第10話『棄権するなら今のうちだぞ、ディーデリック王子?』
「こんなものか? 本気を出しても良いんだぞ、亡国の悪魔よ――」
あからさまな挑発――直後、大地を雷が駆け抜けていった。
ッ……僅かにでも反応が遅れていたら、両足を吹き飛ばされていた。
防御のために魔力を流し込んでいなければ膝までを吹き飛ばされていただろう。
もし、挑発なしでこれをやられていたら、既に決着だったかもしれない。
『その余裕、命取りになるぞ――』
「不意打ちで貴様を倒しても我が力の証明にはならんのでな」
こちらの背後に炎の魔法陣を展開する。
実戦においては、これ見よがしにここから攻撃しますよと告げている陣を展開することにリスクはある。だが、連射性能や威力の安定と向上が見込めるうえにこの戦いは見世物だ。観客を興奮させてやらなければな。
「ッ――――!!」
ディーデリックが口元を釣り上げる。
俺が本気を出していると思ってくれているのだろう。
確かにこれは本気だ。これより踏み込めば、それはもう殺しになる。
『棄権するなら今のうちだぞ、ディーデリック王子?』
「つまらんことを聞くな! 全力で来い、フランシスッ!!」
お望み通り火球の連射を始める。
一撃でも当たれば、即試験終了となるだろう。
すぐに神官に治療させなければ命に危険が及ぶだけの威力がある。
「ッ――ァア!!」
常軌を逸した速度で剣を振るい、こちらの火球を切り落としていく王子。
なんという無茶苦茶をやってみせるものだ。
ああ、本当に素晴らしい魔法剣士だ。
今の冒険者たちにこれ以上の戦士は片手で数えるほどもいないだろう。
しかし、だからこそこれほどの宝、ここで折らなければ永久に失うことになる。
これだけの力があれば、ダンジョンの深みにまで届く。
だからこそ、退路を失う未来が見えるのだ。
「ふ、フランシス!! 殿下を殺すつもりか?!!?!!」
戦いに没頭していた俺の手をギルド長が掴む。
それでようやく、奴の声が聞こえてきた。
「儀式の邪魔をするな! 神聖な戦いの最中だぞ!!」
クソッ、気が散ったせいで王子が数歩距離を詰めて来たじゃないか。
しかし王子は、俺の火球連射を正面突破して来るつもりだな。
そのうえでこちらにトドメを刺すか。面白い……!!
「そ、そうはいかない!
貴様が殿下を死なせてしまえば、私も死刑台送りなんだぞ!!」
チッ、魔力の集中が崩れるじゃないか。ごちゃごちゃと。
こっちは連射している火球をどこに放り込むかまで制御してるんだぞ。
「それがなんだ! 俺がお前を死刑にできることを躊躇うとでも思ってんのか?」
一度は考えたことだ。ディーデリックという男を知る前に。
この場で王子を殺してしまえば、アダムソンに復讐できるということは。
3年前に俺の手柄を奪った第三王子の弟なのだ、躊躇う必要はない。
そう、思っていたが――ッ!!
「フランシス……お前……」
ッ、マズい……!! ギルド長との無駄話のせいで、集中が途切れた。
王子がこちらの火球連射を踏み越えてきやがった!
雷を纏わせた剣戟を防ぎながら、王子の放つ電撃を受け止める。
魔力をどこに走らせて防ぐかを間違えれば一発で身体を吹き飛ばされてしまう。
『勇敢な王子サマだ――死を恐れてはいないのか?』
「恐れているとも。だが、最も恐れるは命の価値を活かせぬこと!」
振り下ろされる殿下の長剣を、両の刃で受け止める。
絶好のタイミングだ。今、ここでお前の意志を叩き折ってやる!!
「ッ、な、に――!?」
こちらの握る剣に炎を流し込んだ。
強烈な魔力を流し込み、流れる雷ごと殿下の長剣を叩き折った。
終わった、魔法剣士の剣を叩き折ったのだ。これで流石に心が折れるだろう。
「……だが!!」
そう考えていた俺が全くもって甘かった。
ディーデリックは折れた刃をこちらの胴体に突き立て、そのまま手刀を放つ。
それも1撃ではない。流れるように2発の手刀でこちらの手首を切断する。
……木材の右腕はともかく、焔の左腕まで素手で切断するか。
雷を奔らせたのだろうが、よくもまぁ、炎を切れると信じたものだ。
『格闘術とはな――』
「戦士は武器を失うことはない。この身体がある限り」
切断された手先を修復し、剣を拾い直す気になどなれなかった。
それは余りにも無粋に過ぎる。拳を亡くした右腕と、焔の左腕で構える。
彼のような本格的な格闘術は習得していないが、見様見真似はできるはずだ。
『その言葉、証明してみせろ、ディーデリック・ブラウエル!!』
こちらの右腕をいなし、焔の左腕を雷で弾くディーデリック。
数度のやり取りで理解する。彼の格闘術は苦し紛れのそれではないと。
あれほどの魔法剣士でありながら、同時にこれほどの格闘術を身に着けている。
成人を迎えたばかりの若い戦士であるというのに。
王子としての生まれが、適切な教育を受けられる環境があってこその力ではあるだろう。しかし、それだけではこの領域に足を踏み込むことはできない。認めるしかあるまい。このディーデリック・ブラウエルという男は本物だ。
……彼なら、やれるのではないか。
あのダンジョンを、亡国と化したあの土地を”再征服”することが。
こんな男に夢を見てみたいと、俺の幼い部分が叫んでいた。
だが、ならばできるはずだ。本気になった俺を打ち負かすことが。
俺は格闘の専門家じゃないんだ。
だからそんな俺が操るゴーレムくらい簡単に倒してみせろ、ディーデリック!!




