第14話「――じゃあ、今からデートしようか。おじさん」
「――やぁ、ようやく見つけた。帰りは1人なの? おじさん」
髑髏払いの儀式、その会場からフィオナの屋敷へと向かう途中。
真後ろから肩を抱かれた。人通りの多い道だ。気配に気づくことのできない不意の接触だったけれど、それを心地いいと感じて相手が分かる。
「フィオナ……? 今日は来られないって……」
2週間前、アダムソンから仕事を請けた時点でフィオナにも伝えていた。
今日の儀式のことを。もし予定が合うのなら関係者席を用意するとも。
けれど、フィオナにはそれを断られていて、だから来ないものだとばかり。
「関係者席には入りたくないな~ってね。古い知り合いがいるかもしれないし。
でも、おじさんの仕事は見てみたいなと思っていたからさ」
彼女が会いたくない古い知り合いというのは、教会関係者だろうか。
確かにその手の人間も居たには居たな。
ディーデリック殿下のための儀式となると来賓も多かった。
「それで、今日はそんな女の子らしい恰好を……」
隣で歩くフィオナの姿を見つめることができて、服装が普段と違うと分かる。
いつもはもっと黒を基調としたボーイッシュな服装なのに、今日は白色を中心にしたフェミニンな服装だった。
……彼女のスカート姿、初めて見た。
「本物の王子様を見た後のおじさんには、こっちの方が効くかなって。
それにここまで印象が違えば知り合いに顔もバレないからね。
どうだった? ボクじゃない本物の王子を見た感想は?」
こちらの耳元で囁くフィオナ。
そんな振る舞いに、彼女の嫉妬を感じて少し嬉しくなってしまう。
「……顔の良い男だったよ」
「へぇ~、そうなんだ? それで、どっちが良いかな、ボクと彼と」
俺の狭くなってしまった歩幅に合わせて歩いてくれるフィオナが、こちらに肩を寄せながら悪戯っぽく尋ねてくる。どっちが良いって、そんなの意識もしていなかったけど……。
「そりゃフィオナの方が。俺は男だしな」
「男に惚れる趣味はないって訳か。それでさ、このあと時間あるだろう?」
「……俺にはあるけどそっちは仕事じゃないのかい?」
「ふふっ、今日は非番だよ。言ってなかったかな、ごめんごめん」
聞いてなかった。
ディーデリックたちに嘘を吐いてしまったな、これでは。
「――じゃあ、今からデートしようか。おじさん」
思わぬ言葉に意表を突かれているうちに、俺は彼女に手を引かれていた。
その柔らかな手のひらにドキドキしてしまう。
そして、そんな間に見知らぬレストランに辿り着く。
いや、見知らぬというとウソになるか。
高そうだなと思って遠くから見ていただけの店だ。
それに、客層も上品で冒険者には似合わない場所だと思っていた。
しかしフィオナと一緒であれば当然に入ることができる。
「……え、水が美味い」
薄いグラスに注がれた水を飲みながら、一息つける。
俺の素朴すぎる感想を前にフィオナは優しく微笑んでいた。
「ふふっ、喜んでくれて嬉しい。連れてきた甲斐があったよ」
真っ白いクロスが引かれたテーブルの向こう側に座るフィオナ。
彼女は、ただ座っているだけで絵になっていて本当に美しい。
「……今日、ボクは初めて冒険者の戦いを見た。
もちろん本職の貴方からすれば、儀式と本番は違うのだろうけど」
彼女の真紅の瞳がこちらを見つめている。
「あんな戦いを10年以上、続けてきたんだね。フランクさんは」
「……あれほどの戦いは数えるほどしか経験していないよ。
あのディーデリック王子ほどの実力を持つモンスターはそうはいない」
こちらの言葉に頷くフィオナ。
「うん。それはそうなんだろうけど、肝が冷えたんだ。
よくボクと出会う前から今日まで貴方が無事で居てくれたなと」
改めてそう言われると、少し照れてしまうし、同じ気持ちにもなる。
成人してから追放されたあの日まで、よく生きてこられたと。
「……俺さ、今日、ディーデリック王子に誘われたんだ。
あの人は俺のことを、この見た目通りの少女だと思っていて、同世代として冒険者にならないかって。パーティの一員になって欲しいって」
フィオナは、俺がフランシスという偽名を使っていたことを知らない。
ディーデリックに対して嘘を吐いていたことも。
それを拙い言葉で一気に説明したというのに、彼女は静かに頷いてくれた。
「受け入れたのかい……? その話」
彼女の言葉に首を横に振る。
これでフィオナは安心してくれるだろう。
しかし、俺は……。
「……受け入れ、られなかったんだ。
冒険者としてやり直す絶好の機会だったのに。
栄光を取り戻す最後の機会だったかもしれないのに」
ディーデリックの誘いを断ったこと、間違いだとは思っていない。
けれど、確かに俺は人生の分岐点を前に現状維持を選んだのだ。
そんな大きな決断をしたことを、この感情を、誰かに聞いて欲しかった。
どうしようもなく、自分の想いを吐露したくて。
「この10数年、俺が生き残れたことは運だと思っている。
俺より強い奴らはいくらでも居た。それでも死んだ奴も多い。
冒険者というのは綱渡りなんだ。危険を取って亡国に潜る。
その結果として、あの国の遺産をあるいは怪物の遺体を持ち帰る」
……フィオナを前にして、こんな一方的に語るのは初めてかもしれない。
それどころか、他人にこれほど長く話し続けるさえ酷く久しぶりだ。
なのに彼女は静かに聞き続けてくれて、それが途方もなくありがたかった。
「危険の分だけ見返りも大きい。でも、それは確実なものじゃない。
それを何度も繰り返して、どこで降りるか。そこを見誤った奴から死んでいく。
……俺は、冒険者に未練があったはずなのに、もう一度最初から始めると思うと足が竦んだ。ディーデリックの言う再征服まで戦い続けることはできないって」
……そうだ、俺は、間違っていない。
なにも間違っていない判断だ。だというのに、これで良かったのかと。
ただただ日和っただけの根性なしなんじゃないかって。
「一度降りてしまったから、もう最初から始めることはできなかったんだね。
たとえ降りた原因が不可抗力であろうとも」
俺の話を聞いて、端的にまとめてみせるフィオナ。
……そのまとめ方が的確で、嫌だと思わせないのが流石だった。
今まで何度、他人に下手な要約をされてイラつかされてきたかを思えば。
「――これはボクのわがままだけれど、ボクはそれでよかったと思う。
せっかく見つけた同居人だ。ボクの秘密を知る人なんだ。
そんな貴方に死なれたら困ってしまうよ、フランク」
ご愛読ありがとうございます。
これにて1章1節は完結、物語は1章2節へと進みます。
ディーデリック王子の誘いを断ったフランクの向かう先とは?
ぜひ、この先もご期待ください。
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