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第6話「私は、ディーデリック・ブラウエル。今日、貴女の胸を借りる男だ」

「……ったく、あのクソハゲめ。細かいことをぐちぐちと」


 2週間という時が過ぎた。いよいよ髑髏払いの儀式の当日。

 早朝にルシールちゃんにワインを届けてもらって、そこまでは幸せだった。

 だが、あのクソハゲ・アダムソンが文句をつけてきたのだ。


 それ自体は黙らせてギルドの経費持ちにすることはできたが、朝から無駄な論戦を繰り広げて疲れてしまった。おかげでルシールちゃんとの話もあまりできなかったしな。揉めるのが目に見えたからさっさと帰らせたのだ。


 あのハゲのことだ、ルシールちゃんにまで嫌味を言いかねなかった。


「――ほう、クソハゲってギルド長のことかい? 彼の頭は輝いているものね」


 すぐ近くで聞き慣れない声がした。

 闘技場の控室、まだ観客も入れていないような時間。

 部外者どころか関係者でさえ簡単には入って来れない、はずなのに。

 それに、この俺がここまで近づかれて、気づかなかっただと……?!

 こんな物静かな空間で、ここまで気配を消せるなんて。


「……顔が、良い」


 飛び退くように距離を取って、振り向いた先。

 そこに立っていた男を見て、俺はとてつもなくマヌケな台詞を吐いていた。

 しかし、この男の顔を見れば人類の9割は同じ感想を抱くだろう。


「ははっ、よく言われるけれど、君のようなお嬢さんに言われるのは初めてだな」


 そう言いながら流れるように紫色のバラを、こちらの胸に刺す貴公子。

 ……は? 何だこの動作。

 いったい何を食って育ったら初対面の女にこんなことを決められるんだ?


「初めまして、魔術師フランシス。腕の立つ魔法使いだと聞いている。

 私は、ディーデリック・ブラウエル。今日、貴女の胸を借りる男だ」


 その顔を見た瞬間に、彼がディーデリック王子だとは分かっていた。

 ルシールから聞いていたとおり、いや、それ以上に顔が良かったから。

 魔力に染め上げられた紫の髪と瞳に高貴さが宿る美少年。

 いや、美少年と言い切るのは正確ではない。

 今の彼は、美青年へと変貌を遂げる狭間に立っているのだから。


「あ、あ、あ……あの、今、ギルド長がお迎えに――」


 マズいマズいマズい! 聞いてないぞ!

 アダムソンが出迎えに行ったのに、どうしてこいつが目の前に居るんだ。

 このディーデリック王子に対して俺はフランシス・パーカーとして振る舞わなければいけない。思い出せ、アダムソンと擦り合わせた架空の経歴を。


「だろうね。彼は私に礼を尽くしてくれる男だ。

 しかし、私にとっては、彼に礼を返すことよりも貴女の方が重要だった」


 スッとこちらを見つめてくるディーデリック殿下。

 俺が嘘を吐こうとしていなくても、ドキドキしていたのだろうな。

 それだけ彼の放つオーラは異常だった。初めて感じる圧力だ。

 兄の第三王子なんかとは比べ物にならない。


「フランシス・パーカー、貴女もまた冒険者になろうとしたらしいね」


 王子の問いかけに息を呑む。そうだ、この歳でアダムソンが見つけた少女。

 そして本当は俺が10年以上の冒険者であることから弾き出された立ち位置。

 それが女なのにも拘わらず冒険者になろうとした常識知らずの小娘だった。


「え、ええ……父と同じものを目指して。

 王子様には怒られてしまうかもしれませんけど」

「僕は怒らないよ。兄上たちとは違う。理由を忘れた因習に拘るつもりはない」


 こちらの肩に優しく触れるディーデリック・ブラウエル。

 その手のひらはとても優しくて、同時に視線は鋭利な刃物のようだった。


「結局、王国としてあの亡国を攻略する気がないから今日の停滞があるのだ。

 私はね、フランシス。私たちの世代であの亡国を人類の手に取り戻すつもりだ。

 そのためには君のような魔術師の力が欲しい――」


 ”――君が私を測るに相応しいゴーレム使いだというのならば”


 ゾクリという感覚が走る。

 こうして向き合うだけで分かってしまう。何を見せられたわけでもない。

 装備だって1振りの剣だけ。だが、それでも感じる。

 この男の卓越した能力を。黙っているだけで尖った魔力が肌に刺さってくる。


 ……クソッ、なにビビってんだ、俺は!

 相手は俺の半分ちょっとしか生きていない小僧だぞ!


「もちろん実力ならばありますわ。

 現ギルド長アダムソン様が貴方様のお相手に選んだんですよ、私のこと」

「……良いね、その物怖じしない態度。私も君の実力は感じている」


 シニカルな笑みを浮かべるディーデリック。

 なるほど、魔術師同士、溢れ出る魔力を感じていると。


「此度の戦い、ひとつ条件を追加したいのだが、受けてくれるかな」

「内容を聞かないことには何とも。白紙で承諾するのは苦手なんですの」

「簡単な話だよ。君の髑髏で私を打ち倒してみせろ、フランシス・パーカー」


 ……は?


「そうすれば私が君を推薦しよう。新たな冒険者へと」

「何を言ってらっしゃるんですの? 殿下、そんなことをしたら貴方は……」

「ふふっ、私は次回の儀式に参加すればいいだけさ。1年に2回あるんだろう?」


 何を言っているんだ、この男は。

 いったい何を考えていたらこんな台詞が出てくる?


「アダムソンが君を私に見合うゴーレム使いだと言ってきた時から考えていた。

 成人を前にしてその実力。

 ダンジョンへの女人禁制という下らないルールを破る先駆けに相応しい」


 ……自らよりも年下ということになっている俺をそう評価して来るのか。

 なるほど、これは王の血を引くだけのボンボンではない。

 人間というのは、他者を評価する姿勢に最も当人の能力が現れてくるものだ。

 歳に見合わぬ実力を持つ彼が、同世代の実力者をこう評価するとは。


「……どうして、そのようなことを望まれるのです?」

「君の望みを叶えてあげたいから、なんていうのは欺瞞かな。

 言っただろう? 私たちの代であの亡国を取り戻すと。それにもうひとつ――」


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