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第2話「……これで俺の魔力が落ちていれば、保険が降りるという訳だな」

 ――魔力写しの水晶。

 これを人生で2度使う人間もそう多くはないだろう。

 冒険者であればギルド入団の時に測って終わりだ。

 そこから先は敢えて魔力量を測る必要もない。

 成した功績が自分の名声になり、成した仕事が次の仕事を呼ぶのだから。


 まだ何の功績もない魔術師に、とりあえずの目安をつけるための測りであり、生まれ持った魔力量を計測するためのアーティファクト。それがこの水晶だ。


 やってきたことが自分を定義するから測る必要がないというのもあるが、測らない理由はもうひとつ。歴史が証明しているのだ。生まれ持った魔力量が増えることはないと。幾人もの魔術師たちがそれに挑み、失敗してきた。


 だからこの貴重な水晶玉は、必要なところにしか出回らない。

 それを受付嬢であるこの娘が手配してくれたのは、本当にありがたい話だ。


「……これで俺の魔力が落ちていれば、保険が降りるという訳だな」

「そうです。でも、多分ダメでしょうね。落ちてる実感はないんですよね?」


 彼女の言葉に頷く。

 正直言って魔力が落ちたという感覚は、この身体になってから一度もない。

 それどころか、力が満ち満ちているようなそんな感覚がある。


「あ、天秤使ってるんで言わずもがなですけど、手を抜いたらダメですよ?」

「……水晶相手に手を抜く方法なんて、俺も知らないよ」


 今から10年と少し前、ギルド入団時に使って以来なんだ。

 そんな小細工の方法、知っていても覚えちゃいない。

 ましてや天秤を騙しながら、そんなイカサマをやり切るなんて不可能だ。


「おお……だいぶ濃くなってきましたね」


 水晶の使い方は極めて単純で、手のひらをかざすだけで反応する。

 持ち主の魔力量を映し出すのだ。

 色の系統は本人の特性によって変わるが、濃ければ濃いほど魔力量が多い。

 濃さの段階で等級がつけられるが、俺は3級。

 冒険者としては高い方で止まってしまう程度の才能だった。


「――もう2級くらい行ってますよね? フランクさん」

「なぁ、これ壊れてないか? なんで色の変化が止まらないんだ?」

「うーん、壊れてはないと思いますけどねぇ……」


 そう言いながらマニュアルを確かめる受付嬢ちゃん。


「あー、やっぱり等級が高いほど時間が掛かるらしいですよ。

 色の変化が止まってから瞬き2回くらいは様子を見てくださいって」

「なるほど……まぁ、俺も3級止まりの自分しか知らないもんな」


 彼女の言葉に頷いて、しばらく時間が流れるのを待つ。

 右手をかざしながら呼吸を、1回、2回、3回と。


「……止まらないが?」

「止まりませんね、フランクさんなんか魔道具とか仕込んでます?

 外付けの魔力とか、魔力が高いモンスターの身体の一部とか」


 仕込んでいないと答える。そして女神の天秤は揺れない。


「……そうですよねえ、仕込むなら逆ですよね、今のフランクさんなら。

 でももうこれだけ濃いと1級魔術師ですね? いくらでも再就職できますよ♪」


 にこにこと微笑んでくれる受付嬢ちゃん。

 ……確かにそれはそうかもしれないが、素直にそれを喜ぶ気はまだならない。

 まとまった保険金のような余力なしに過酷な業界に行きたくないのだ。

 魔力の高い魔法使いが求められる業界なんて、想像しただけで過酷じゃないか。


「――んー、それにしても止まらないですね?」


 瞬きをするたびに濃さを増していく水晶を見つめながら、彼女が呟く。

 実際、全く止まらないのだ。

 今日までなんとなく感じていた調子の良さがこうして計測されていくとゾクゾクしてくる。いったい俺は、どうなってしまったのだと。


 ――ピシッ。


「あ、――」


 嫌な音がした。受付嬢ちゃんの表情がゾワッと固まるのが見えた。

 それを見て、俺も手を引こうとしたのだけれど、もう時すでに遅し。

 手を引いた直後には、完全に砕け散ったのだ。魔力写しの水晶は。


「わ、悪い……わざととかじゃなくて」

「はえ~、初めて見ましたよ、これ割れるの! 割れるんですね、これ!」


 そう言いながらマニュアルをめくる受付嬢ちゃん。


「あれ~、おかしいな、割れた時の対処法なにも載ってない……。

 けれどこれが割れるってことはあれですか? 今のフランクさんは計測不能と」


 こくりとその問いに頷く。

 ……どうもこの娘はそんなに驚いていないようだが、これはかなりヤバい話だ。

 魔力写しの水晶を計測だけで叩き割った魔術師なんて歴史でも数えるほどしかいないと聞く。俺は歴史学者じゃないから知らんが、雑学として知っている。


「でも途中まで1級でしたから、たぶん計測不能だからって魔力低下にはならないんでしょうね。一応この検査結果は冒険者保険の本部にも伝えてはみますけど」

「は、はい……そ、そうしてもらえると……」


 ――止めるべきか?

 こんな魔力写しの水晶を割ったなんて情報が広がればどうなるか想像がつかん。


 いや、でも逆に冒険者ギルドの保険部門がこの事実を証明してくれるのなら、確かに再就職先には困らなくなる。

 どの業界に行くにせよ、魔法を使う仕事なら引く手あまたのはずだ。


 それに俺が水晶を割ったことを伏せてもらったら、彼女に責任が及んでしまう。


「まー、壊れちゃったものはしょうがないですよね。

 まったく保険適用の検査だからって安物貸してきたんでしょうね。

 ごめんなさい、フランクさん」


 プンプンと本部への怒りを見せる受付嬢ちゃん。

 ……正直、そういう問題ではないと思うのだけど、胸にしまっておこう。


「い、いや、ぜんぜん大丈夫だよ、ぜんぜん……」

「それじゃあ気を取り直して。体力検査をやりましょうか。

 検査項目はまだありますから、どれかひとつでも致命的に落ちてれば、なんとかねじ込んで保険降ろしてみせますよ!」


 そこまでしてくれる気なのか。随分と気を遣ってもらっているな。

 ……なんて、思うけれど出だしがこれだったのだ。

 どうにも保険は降りないんじゃないか。そんな気がしていた。


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