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第13話「君を冒険者に推薦したい。私とパーティを組んで欲しいのだ」

「――フランシス! フランシスはいるか!!」


 こうなるのが目に見えていた。

 分かり切っていたから、王子が新たなる冒険者としての表彰を受けている間に立ち去っておきたかったのだが、そうはいかなかった。


「そう仰られると思っていましたので、引き留めておきました。殿下」

「レン……! でかしたぞ!」


 へぇ、ディーデリック王子はレンブラントのことをレンと呼んでいるのか。

 良い略称だな。

 といっても、この底知れぬ魔術師を略称で呼べる日が俺に来るかは怪しいが。


「ディーデリック殿下……」

「――フランシス、最後の最後で、どうして手を抜いたのだ?

 それに俺が促さずとも、もっと火炎弾を使えばよかったのに」


 ……2つのことを同時に言われると困ってしまうな。

 でも、こうやって焦りながら話す殿下を見ていると年相応の若さを感じる。


「最後に手を抜いたというのは誤解ですわ、殿下。

 あれはアダムソンのおじさまが『試験に落とすつもりか~!』と邪魔をしてきたからで。おじさまに納得いただいたころにはもう雷が落ちていましたの」


 ここぞとばかりにアダムソンに責任を擦り付ける。

 といってもまぁ、嘘を吐いている訳ではない。すべて事実なのだから仕方ない。

 しかし、俺の正体を知っているレンブラントの前で女言葉を使わなければいけないのは、今まで以上に恥ずかしいな……。


「……なるほど。逆に君は邪魔されていてもあれほど動かせるという訳か。

 火炎弾の方は? どうしてもっと使わなかった?」

「いえ、あれを連発すると例年に比べて試験が難しすぎると物言いが入るかと」


 訝し気にこちらを見つめてくるディーデリック殿下。

 まぁ、それも当然だろう。試験を受けに来て落ちたばかりの少女という設定なのに『例年に比べて』とか言い出したら怪しいもんな、普通。


「分かった、そういうことにしておこう。それでだ、フランシス――」


 形ばかりの納得を見せる殿下。

 というよりもこれは納得したのではなく、話を進めたいだけだな。

 徹底的に追及されていたら厄介だったろうから助かりはするが。


「――君を冒険者に推薦したい。私とパーティを組んで欲しいのだ」


 っ……そう来るか。

 最初の約束では、俺が勝ったらという話だったのに。

 この身体になって理不尽にギルドから追放された俺が、冒険者に戻れる。


「あの、私は……」


 頷こうとしたのか、断ろうとしたのか。

 自分の本心さえ定まらない中で、言葉を紡ごうとした。


『フランクくん。これは良い機会だ、間違っても戦いに戻るな。

 君はもう、とっくの昔からそれに向いている人間じゃなくなっている』


 けれど、シルビア先生の忠告がフラッシュバックしてきて。

 ッ……何を弱気になっているんだ、俺は。

 取り戻せる、このディーデリック・ブラウエルという男と手を組めば、全てを。

 3年前に指をすり抜けていった栄光どころじゃない、より高みへと。

 グランドドラゴン討伐どころじゃない名誉を、結果を、手に入れられるんだ。


「フランシス……?」

「あ、いえ……」


 レンブラントが言っていた。

 殿下は、求めるものは大きいが、その報いはより大きい男だと。

 ……ここで彼に乗れば、俺は再び冒険者という稼業を始めることになる。

 本来ならあと数年で引退するという感覚を持ちながら、肉体と殿下からの期待だけは成人したばかりの若者として、もう10数年戦い続けるのだ。


 ――想像しただけでゾッとしてしまう。

 俺自身が戦い続けてきた10数年、命を落としそうな瞬間はいくつもあった。

 あれをもう一度繰り返すなんて……とてもじゃないが、俺は……。


「わ、わたくしは、遠慮させていただきますわ……」

「どうして……? あれほどの実力、眠らせておくのは惜しい」

「……怖くなったんです、貴方様と戦って自分の実力を知りました」


 ディーデリックが、腰を落として、俺に視線を合わせてくる。

 そんな何気ない動作だけで本当に大切にしてくれようとしていると分かる。


「私から言えば、君ほど強い相手はいなかったよ。

 君にだって分かっているはずだ。

 邪魔がなければ、試験でなければ、君は私を倒せたと」


 ……本気で殺すつもりで、遠距離攻撃に徹していれば確かに勝てただろう。

 しかし、そういうことではない。俺が本当に恐れているものは。


「……この数か月、試験は受けさせてもらえませんでしたが、ギルドの手伝いをしていました。何人かの冒険者が命を落としていく様を見届けもしたのです。

 今日、殿下と戦って、もしこれが自分の身体だったらと思うと、もしここが本当の戦場だったらと思うと、どうしようもなく怖いんです……」


 こちらの言葉を受け止め、さらに誘いを続けようとするディーデリック。

 彼を静かに制したのは、腹心のレンブラントだった。


「殿下、貴方の言葉を断るのに必要な覚悟をお考えください」

「……レン。すまない、フランシス。気が変わったらいつでも声を掛けろ。

 私は冒険者になったのだ。この街が定住の地となる」


 ディーデリック殿下の言葉に頷く。

 そうか、当たり前の話だが、彼が冒険者になるということはずっとこの街に居るということなんだよな、この開拓都市に。


「ところで話は変わるが、この後に予定はあるか? 夕食でもどうだ?

 アダムソンに誘われているんだが、君がいた方が有意義な時間になる」


 ……正直なところ、俺の正体を知っているレンブラントとアダムソンがいるところでディーデリック殿下の相手をするのは、非常に複雑な事態に陥るので勘弁して欲しかった。


「申し訳ありません、このあと、お風呂の準備がありまして……」


 ディーデリック殿下もレンブラントも目が点になっている。

 いや、それもそうだろう。俺も自分で何を言ってしまったんだと思っている。

 そろそろ帰らないと出勤前のフィオナのために風呂を用意できなくなるのは事実だが、そんな話を殿下に向かってするものではない。


「それではお暇させていただきます。また、機会がありましたら――」


 ただ、もうここは勢いだった。

 相手が豆鉄砲を食らった鳩みたいになっているうちに退散してしまえ。

 そうしないとどう引き留められるか分かったもんじゃない。


「……風呂ってなんだ? レン」

「そりゃ湯船にお湯を張ったものですよ、毎日使われているでしょう?」

「そんなことは知っているが……」


「――真面目に答えると、私が調べた中でも風呂をこの時間に用意しなきゃいけない事情に心当たりはありません。やはり謎の多い方だ」

「……レン。あれが冒険者に憧れた常識知らずの田舎娘って、ウソなんだろう?」


「ふふっ、なぜそう思われるのです?」

「彼女は俺を諭してきたのだ。死者の影を追うなと。

 あんなこと、あんな少女に言えるものか」


「――彼女の正体は、ご自身で解き明かされるのがよろしいでしょう。

 少なくとも私の見立てでは、アダムソンの言うようにまもなく故郷に帰るということにはならないはず。おそらく、また会う機会もあるかと」


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