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第8話「私は、この儀式を越え、ゆくゆくはあの亡国を”再征服”する――」

「……殿下とは、何を話していたんだね? フランシス」


 ディーデリック・ブラウエルという男のトラウマを聞いてからしばらく。

 観客を入れた闘技場、その全体を見渡せる場所。

 関係者席としてもよく使われる部屋にいた。


 この場にいるのは、俺とアダムソンと王子の付き人だ。

 付き人は寡黙な男だが、できる魔術師なのは装備から見て取れる。

 そして、俺とアダムソンの安い芝居も続けなければいけない。


「私があの方を打ち負かしたら、私を冒険者として推薦すると――」

「はい……?! う、受けたのか? その話……」

「断れると思います? 相手は王子なんですよ」


 アダムソンが震えあがっている様は、見ているだけで面白い。


「あ、あの、ディーデリック王子は本気なのですか……?」


 慌てた様子で王子の付き人に語り掛けるアダムソン。


「――ふふっ、彼の言いそうなことだ。

 貴女にその気があるのなら打ち負かしなさい、フランシスさん。

 彼は求めてくるものは大きいが、その報いはもっと大きい男です」


 殿下の話に乗るのなら覚悟しろという訳か。

 なるほど。この付き人が、殿下の言う腹心なのだろうな。

 儀式で王子が殺されても俺を追及させるなと命令されている男。


 しかしそんな腹心の彼が王子側ではなくこちら側に居るということはそういうことだろう。いくつもの魔道具をこれ見よがしにぶら下げているのも含めて、こちらに対する牽制だ。いざとなれば実力でこちらを止めると。


「し、しかしですね、ダンジョンの女人禁制を破るなんて」

「必要のなくなったルールなんて廃しても構わないでしょう?

 現ギルド長の貴方がルールを続ける理由を知っているのなら話は別ですが」


 ……へぇ、あの王子が好きそうな男だな。

 たぶんこれは彼の親が用意したお目付け役なんかじゃない。

 あの男が自分で選んだ部下だ。そんな感じがヒシヒシ伝わってくる。


「ディーデリック殿下は、ダンジョンの攻略を望んでおられる。

 そのためなら大きな改革をいくつも行いますよ、彼は」

「……早めに覚悟を決めておいた方が良いというわけでありますな」


 王子の腹心に頷くそぶりを見せながら、俺を小突いてくるアダムソン。

 態度で伝えようとして来ていた。決して王子に勝つんじゃないぞと


 まぁ、アダムソンとしてはさっそく大きな変革をやられても困るというのもあるんだろうが、それ以上にこの俺が殿下の肝いりでダンジョンに戻ってくることを恐れているはずだ。


 そりゃそうだよな。そもそも殿下に嘘の情報を伝えているのだ。

 俺は、冒険者を目指して開拓都市に来た女だけど、冒険者にするわけにはいかないから近いうちに田舎に帰すことになっている。そういう設定だ。


 このハゲが、俺のことを故郷に帰るものだと思い込んで作った設定だったが、特に訂正しなかった。開拓都市に居続けたらそのうちウソがバレるが俺の知ったことではない。

 その頃に責任追及されるのはアダムソンの方だ。関係の切れた俺じゃない。


 ただ、そんな風に仕込んだ俺が、殿下の子飼いとして歴史に名を刻むような行動を始めたらアダムソンとしては溜まったもんじゃない。気持ちはよく分かる。


 なんて考えているうちに時は満ちた。


『――さぁ、季節外れの儀式にお集まりの皆さま!』


 季節外れでも司会者はいつもの男なんだよな。

 音を操る魔法に長けたマイルズ。

 普段はギルド本部からの情報をダンジョン内に届けたりしている奴だ。

 俺の少し後輩でそこそこ慕ってくれている。

 数年前からはあいつの方がギルドに重用されているが。


『普段は年に2回の髑髏払いの儀式、冒険者に至るための最終試験にして、我々ギルドの誇る最大の祭り。まずは季節外れにもかかわらず此度の祭りをご観覧いただく皆様にギルドを代表し御礼申し上げます!』


 普段の寡黙な彼とは打って変わってペラペラと話し続けるマイルズ。

 年に2回ほど見れるこのハイテンションな彼のことを割と皆、気に入っている。


『しかし、ギルドとしての礼は筋違いかもしれません。

 今日、新たに冒険者の門を叩く男が、彼であることを思えば』


 確かにいつもの儀式よりも一段階多い客入りを考えれば、これは冒険者ギルドが主催する儀式を見に来た客というよりも、あのディーデリック王子を見に来た客という方が適切だろう。


『――それでは皆さま、お待ちかね!

 この儀式の主役、新たなる戦士、ディーデリック王子にご入場いただきます!

 盛大な拍手でお迎えください!』


 マイルズが拍手を求める前から、観客の拍手は鳴り響いていた。

 ……王族というのはそれだけで民衆からの支持を集めるものだが、ここまでとなると彼自身の人望なのだろうな。つい先ほど彼からそれを感じたばかりだ。


「――ディーデリック・ブラウエル、ここに」


 魔法剣士らしい革の鎧に身を包んだディーデリック。

 荘厳でありながら機能的なその出で立ちに、王族としての生まれと彼自身の実力を感じ取る。


「フランシス、準備は良いな――?」


 くれぐれも王子を打ち負かすんじゃないぞと圧を掛けてくるアダムソン。

 それを鬱陶しいと思いながらも、形だけは頷いてみせる。

 今は無駄に話を長引かせるのは得策ではない。

 腰に提げた剣を引き抜くディーデリック王子の美しさに見惚れていたかった。


「私は、この儀式を越え、ゆくゆくはあの亡国を”再征服”する――」


 ……ほう、ディーデリックめ、1000人近い人間の前でよくも。

 マイルズが声を拡散しているのだ、この宣言、もう言い逃れはできない。


「――今日、私の門出に立ち会ってくれる皆に向けて誓おう。

 この俺の代で、あのダンジョンを完全に攻略して見せると!」


 っ、俺が勝ったら冒険者に推薦してやると言っておきながら、この啖呵とは。

 相手に勝ちたいと思わせながら、自分を負けられない状況に追い込む。

 つくづく本気の戦いを求めているという訳だ、徹底的に。


『ククッ、ハハハ、この俺が滅ぼした国を”再征服”するか――』


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