぶことが最適解だとは、分かってたんだけど」


 彼女の瞳がこちらに向けられていて、その視線にいじらしさが垣間見える。

 ……レオ兄の言い分は正しかったけれど、自分はそれを手伝いたくなかったと。


「せっかく、ボクの腕の中に閉じ込めたんだ。

 わざわざ外には出したくなかった。ボクのわがままだよ」


 微笑むアイシャに、俺は息を呑むしかなかった。

 ……ここまで、ここまで本気で俺のことをこの屋敷に囲うつもりだったなんて。

 まずいな、顔が赤くなっているような自覚がある。


「でも、貴方はそういう部類の人間じゃない。

 そうと分かっていたから貴方のことを信頼したのに、ダメだね。

 いざ自分だけのものにできるんじゃないかと思うと欲が出た」


 ……言葉を紡ごうとして、声が乗らない。

 本当の歳も分からない年下の女の子に、こんなことを言われて、俺は。

 良い歳した大人として何を返せば良いというのか。


「……俺も、君のテリトリーに土足で立ち入るのは気が引けたんだけどさ。

 レオ兄は本気で俺を必要としてくれていたし、全く知らない仕事も怖くて。

 それに久しぶりに舞台に立つ君も見たかったんだ」


 こちらの言葉を聞いてクスクスと笑うアイシャ。


「ふふっ、お仕事中の観覧はご遠慮いただいております♪

 とまでは言われないけれど、ボクに見惚れてばかりだとレナ姉に怒られちゃうからね? あの人、仕事には厳しいんだ、って知ってるか。古い付き合いだもんね」


いつもご愛読いただき、ありがとうございます。

女体化チートですが、本日更新分でいよいよストックが切れました。

この2節5話より先は『1文字も書いていない』状態です。


なんとか明日以降も更新を続けていきたいところではありますが、どうなるかはまだ分かりません。

今は少しでも応援していただけると嬉しいです。


(私が書き上げられれば)明日もお会いできるのを楽しみにしております。

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