50:マリエラとステファンと大切な家族
どうやらこれ以上手紙について話す気にはならないようで、ステファンが「そういえば」と話題を変えてきた。
「子供達が今日は屋根に登りたいって話してたんだ」
「屋根に? 私も登りたいわ!」
パッとマリエラが表情を明るくさせ、それだけでは足りないとテーブル越しにステファンへと身を寄せた。
先程まで頭の中には、先日の一件とリベリオへの不服、彼の現況への良い気味だという意地の悪い爽快感、そして予想以上だった父親の怒りに対しての慄きがあったのだが、それらが一瞬にして掻き消えてしまった。
なにせ今日は天気がいい。
空は晴れ渡り軽やかに風が森から抜けてくる。草木が揺れて葉擦れの音を奏で、それに合わせるように鳥が歌う。どんな楽団も敵わぬ美しい音色だ。
地上に居ても心地良いのだから、屋根に登ったらどれほどだろうか。
そのうえ今朝は小雨が降ったからか普段より空気が澄んでおり、普段以上に木々は細かに、そして遠くまで景色を見渡せるはずだ。
そう考えてマリエラが胸を弾ませていると、背後から「マリエラ!」と高い声が聞こえてきた。
振り返れば、全身を覆う茶色の毛をふわふわと揺らしながら近付いてくる一人の少女。ルーニーだ。
彼女は駆け寄ってくるとそのままマリエラに抱き着いてきた。暖かくて少し擽ったい愛おしい感覚に、マリエラもまた抱きしめて返す。
「マリエラ、あのね、今からみんなで屋根に登るの」
「えぇ、今ステファンから聞いたわ」
「それでね、ステファンとマリエラのことも呼びに来たの。みんな待ってるから!」
ルーニーが手を掴んで引っ張ろうとしてくる。「早く!早く!」と急かしてくる高い声は可愛らしく、マリエラはステファンと共に立ち上がった。
見ればルーニーが来た道の先にはティティの姿もある。彼女が腕に抱いているのはモニカだ。
あの晩、国民中に自分と同じ視界を見せたモニカだったが、それ以降は同じような規模の力は発揮していない。今はせいぜい誰かに来てほしい時に呼び鈴代わりに自分の視界を鏡や水面に写すだけだ。
「ティティも呼びに来てくれたのね。わざわざありがとう」
「みんなが『マリエラも呼ばないと後で拗ねるかもしれない』って言うからね」
「拗ねたりなんてしないわ。夜に私だけステファンにエスコートしてもらうだけよ。だってずるいじゃない」
ツンと澄ましてマリエラが答えればティティが苦笑を浮かべる。
そうしてルーニーを連れて「先に行くよ」と去っていった。
「ステファン、私達も行きましょう。今日はきっといつもより綺麗な景色が見れるはずよ」
「そうだね。行こう。みんな一緒に……。でも、夜だけじゃなくて今も僕にエスコートさせてくれないかな」
穏やかな声色で告げながら、ステファンが片手を差し出してきた。
銀色の毛で覆われ、指の先には紺青色の宝石のような爪を生やした手。マリエラの手よりも一回り以上大きく、きっと成人男性のものよりも比べるまでもなく大きいだろう。
おおよそ人のものとは言い難い手だ。怪物扱いが間違いだったと知れ渡った今でも、この手に恐怖する者はいるかもしれない。
だけどマリエラにとってはなにより温かみを感じさせる手である。
「もちろん!」と弾んだ声で返し、彼の手をぎゅっと握った。
「今日もこれからも、私のエスコートはステファンだけよ」
「そうだね。それなら、今夜もこっそりときみを屋根の上にエスコートしようか」
「本当!? ……っと、これは秘密にしておかないと駄目ね」
子供達に聞かれたら皆「ずるい」と言い出すはずだ。マリエラだけずるい、私達も夜に屋根の上りたい、どうしてマリエラだけ、……と大合唱になるに違いない。
もちろん子供達と一緒に屋根に登るのは好きだ。並んで木々を眺め、鳥を探し、心地良い風に吹かれる……。時には屋根の上でお菓子を食べてお喋りをして、楽しい一時である。
だがステファンと二人きり、それも夜に……というのは日中とはまた違う良さがある。きっと胸をときめかせるような時間になる。
「朝も昼も夜も、『怪物辺境伯』が『神返り辺境伯』になっても、私だけをエスコートしてね」
ステファンの手にゆっくりと引き寄せられながらマリエラが告げれば、彼が嬉しそうに頬んで返してくれた。
なんて優しい笑みだろうか。たとえ狼のような容姿であっても、マリエラには彼の微笑みが世界で一番穏やかで魅力的で、そして格好良く見える。
素敵、とマリエラは心の中で呟き、彼に誘われるままに腕の中に収まった。太く逞しい腕が、まるで繊細なガラス細工を包むようにそっと抱きしめてくれる。
「マリエラに出会えてよかった。僕を恐れずに受け入れてくれてありがとう。愛してるよ」
「私も、ステファンのことを愛してるわ」
ステファンからの愛の言葉に酔いしれ、自分もまた愛の言葉を返す。
そうして見つめ合えば、ステファンがゆっくりと顔を近づけてきた。彼の金色の瞳が誘うように乞うようにマリエラを見つめる。
キスをしたいのだ。もちろんマリエラも断るわけがなく、目を閉じる事で応じる。
マリエラの唇に柔らかく暖かで、そして少し不思議な感覚が触れ……、
「ステファンとマリエラがチューしてる!」
「ふたりともチューしてないで早く来てよ!」
「ねぇ見てママ先生! ママ先生!」
「あらあら、こういうのは見ちゃ駄目なのよ。ほらみんな、あっちを見ましょうね」
「旦那、嬢ちゃん! 夫婦仲が良好なのは良い事だが、子供達の見えないところでやってくれ!」
と、賑やかな声が聞こえてきて、慌ててパッと顔を離した。
子供達に、そしてシエナとダヴィトにまで見られていたと分かりマリエラの顔が一気に熱を持つ。きっと庭に咲いている薔薇にも負けない赤さだろう。
だというのにステファンの顔色は変わらない。……のだが、彼の耳が他所を向いている。
「さすがに、子供達を相手には見せつけようとはいかないかな」
「そ、そうね……。むしろ早く屋根に登りましょう。子供達を落ち着かせないと、『マリエラとステファンがチューしてる』なんて言葉が流行ったら大変だわ。ようやく負け犬の遠吠えブームが落ち着いたのに」
「確かに。早く行こう」
マリエラがステファンの手を取り屋敷の中へ戻ろうと促し、彼もまた足早に歩き始めた。
だがその間際、
「続きは夜にしよう」
という呟くような声量の彼の言葉を、マリエラの真っ赤になった耳はしっかりと拾ってしまった。
余計に顔が赤くなる。
「もうステファンってば。こんなに顔が赤くなってたら子供達に冷やかされちゃうわ」
「……嫌かい?」
小首を傾げながら尋ねてくるステファンは狼というよりは子犬のようではないか。
ずるい、とマリエラは心の中で呟いて、元より握っていた彼の手をより強く握った。
「嫌なわけないわ。夜は私からキスをしてあげる」
……end……
『婚約破棄されて怪物辺境伯に嫁いだら、思った以上に怪物でした』
これにて完結です。
人外系ヒーローを人外のままで…!と思いつつ、明るく楽しいお話しをと思って書いた作品でした。
いかがでしたでしょうか?少しでも楽しんで頂けたら幸いです!
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