断罪される王妃は、聖女とともに歴史を書き換える
「クローデリア・エレオノーレ・フォン・レーヴェンハルト、国王レオンハルト暗殺の容疑により、ここに断罪する」
国王レオンハルト自らの断罪宣言だった。王城前の広場に集まった観衆がどよめいた。
こんなことにまでなるとは思っていなかった。何を間違えたのだろう、とクローデリアは思った。聖女は私を守ってくれるだろうか……
※
クローデリア断罪の前日、王都の大聖堂ーーここで聖女リゼリアの秘蹟が、後世にまで語られることになる王国の美談として、新人の神官たちに語られていた。
聖女リゼリアは平民ながら、聖教会が行う祝福適性試験で高い光属性マナを見出され、国民の大きな歓迎を受けて誕生した聖女であった。
リゼリアは、その高い光属性マナによる聖なる秘術により、病に冒され、傷ついた市民や兵士を分け隔てなく癒し、誰からも愛される聖女であった。
当時の王太子ユリウスもその一人で、戦争で重傷を負い、生命も危ぶまれていたところをリゼリアの秘術で一命を取り留めた。そのときのリゼリアの優しさに触れたユリウスは、リゼリアと恋に落ちるのだった。
ユリウスは政治には疎かったものの、快活で大らかな性格は、広く市民にも好かれていた。
王国の周囲には魔物が多く出現し、隣国とも敵対していたため、戦いの絶えない状況であったが、ユリウスは戦場では誰よりも勇敢に戦い、王国の民衆を守る英雄として尊敬も集めていた。
リゼリアも、王国を最前線で守り、平民の出身の自分に優しく接するユリウスに自然と惹かれていったのだった。
やがて二人は婚約することになり、民衆はそれを歓迎し、王国は湧いた。
そんな折、ユリウスは隣国の大軍の侵攻を防ぐ激しい大防衛戦の中で、敵将を討ち取りながらも命を落とした。
民衆はユリウスを英雄と讃えながらも、大きな悲しみに打ちひしがれたが、それ以上に聖女リゼリアの落胆ぶりと衰弱が激しく、英雄と聖女の守護を失った王国は、一時大きな危機に陥るかと思われた。
ところが、大きな間をおかず、聖女リゼリアは再び王国のために立ち上がった。ユリウスの意志を継いで、王国を守るのだと宣言した。
聖女リゼリアは王都を出て王国の各地を訪ね、病に伏せる者を治し、傷ついた者を癒し、さらには各町村に守護結界まで張って安全を祈った。
聖女によって、王国全土が堅固な結界に守られるようになり、魔物からの脅威も、隣国からの侵攻も受けることがなくなり、王国と王都の現在の繁栄につながり、この功績は聖女の秘蹟と呼ばれるようになった。
これが、新米神官に語られた、聖女リゼリアの表向きの伝承であった。
※
その伝承を聞きながら、王妃クローデリアは、「いいように解釈されたわね」と一人小さく笑っていた。
この聖女の美談が語られている間、王都は大きな事件に揺れていた。
国王レオンハルト・ジークフリート・フォン・レーヴェンハルトの暗殺未遂事件が発生したのだ。
第一王太子であったユリウスに代わって、王位を継いだ第二王太子のレオンハルトは、ユリウスとは対照的に、冷静で思慮深く、優れた政治手腕で、民衆に近くて好かれるタイプではなかったものの、民衆からの信頼は厚かった。
聖女リゼリアと並んで、現在の王国の繁栄をもたらした人物として認められていた。
そのレオンハルトが狙われた事件は、ユリウスの死以来の大きな衝撃を民衆に与えるものだった。
犯人は特定できていないものの、巷では魔物の黒い影を見たという者もあれば、隣国の暗殺未遂だという者もあり、果ては国王の権力を狙う王妃クローデリアの画策ではないかという者もあった。
大聖堂で神官たちが解散していく中、王妃クローデリアは大聖堂の奥へと歩いていった。クローデリアに気づいた神官がぎょっとして見るが、クローデリアは構わず進んでいった。
大聖堂の奥の一室にたどり着くと、クローデリアはノックをし、声をかけた。
「クローデリアよ。リゼリア、いるんでしょう?」
「入って」
クローデリアは聖女の私室となっているその部屋の重いドアを開け、中に入った。
そこには聖女リゼリアがいた。痩せ細ってはいたが、その神秘的な美しさは衰えを知らず、むしろ強さを増しているようで、親友のクローデリアであっても思わず目が眩むほどであった。
「ご機嫌よう、クローデリア。どうかした? 王妃様自ら足を運んでいただくなんて」
リゼリアは茶化すようにそう言ったが、クローデリアは苛立ちを隠さなかった。
「レオンハルトの暗殺未遂のことを知らないとは言わせないわよ。あなたがレオンハルトの命を救ったんじゃない」
「ああ、そういえばそんなこともあったわね」
リゼリアはわざとらしく、とぼけたふりをしたので、クローデリアはますます苛立った。
「私が犯人だと噂する人もいて困っているのよ」
「あら、あなたがどうやってそんなことをできるって言うのかしらね」
「私はあなたと違って、闇属性魔法が得意ですから、暗殺のために魔法を使ったと言うのよ。レオンハルトも襲ってきたのは人間の男だって証言しているのに、なぜ私の魔法だなんて思うのかしら」
「ふふ、皆、あなたたちが不仲だと思っているのね。
大丈夫よ、クローデリア。聖女に会いに来る王妃が悪い人だなんて思う人はいないわ。それに私があなたを擁護する証言をしてあげるから。
そうね、なんだったらあなたの断罪の場でも用意するといいわ。そこで私があなたを救ってあげる。あなたが支持を得られるような劇的な形でね」
「そんな、断罪の場だなんて嫌だわ。普通に擁護してちょうだい」
「いいじゃない。ちょっとした刺激があったほうが、より盛り上がるわよ。血が流れたところで私がすぐに治してあげるしね。
それに、私たちの計画を完遂するにも絶好の舞台になるわ……」
ユリウスを失ってから、リゼリアはすっかり変わってしまった、とクローデリアは思った。世間では献身的に王国に尽くしているように見えているかもしれないが、クローデリアはそれがある種の狂気にしか見えなかった。
※
ヴァイスベルク公爵家令嬢だったクローデリアが聖女リゼリアと出会ったのは、リゼリアが聖女として聖教会に迎えられて間もない頃だった。
当時の流行病に冒されたクローデリアのもとにリゼリアが呼ばれ、聖女の光属性魔法による治癒により、瞬く間にその病は完治されたのだった。
王国の片隅の小さな村から王都に上京したばかりのリゼリアは、まだ幼さすら感じさせるような、かわいらしい女性だった。
王都で生まれ育ったクローデリアは、治癒のお礼に、リゼリアのために王都を案内した。
王都に知り合いが一人もいなかったリゼリアは、クローデリアにとても感謝し、信頼を置くようになった。一方のクローデリアは、公爵家令嬢という高い身分のうえ、高位の闇属性魔法を使うことで知られ、人々に畏れられることが多かったのだが、リゼリアの素朴な素直さに本音を晒すことができることに気づき、すっかりリゼリアを気に入ったのだった。
そんな二人が自然と仲を深めるのに時間はそれほど要さなかった。
クローデリアの宣伝もあり、聖女リゼリアの奇跡による治療の評判は瞬く間に王都中、王国中に広がり、聖教会のみならず、民衆がリゼリアを真の聖女と認めるようになった。
そんな折、王太子ユリウス・エリアス・フォン・レーヴェンハルトの重傷の報せが入り、緊急の治療を要請された聖女リゼリアは、その運命の人と出会うのであった。
リゼリアはいつも通り、その強力な光属性マナによる治療により、瀕死の状態だったユリウスをこともなげに全快させたのだった。
そのときに何があったのか、詳細は知らされていないが、治療を行ったリゼリアに、ユリウスはこれ以上ないほどの感謝の意を示したという。
同時に、王国の命運を背負い、重傷を負いながらもまた次の戦場に臆することなく挑もうとし、平民の出自のリゼリアに敬意を示すユリウスに、リゼリアも尊敬の念以上の感情を抱いたようだった。
「私、あの方に恋をしてしまったみたい」
リゼリアは少女のように恥じらいながら、クローデリアにそう告げた。
伝承とは異なり、先に恋に落ちたのは聖女リゼリアの方だった。クローデリアには、伝承ではあえてそのことが隠されているように思えた。
クローデリアはリゼリアがとてもいじらしく、愛らしく思え、その恋を成就させたいと思った。
たまたまクローデリアは第二王太子のレオンハルトと婚約しており、第一王太子のユリウスと連絡を取りやすい立場でもあった。
クローデリアのヴァイスベルク公爵家にとっては、第一王太子との婚約はならなかったものの、第二王太子との婚約で王家との結びつきを強め、あわよくば、王妃の座が巡ってくることを睨んだ政略結婚だった。
クローデリアもそのことは認識しており、愛はないものの、政略結婚を成功させるため、レオンハルトとの交流は定期的に行っていた。
第一王太子との婚姻関係を他人に譲るとなると、ヴァイスベルク公爵家としては面白くないだろうが、いずれにせよ、クローデリアはすでに第二王太子との婚約が決まっているので、今さら第一王太子との結婚などあり得ないのだ。親友の聖女が王妃となり、自分の義理の姉になるのであれば、他人にその座を譲るよりずっとよいとも思った。
クローデリアは、まず自身の婚約者であるレオンハルトに事情を話し、彼をリゼリアに紹介した。
思えば、これがすべての過ちの始まりだったのだろうと、後にクローデリアは回想することになる。
最初の邂逅から、レオンハルトはリゼリアが特別な存在だとすぐに認識した。彼にとっても、リゼリアの飾り気のない美しさと、素朴で素直な優しさはとても魅力的なものであっただろう。
その、ただの聖女以上の女性が、自分の兄に恋をしていると認識し、その成就の助けをする気持ちはどのようなものだったのだろうか。
それからレオンハルトは、ユリウスとリゼリアを改めて引き合わせるために食事会を設けることとなった。ユリウスには、命を救ってくれた恩人を王城に招いて、食事くらい振る舞うべきだと勧める形になった。
初めて入る王城に、リゼリアはひどく緊張していたが、朗らかなユリウスがその緊張をほぐすように冗談などを飛ばし、すぐにリゼリアはその空気に慣れていき、ますますユリウスのことを好きになったようだった。
一方で、普段から口数の少ないレオンハルトは、兄がリゼリアと楽しそうに話している間、完全に無口で無愛想になるのだった。
ユリウスとリゼリアはお互いの話に夢中になっており、そのことに気がついていたのはクローデリアだけではあったのだが。
クローデリアも含めた四人での食事会を楽しんだユリウスは、魔法にかけられたかのように、すぐにリゼリアのことを好きになった。「王国のために戦う」が口癖で、戦争にしか興味を持たないかと思われたユリウスが恋に落ちるなど、本当に魔法をかけたのではないかとクローデリアは今でも思っているが、それでも、裏表のないユリウスが幸せそうにしているのを見ると、その恋が嘘であるとも思えなかった。
そしてユリウスは、父であり、当時の国王フリードリヒに、聖女との婚姻を嘆願した。
厳格であったフリードリヒも、戦争に明け暮れるユリウスを心配することが多かったが、聖女であれば、民衆の覚えもよく、将来の王国の統治者の妻としてもふさわしいだろうと婚約を認めた。
それからのリゼリアとユリウスは、幸福の絶頂の中にいたであろう。
民衆に愛される第一王太子と聖女の婚約が華々しく発表されると、王国中が幸福に包まれたかのようだった。そこにも聖女リゼリアの、誰も彼もを虜にする不思議な力が働いていたのかもしれなかった。
関係が公になると、人目も憚らず、リゼリアが王城にユリウスを訪ね、ユリウスが大聖堂にリゼリアを訪ねるということが繰り返された。普段は警備が極めて厳重な王城も、異性間の大っぴらな交遊を好ましく思わない聖教会も、その二人の姿を見ると無条件に門を開き、歓迎した。往来を行く二人の幸福そうな姿を目にした民衆も、まるで自分もその二人の幸福を分け与えられたかのような、微笑ましい気分になるのだった。
しかし、そうして二人の逢瀬が重ねられ、いよいよ結婚式も間近となった頃、それを阻止するかのように、隣国ブリットモア公国が大軍で侵攻を始め、国境の都市が瞬く間に陥落し、王都にまっすぐ進軍してきているという報告が届いた。
王族も貴族も民衆も、突然の急報に色めきたったが、第一王太子であり、ヴァレンティア王国の大将軍でもある勇猛なユリウスがブリットモア公国の撃退を誓い、聖女リゼリアが神の加護を約束すると、途端に皆が落ち着きを取り戻した。
これは後にクローデリアがリゼリアから聞くことになるのだが、ユリウスは戦場に向かって出立する前に、リゼリアに婚約破棄の申し出をしてきたのだった。
普段は控えめなリゼリアもこのときばかりは憤慨し、婚約破棄を受け入れなかった。しかし、ユリウスは、自分が討ち死にするようなことがあれば、リゼリアを一人にするわけにはいかない、という強い意思を持っていた。自分は戦場から離れることはできない、いつ死ぬかもわからない夫と一緒にいて、リゼリアを幸せにすることなどできないと考え直したとのことだったのだ。ユリウスがリゼリアのことを本当に大事に思っての考えであることは明らかだった。
「では、必ず帰ってきてください」と、リゼリアはユリウスに言った。それがユリウスと交わした最後の言葉となった。
戦場で何があったのか、詳細はわからなかった。ただ、事実として、ブリットモア公国の大軍は、侵攻をやめて引き返し、ユリウスは心臓を槍で貫かれ、死体となって王都に戻ってきた。
皆はユリウスが命を懸けて、ブリットモア公国を撃退したと信じた。ユリウスとともに戦った兵士たちも、ユリウスは鬼神のごとき戦いぶりで、対峙した敵は恐れ慄いていたと証言した。ただ、戦いは尋常でない混戦で、ユリウスの死の瞬間を目撃した者はいなかった。一人敵陣に深く入り込み、周囲に味方がいない中で死んでいったのだ。
死体となったユリウスに対面したリゼリアは、意外にも無表情で、泣きも笑いもせず、そのことが恐ろしく不気味であったことをクローデリアは強く覚えている。
何を思ったのか、リゼリアは詠唱を始め、彼女のありったけのマナをユリウスの死体に注ぎ込んで、治療を試みた。
しかし、いくら多量の光属性マナを持つ聖女とはいえ、人の生命を取り戻すことはできなかった。やがて、全てのマナを使い果たしたリゼリアは、その後、大聖堂の自室に籠り、何日も出てくることはなかった。
英雄ユリウスの葬儀は、国を挙げての大きなものになったが、元婚約者の聖女リゼリアの姿はそこになかった。皆がその心中を察し、誰もそのことを責めることはなかった。
そしてユリウスの死体は王族の墓地に、英雄として手厚く丁寧に埋葬された。
勇猛果敢で太陽のような次期国王が亡くなり、その太陽に照らされて輝いていた聖女も姿を現さず、王国中が暗い空気に包まれたようだった。
「闇属性の魔法を使う私にはお似合いかもしれないわね」と、一人クローデリアは思うのだった。
葬儀が終わり、翌日になってもリゼリアは姿を現さなかったため、クローデリアは意を決し、大聖堂のリゼリアのもとを訪れた。
リゼリアの部屋のドアをノックし、「クローデリアよ。リゼリア大丈夫?」と声をかけると、すんなりとドアは開いたため、クローデリアは拍子抜けした。
出てきたリゼリアは、目の下に隈ができ、髪が乱れ、明らかに憔悴した形跡があったものの、その表情はすっきりとし、むしろ晴れやかと言ってもいいほどだった。そのことにまたクローデリアは驚いたのだった。
「待っていたわ。クローデリア」
リゼリアはそう言って、クローデリアに微笑んだ。
「リゼリア……あなた……」
「なぜ私がこんなに上機嫌なのか不思議なんでしょう?」
その通りだった。あんなにも愛していたユリウスが死んだ数日後に、明るく笑顔さえ見せるリゼリアは不気味でしかなかった。
「私ね、死なないでって言ったのに死んでしまったユリウスが赦せなかったわ。でもね、いろいろな真実がわかって、これからのことを考えてみたら、素敵なことを思いついて、ユリウスを赦してあげようと思ったの。クローデリア、あなたの協力も必要なのよ、部屋にどうぞ。あなたにもよい話ができると思うわ」
ユリウスの死後、自室に籠ったリゼリアは、一人ずっと泣き続け、疲れ切って眠ってしまっていたという。
目が覚めて自身の魔力が回復してから、真実の光という光属性魔法を使い、ユリウスの死に関する一連の真実を見たとのことだった。
「ユリウスは私とともに生きることではなく、王国のために死ぬことを選んだの。いえ、王国に殺されたのよ。私はユリウスも王国も赦せなかった。でも、そのことを赦す方法を見つけたのよ。それは私たち二人の未来も明るくしてくれるのよ。素敵でしょう?」
クローデリアはそんなふうに語るリゼリアの様子に狂気を感じ、恐怖すら覚えていた。
それからリゼリアによって語られた一連の真相の詳細に、クローデリアは大きな衝撃を受けた。にわかに信じられず、真実の光なる魔法は架空の魔法で、リゼリアはまだ夢の中の世界にいるのではないかと思った。
続けて、リゼリアは寝る間も惜しんで考えたという計画について、いたずらっぽく楽しそうに語ったのだが、その話にクローデリアはさらに大きな衝撃を受けることになるのだった。
クローデリア自身の人生も大きく変えることになる、そのリゼリアの狂気の計画に、クローデリアは逡巡しながらも抗えない魅力を感じた。そしてついに賛同することを決めると、不思議なことに、今までにない気分の昂揚を感じた。リゼリアもこの昂揚を感じているのかと妙に納得したのだった。
クローデリアは、この時のリゼリアとの会話を一生忘れることはできないだろうと思った。
その翌日、ついに聖女は自室の重いドアを開き、再び人々の前に出てくることになった。
その顔は、昨日クローデリアに見せたような、いたずらっぽい少女の顔ではなく、重大な何かを決意した聖女の顔そのものだった。
わずかに残った憔悴の跡が、それでも立ちあがろうとするリゼリアの姿を神々しい存在に見せていた。
聖女リゼリアは大聖堂に神官たちを集め、一つの宣言を行った。
「英雄を失った王国を癒し、守るため、これから王国全土を回ろうと思います。病に苦しみ、傷ついた人々を癒し、王国を守る結界を全土に張ろうと思います」
神官たちは突然の聖女の宣言に驚いたが、それが王国の英雄であり、恋人であったユリウスの死を乗り越えて、より強い使命感に目覚めた真の聖女の誕生の瞬間だということを認識し、感涙にむせぶのだった。
リゼリアが大聖堂を出ると、クローデリアが手配した馬車と護衛がすでに聖女を待ち構えていた。クローデリアは行き先を示す地図を御者に渡していたのだが、その行き先は王国全土、何ヶ所にも及ぶため、数年に及ぶ旅となるはずであった。
聖女の王国全土に渡る行脚の噂は瞬く間に広がり、旅の道すがら、リゼリアを目にした民たちは聖女を讃え、旅の成功のために祈りを捧げた。また、行く先々で、リゼリアは大きな歓迎を受けるのだった。
各地で聖女リゼリアは病を患い、傷を負った人々を一人残らず癒し、また各町村の教会を中心に守護結界を張っていった。その守護結界は魔物や外敵の侵入を阻止するもので、聖女が訪れた先々で平和がもたらされ、各地の人々が今か今かと聖女を待ち侘びるようになった。
そうして聖女リゼリアは順調に各地を回り、奇跡を施していき、ついにはその巡業は伝承にまでなるのだった。
一方、王都でも、人々は英雄ユリウスの死の悲しみから、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
聖女の旅立ちから一年が経ち、ユリウス死去の喪が明けると、王国に明るい報せがもたらされた。
現第一王太子のレオンハルト・ジークフリート・フォン・レーヴェンハルトと、クローデリア・フォン・ヴァイスベルクの結婚である。また多くの民衆も参加した結婚式の場で、レオンハルトの次期国王の指名も正式に行われたのだった。
国王フリードリヒが、国民に安心を与えるため、その結婚と次期国王指名を急がせたのだった。
そして、その一年後、第一王太子ユリウスの突然の死による心労と、第二王太子レオンハルトの王位継承による安堵のためか、国王フリードリヒは崩御した。
王位を継いだレオンハルトは速やかに政務を引き継ぎ、王国にまったく混乱は起こらなかった。
それどころか、王太子の頃より政務に誰よりも精通していたレオンハルトは、それまでの王政府の無駄をなくし、王族にも貴族にも過剰な贅沢を禁じるなど、特に財務面で大きな改善を図り、大規模な減税を行なった。それに加え、賢妻・賢妃と言われることになるクローデリアの助言に従い、道路や水路、教会の整備も進め、王国民の生活を豊かにする施策を次々と実施し、瞬く間に王国民の信頼を得る国王となったのだった。
聖女リゼリアの各地での奇跡と相まって、この時期は、後世に王国の黄金期とも言われるようになるのだった。
クローデリアは王城の自室で地図を広げ、次々と整備されていく道や教会の場所を眺めるのが日課となっていた。
その地図を横から見た侍女がこんなことを言った。
「教会をつなぐ道路をなぞっていくと、まるで魔法陣のようですね」
クローデリアは笑ってこう答えるのだった。
「そうよ。これは王国を繁栄させ、王国を守る大きな守護結界のための魔法陣なのよ」
やがてまた明るい報せが訪れた。王妃クローデリアが国王の後継者となる男児を出産したのだ。
幼い王太子はハインリヒと名付けられ、王国中から祝福を受けた。賢王と賢妃から生まれた幼い王太子が、黄金期の先の未来まで王国を明るく照らしているかのようだった。
時は経ち、ついに聖女リゼリアが王国全土の行脚を終え、王都に戻ってきた。
国王レオンハルトと王妃クローデリアはリゼリアの帰還を歓迎し、労うため、王城での食事会に招いた。
三人集まると、どうしてもあの時の四人での食事会のことが想起されてしまった。あの食事会での主役はユリウスであり、主賓であったリゼリアだった。今はその一人がおらず、再会を祝し、聖女の巡礼の話や王国の政務の話をしつつも、最後にはユリウスとの思い出話が出てきてしまうのだった。
「あの人もここにいたらどれだけ楽しかったかしらね」
リゼリアがぽつりとそう言った。
「そうね。本当に残念だわ」
クローデリアもそれに同意した。
「いつまでも振り返っても仕方がない。前を見て生きていかねばな。リゼリアとクローデリアのおかげで、王国は繁栄しているのだから」
一人、レオンハルト王だけは前向きな言葉を選んだ。
リゼリアは「そうですね」と応えたが、どこか冷ややかだった。
三人での食事会の翌日、レオンハルトがクローデリアに離縁を求めてきた。
クローデリアにとってはあまりに突然のことで、なぜ王国が順調に運営されているタイミングで離縁など求めてくるのか訝しく思った。
レオンハルトが言うには、今思い立ったことではなく、ユリウスの死後まもなく、レオンハルトはクローデリアとの婚約破棄を決意していたのだが、父である国王に強く反対されたため、我慢して結婚したのだと言った。
だが、今ならば先代のフリードリヒ王もおらず、王国も安定しているため、誰にも遠慮する必要はないと考えたとのことだった。
「リゼリアが原因なの?」
「どうとってもらっても構わない」
「あなたは王なのよ。別に私と離縁などせずとも、何人でも妃を娶れるし、妾を囲うこともできるじゃない。それでも私は構いませんよ」
「聖女は第一王妃であるべきだ」
「やっぱりリゼリアなのね」
クローデリアは薄々そのことは気づいていた。ひょっとしたら最初にリゼリア引き合わせたときから、レオンハルトはリゼリアのことを好きになっていたかもしれなかった。
リゼリアが王都から姿を消している間は政務の忙しさもあり忘れていることができていたのが、昨日リゼリアと再会したことで、その気持ちに再び火がついてしまったというところだろうか。
それに加え、私が政治に口出しをするのも気に食わなくなってきているのだろう。レオンハルトが切り詰めて得た財源の用途を私が決めてしまうようなところも多かった。
「ハインリヒはどうなるの?」
「もちろんこちらで預かる。大事な跡取りだからな」
「私がお腹を痛めて産んだ子を渡すわけにはいかないわ」
クローデリアは強く抵抗した。王妃の地位も、政治も、子供も何一つとして失うことは許容できなかった。
話し合いは平行線を辿り、決着の目処は立たなかった。
そしてその翌日、レオンハルトの暗殺未遂事件が起きた。
国王の執務室で、どこからともなく現れた人物に背中から剣で刺されたのだった。
国王急襲の報を受け、クローデリアを含め、王政府の幹部たちが国王の執務室に駆けつけた。
幸い心臓を通っていなかったのか、レオンハルトは即死を免れており、まだ息があった。
王城からすぐに大聖堂に使いが行き、聖女リゼリアが呼び出された。
執務室で倒れたままの国王レオンハルトを見て、リゼリアは治療を施すと、瞬く間に傷口は塞がり、レオンハルトは完全に回復したのだった。
「聖女リゼリア、あなたは兄ユリウスの命も一度救い、現国王の私の命も救ってくださった。あなたは王室の恩人であり、王室になくてはならない存在だ」
「あら、ありがとうございます。でも、私は王族の方だけでなく、王国中のどなたでも救いたいと思っていますわ」
「……そうですね……私も国王として同じ志です。すべてが片付いたら、改めて話をさせてください」
リゼリアは小さく微笑んで、その場を去っていった。
続けて、国王が信頼のおける者に犯人捜査の指示をした。クローデリアは捜索に関わることを禁じられた。
レオンハルト本人ははっきりと犯人の姿を見ていなかったが、同室していた執事が見たのは、薄汚れたマントに身を包み、フードを深く被った男だったという。
執務室の前には護衛がいたので、扉から入ったのではない。そうなると、国王の執務室の、緊急時避難用の隠し通路から侵入した可能性が高かった。
隠し通路のことを知っている者は、国王に近い者だけであり、自然とクローデリアも疑われたのだった。昨日のことも当然レオンハルトは考えているだろう。離縁を切り出した直後の暗殺未遂なのだ。むしろ、クローデリアを首謀者の最有力として証拠固めをしようとするだろう。
もっとも、証拠が出てくるとすれば、捏造か言いがかりしかないのだが。
そうして、クローデリアは王城を出て、聖女を訪ねに大聖堂へ向かったのだった。
※
犯人を示す有効な手がかりは見つからず、果たして聖女リゼリアの予告通り、王妃クローデリアの断罪の場が用意された。
証拠はなくとも、レオンハルトにはクローデリアが犯人だという確信があったのか、あるいは犯人であろうとなかろうと強制的にクローデリア排除することを決めたのか、いずれにせよ、王命によりクローデリアは引き立てられた。
王城前の広場に立たされたクローデリアは、観衆の不安と好奇の目を一身に受けていた。つい先ほどまで王妃として皆の尊敬を集めていたはずなのに、今は国王の暗殺を企てた大罪の容疑者になってしまうとは……
クローデリアは、ユリウスとリゼリアの結婚発表のときのことを思い出していた。あのときの観衆は、未来が輝かしいものになることを信じて疑わず、喜びに満ちた目で二人を見ていたはずだった。
「クローデリア・エレオノーレ・フォン・レーヴェンハルト、国王レオンハルト暗殺の容疑により、ここに断罪する」
レオンハルト自らがそう宣言した。彼の強い意志が感じられた。
クローデリアはその一方的な断罪宣言を、目を閉じ、黙って聞いていたかと思うと、おもむろに口を開いた。
「私は無罪です」
クローデリアがはっきりと自信たっぷりにそう言い返したため、人々は混乱し、騒然とした。
「状況からしておまえしか考えられんのだ」
「犯人の男は見つかったのですか? その男が私と内通していた証拠は見つかったのですか? ないでしょう? あなたの想像だけで私をこんな場に引き摺り出したのであれば、国王は乱心したとしか言えません」
「国王に向かって乱心だと……?」
普段は冷静な賢王レオンハルトが露骨に怒りの表情を見せた。誰もが驚き、ことの成り行きを固唾を飲んで見守っていた。
「おやめください!」
観衆の中から声が上がり、一人の女性が前に出てきた。
聖女リゼリアだった。
「クローデリアは犯人ではありません」
「聖女リゼリア……どういうことですか?」
「私は『真実の光』という魔法で、物事の因果を見通すことができます」
リゼリアがそこで詠唱を始めると、宙に光の線が描かれた。
「おお!」と歓声が上がった。
「この光の中に、私は真実を見ました。クローデリアは国王暗殺の件に何も関わっておりません」
「……では誰が……?」
「ご自身の胸に手を当ててよく考えてください。あなたが過去に行った行為の中で最も大きな罪、最も大きな恨みを買うようなできごとはなんですか? それはクローデリアにしたことよりももっと大きな罪であるはずです」
「それは……うっ……」
国王レオンハルトはその場にうずくまった。
何が起きたのかしっかり見ようと人々が前に乗り出した。
すると、誰かが悲鳴をあげた。
それを契機に「逃げろ!」という怒号も入り混じった。
レオンハルトの胸から、剣の切先が飛び出ていた。その後ろには、大きなマントとフードに身を隠した男がいた。
男は剣を引き抜き、次はクローデリアのほうに突進していこうとしたが、周囲にいた護衛の兵士たちがそれを阻んだ。
男は向きを変えた。その視線の先には、自らの危険を顧みず、治癒をしようとレオンハルトのほうに歩きかけていた聖女リゼリアがいた。
男はリゼリアに向かって走り出した。
護衛も気づき、聖女を守ろうと動き出したが、男のほうが早かった。
男はリゼリアの腕を掴み、そのまま引きずるようにしたが、思い直したのか、リゼリアを抱え上げて走り去っていった。
「せ、聖女様が誘拐された!」
護衛の兵士が叫んだ。そして、それは、レオンハルトが治癒されず、死に向かうことを宣言したに等しかった。
何人かの兵士が走って男を追ったが、リゼリアを抱えた男の足は異様に早く、追いつくことはできなかった。
国王レオンハルトはまもなく息を引き取った。
聖女リゼリアは連れ去られ、その後、二度と表舞台に現れることはなかった。
※
その後、事件は他国のスパイが要人を狙った犯行だと断定された。国王と王妃、聖女という王国の柱となっていた人物たちを狙ったことから、それは明らかだとされた。
目撃者の中には、犯人がかつての第一王太子ユリウスに似ており、聖女はユリウスの姿を認め、抱き抱えられながら微笑んでいたという者もあったが、そもそも死者が人間を殺すはずがないと、誰も取り合わなかった。
王国はまた大きな喪失感に襲われた。それは英雄ユリウスの死以来の大きな事件であり、そのときよりも国民の不安は大きなものだった。
賢王レオンハルトを失い、それ以上に、王国の守護者であった聖女がいなくなってしまったことがあまりにも大きすぎる損失だった。
しかし、王国にはまだ賢妃クローデリアがいた。国王暗殺の濡れ衣を着せられそうになった王妃が王国民を再び奮い立たせた。
亡くなった国王レオンハルトの跡を継ぐのは、幼いハインリヒ王太子だが、レオンハルトとともに国政を担ってきたクローデリアが、ハインリヒに代わり摂政として政務を執り行うことに誰も異論はなかった。
クローデリアは、自分がまさに断罪されそうになった王城前の広場で、観衆を前に演説を行った。
それは今までの善政が引き継がれていくことと、聖女の加護が続くことを王国民に知らしめ、安心をもたらす内容だった。
クローデリアは、聖女が全国に敷設した守護結界は、聖女のマナがなくとも効果を維持できるものだったと説明した。
聖女の守護結界は、王国民のマナを、健康などに影響が出ない範囲で、少しずつ吸い取って維持される仕組みになっているというのだった。
聖女は自分がいなくなったとしても王国が未来永劫にわたって守られるような配慮までされていたのだと、民衆の中には感涙にむせぶ者も多かった。
※
すべてクローデリアの思惑通りだった。
王城の国王の執務室の椅子に座り、その感触を確かめた。名実ともに王国のトップに立ったのだ。第二王太子の婚約者の公爵家令嬢から、ここまで昇り詰められるとは思ってもいなかった。
聖女リゼリアのおかげで、王国の安泰も約束されているようなものだ。
聖女リゼリアとの取り引きのおかげと言うべきか……
あるいは英雄ユリウスの死のおかげか。
リゼリアが見たというユリウスの死の真相ーーそれは当時の第二王太子レオンハルトが仕組んだことであった。
第二王太子であったレオンハルトは、戦争に明け暮れるユリウスが王になっても、国政の運営ができるとは思わなかった。むしろ戦争を好むようでは国が崩壊してしまう危機を迎えるのではないかという危惧すら持っていた。
その思いを持ち続けたまま、レオンハルトは聖女リゼリアに出会い、恋に落ち、リゼリアが兄のユリウスを愛しているという事実まで知ってしまった。そしてリゼリアはそのユリウスと婚約までしてしまったのだった。
それが、レオンハルトの背を押すこととなった。
レオンハルトは隣国のブリットモア公国と内通し、共謀することで、大軍を向かわせ、ブリットモア公国が長年の仇敵として恐れていた、第一王太子ユリウスを背後から討ち取ることを申し出ていたのだった。それが成されたならば、当面の間、停戦を行うという約束とともに。
その企みは見事に成功し、ユリウスは味方と思われた兵士に背後から刺殺されたのだった。
いや、正確にはユリウスが自分を殺させたのだ。
ユリウスはレオンハルトが考えていたことはすべて知っていた。快活で何も考えていないかと思われたユリウスは、誰よりも周りの人々の考えや気持ちの機微を敏感に感じとり、気を配っているような人物であった。快活さは、気配りをしていることすら相手に悟らせないためだったのだ。
王国のことを誰よりも愛し、弟の国政における能力を認めていたユリウスは、自分が退くことが王国のためになると考えていた。ただ、国の規定で、自ら王位継承を辞退することはどうしても許されなかった。
王位継承から退くには死ぬしかない、どうせ死ぬのであれば、戦場で死のうという考えはぼんやりと、しかしずっとユリウスの脳裏にあった。
ブリットモアの大軍が侵攻してきたとき、今がそのときだと思ったのだ。父のフリードリヒ王の死期が近いこともひょっとしたら気づいていたのかもしれない。そして、ユリウスはレオンハルトの策に自ら乗ったのだった。
唯一の心残りは、リゼリアだった。常に死を覚悟して、死地を求めていたユリウスは、リゼリアと出会ったことで、生き続けていくことも考え始めていた。しかし、最後には自分の幸福よりも、王国の未来を選択した。リゼリアにはせめて幸福になってほしいと、婚約破棄を持ちかけたのだった。
ユリウスは、レオンハルトがリゼリアを愛していることも気づいていた。クローデリアが第一王妃になることは変えようがないが、第二王妃として、レオンハルトと結婚できるようにとの苦渋の配慮だったのだ。
まさかレオンハルトがクローデリアと離縁しようと考えるとまでは、さすがのユリウスの想像も及ばなかったようだ。
レオンハルトは、その死の瞬間まで、ユリウスの考えなど知らなかったであろう。ただ、リゼリアに投げかけられた言葉によって、自分が何者に殺されたのかだけは悟ったかもしれない。
すべての真実を知ったリゼリアは、高位の闇属性魔法を使うクローデリアを引き入れ、ある計画を立てた。それは復讐と、失ったものを取り戻すための計画であった。レオンハルトの第二王妃になることなど、リゼリアにとっては選択肢になり得なかった。リゼリアのユリウスに対する愛はその程度のものではなかった。
まず聖女リゼリアは王国全土に守護結界を張りに、全国行脚に出た。
表向きは結界により、町村を守ることが目的であったが、リゼリアの本当の目的は、全王国民からマナを継続的に徴収することだった。
それと並行し、王妃となったクローデリアは政治にも積極的に介入するようになり、道路や水路の整備を行った。それは王国全土でマナを集める守護結界どうしをつなぐ、巨大な魔法陣を完成させるためであった。
クローデリアにとってより重要であったのは王国を外敵から守ることであったが、リゼリアにとっては別の目的のほうが重要であった。
そしてもう一つ、二人にとって重要だったのは、第三者によって、国王となったレオンハルトを殺させることだった。
リゼリアにとっては、ユリウスの仇を取るため、クローデリアにとっては、自分が王国最大の権力を得る野心のためだった。
そうして二人の思惑は一致し、計画は進められていった。
時は少し遡るが、ユリウスが亡き者となり、その死体を前にしたとき、まずリゼリアは魔法による治療を試みたが、すぐに効果が出ないことを悟り、肉体の劣化を防ぐ魔法に切り替えて、ありったけのマナで長期に続く防腐効果を与えていた。そのときに、リゼリアはユリウスを復活させることを考えていた。
だが、光属性の魔法で、死者を復活させるような魔法はなかった。リゼリアには高位の闇魔法「死者蘇生」を扱える協力者が必要だった。それに加え、死者蘇生の効果を長期に継続させるための膨大なマナの調達も必要であった。
その目的を達成するための方法を考えるため、リゼリアは大聖堂の自室に籠ったのだ。
そして神聖な大聖堂で、その邪悪な計画は完成したのだった。
守護結界が、王国全土の王国民からマナを徴収し、そのマナを使用して、王国全土に渡る魔法陣がクローデリアの闇属性魔法である死者蘇生を発動する。これこそが、二人の女の計画の核となる装置であった。
果たして、長期に渡って墓石の下に埋まりながら、人間の肉体を保ったままだったユリウスの死体は蘇生された。
死者蘇生で蘇生した屍人は、術者の命令に従わせることができる。リゼリアとクローデリアは、ユリウスにレオンハルト殺害を命じた。
こうしてリゼリアは復讐を果たし、屍人として蘇生し、半永久的に生き続けるユリウスとひっそりと生きていくことを選んだ。
その一方で、クローデリアは王国の最高位の地位を得たのだった。
執務室の窓の外には、夜の王都の灯が星のように瞬いていた。そのさらに上空を、聖女の結界の淡い光が、薄く揺らめきながら王国全土を包んでいる。
クローデリアは椅子から立ちあがると、隣室で眠るハインリヒの寝顔を思い浮かべた。
「……せめて、あなたには何も知らないままでいてほしいわね」
誰にも真相を伝えず、この罪とともに王国を守り抜く。それが、自分に許された唯一の贖いなのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
もし少しでも「面白かった」と思っていただけたら、
①ブクマ登録 ②★評価 ③一言感想
のいずれか一つでもいただけると、めちゃくちゃ励みになります。
ご興味ありましたら、他の作品もちらっと見ていただけると嬉しいです!
改めて、ありがとうございました!




