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第9話『ククッ、ハハハ、この俺が滅ぼした国を”再征服”するか――』

『ククッ、ハハハ、この俺が滅ぼした国を”再征服”するか――』


 ディーデリック・ブラウエルを打ち負かし、追放された冒険者ギルドに戻る。

 確かに悪くない話だ。俺の経歴に嘘があったことは詫びれば良いだけ。

 アダムソンに責任を吹っ掛ければどうとでもなるだろう。


 けれど、正直に言ってそれに大きな価値は見出していなかった。

 戻りたくないか?と言われれば嘘になるが、あの王子の力を借りて政治戦のど真ん中に立つことにそこまでの魅力は感じていない。


 ただ、それでも勝ちたいと思う。あのディーデリック王子を打ち負かしたいと。

 あいつに負けを教えてやりたいんだ。

 死者の影を追うことに野心を重ねたまま、あの死地に送り出したくない。


『――面白い小僧だ』


 マイルズの魔術式に乗せて言葉を紡ぐ。ひび割れた声が響き渡る。

 言葉に合わせて、炎を走らせ、まずは骸骨のヘルムだけを宙に浮かべる。


『その小生意気な口を塞いでやろう、永久にな』


 言葉を続けながら、両の手に握る短剣から炎を走らせる。

 やっていることは姿を消す魔法を順番に解除しているだけだが、これで虚空から悪魔が出てきているように見えるだろう。かなり上手くやれているはずだ。


 姿を全て晒したところで軽く両手の剣を振るってみる。

 今回のゴーレム操作はオートではない。

 自分の身体を動かすみたいに、感覚的なリンクを行っている。

 女になってからというもの、魔法の結果が前のめりになるから確実性を選んだ。


「フン、あの国を侵略した悪魔か。貴様の時代は終わりだ――」


 ディーデリックの長剣に雷が灯る。

 こちらの身体にも、走らせた炎で点火済みだ。

 難燃性の本体に火はまだ回っていないが、仕掛けている薪には火が付いた。

 時間を稼がれればこの身体は燃え尽きて終わる。

 だが、そうはならないだろう。それを許すような王子ではない。


 ――静かな睨み合い、永遠のような一瞬が過ぎていく。


 そして儀式開始の魔術音が鳴り響いた。

 俺たちの睨み合いからごく僅かな間があったのは、マイルズが迷ったのだろう。

 ただ音を鳴らすべきか、開戦の言葉を紡ぐべきかを。

 前者を選んだのは流石のセンスだ、今度会ったら褒めてやろうじゃないか。


「ハァ――――ッ!!」


 ディーデリックに先手をくれてやったのは、俺がマイルズのことを考えていたからではない。元よりそのつもりだった。王子の先手を潰してこちらから一方的に仕掛けてしまうのでは見世物として面白くないと考えたからだ。だが――


「ッ、ウソだろ……?!!?!」


 王子の一閃、その剣自体は難なく防ぐことができた。

 ゴーレムに握らせていたこちらの剣で。

 彼のロングソードに比べれば短い刃だが、防ぐこと自体に問題はない。

 ただ、予想外だったのは、ディーデリックの魔力だ。


「――フランシス嬢、殿下相手に加減はしない方が良い。

 倒すつもりで戦わなければ試合にさえなりません」


 王子の付き人に言葉を返す余裕なんてなかった。

 なぜなら、剣から剣へと流れ込む雷がゴーレムの左腕を吹き飛ばしたからだ。

 腕から肘までを難なく吹き飛ばし、そのまま全身に回ろうとしている。

 クソッ、こいつ一撃で終わらせるつもりで、できるつもりで……ッ!!


『……お返しだ』


 吹き飛んだ左腕に向けて魔力を流し込む。

 炎を滾らせて、一撃で押し切ろうとしていた王子の刃を止める。

 そして、そのまま右の剣を振り下ろした。


「っ、流石は亡国の悪魔か……!」


 咄嗟に距離を取ったディーデリックが感嘆するのも当然だろう。

 亡くした左腕を、焔の腕で補っているのだ。

 こんなことができる魔術師はそうそういない。驚いてもらわなければ。


 ……しかし、片腕での戦闘は回避できたが、腕を炎に変えたのだ。

 全身が燃え尽きるまでの時間と引き換えになる。

 短期決戦に持ち込まなければ無様な負けを晒すしかない。


『まさか最初の一撃しか用意していない訳ではないだろうな――?』


 両の剣に焔を宿す。そしてそのまま斬りかかり、殿下の刃に防がれる。

 ここまでは予定調和、お互いの実力を知ればお互いに予測できることだ。

 だが、俺の仕掛けは今、ここに炸裂する。


「ッ――!!」


 防がれたこちらの剣から炎が飛び散り、ディーデリックに牙を剥く。

 これで崩れるようなら、一気にたたみ掛けてやろうと思っていた。

 死者の影を追う彼に敗北を叩き込んでやると。本当に死んでしまう前に。


「……これで、実戦経験がないってのか」


 自らに飛び散ってくる火の粉を、雷を奔らせることで防ぐ王子。

 それもただ闇雲に防いだだけじゃない。魔力消費を抑えるために顔面といった致命傷になり得る部分だけを防ぎ、それ以外は革の鎧に食わせた。


 ……バカな、この儀式は新人を試すためのものなんだぞ。

 それなのにこんな技量を持っているなんて!


「彼は、黄金期の王国騎士団に仕込まれた最後の男ですから」


 なるほどな、これだけの力があれば悔やむわけだ。

 師と仰いだ男たちと、王国騎士団と共に戦えなかったことを。

 成人前なんだから何ひとつ恥じることも悔やむこともないのに。

 それでも、彼の持つ力が、彼に後悔を強いるのだ。


「こんなものか? 本気を出しても良いんだぞ、亡国の悪魔よ――」


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