48:夜が明けて、朝
今回の件で国中が騒然とするのは火を見るよりも明らか。
だがけして子供達には迷惑を掛けない。この敷地には誰も近付けさせず、子供達が変わらず平穏な生活を送れるようにする。
そう約束し、ジェシカは屋敷を去っていった。
その際に彼女が口にした「たとえ王妃の座を退いても」という言葉に迷いはなく、あるのは強い決意だ。一国の王妃としての、そして再び娘の手を握ることを許された母としての宣言。これほど信頼を抱けるものはない。
そうしてジェシカを見送り、ひとまず全て終わった……、と一息吐く頃には、既に時刻は早朝と呼べる時間になっていた。
木々の隙間から朝日が差し込んでおり、梟ではなく高い鳥の鳴き声が周囲から聞こえてくる。
既に雨は止んでおり、少しひんやりとした涼やかな風は朝の爽快感を感じさせる。……はずだった。だが残念ながら爽快感を覚えるのは十分に寝た朝だけだ。
「朝日が眩しすぎる……」
思わずマリエラが目を覆う。殆ど寝ていない状態での朝日は見上げる気にもならない。
隣に立っていたレオも水槽のような頭部の目のあたりを押さえて「チカチカする」と訴えている。泳ぐ魚も眩しさを感じているようで、今は太陽光から逃げるように背びれを向けており、眠いのか泳ぐ速さもゆっくりだ。
他の子供達も随分と眠そうで、ジャックはダヴィトによりかかってようやく立っていられる状態である。リンジーとオーキスも動きは緩慢で、ルーニーに至っては見送りに出る気力も残っていないと広間でティティと待っている。
「なんだか急に眠くなってきちゃったわ」
「そうだね。明日から忙しくなるだろうし、もう寝よう」
「でも子供達の寝るところを用意してあげないと」
普段、子供達は家の二階で眠っている。広い一室にベッドを並べて、そこでシエナも交えてみんなで一緒に眠っているのだ。
だがその家は焼け落ちてしまった。ジェシカが去り際に家の修繕を約束してくれたので心配はないが、直近の眠る場所はどうにかしなければならない。
「客室に振り分けて寝るしかないかな」
「でもあんなに恐ろしい目にあったんだから、怖い夢を見てうなされるかもしれない。一緒に寝てあげないと」
「それなら大人が一人ずつ着いて寝ようか」
「いっそみんなで寝れば良いのよ!」
名案を思い付いた! とマリエラがパンと手を叩きながら告げれば、ステファンが不思議そうに「みんなで?」と尋ねてきた。
「そうよ。一番広い部屋に布団を敷き詰めてみんなで寝るの。そうすれば誰かが怖い夢を見て起きても寄り添ってあげられるわ」
「布団を敷き詰めて、か……。敷き詰めて寝るなら人数分も必要ないし、家具の少ない部屋を選べば出来ないこともないかもしれないな」
「やってみましょう!」
ステファンが賛同してくれたことでマリエラの中でやる気が満ちる。
眠気も消え去り、さっそくと屋敷に戻ろうとする。その際にジャックを抱き上げているダヴィトに「手伝って」と声を掛ければ、驚いた彼は「俺も?」と意外そうな声をあげた。
「みんなでって言ったでしょ?」
「あぁ、まぁそうだが……。ジャック、お前も一緒に寝たいか?」
抱き上げたジャックを軽く揺らしてダヴィトが問う。どうやら判断を彼に任せる事にしたようだ。
問われたジャックは眠気に襲われつつも「ん……」と微睡の声をあげ、ぎゅうとダヴィトの首元に抱き着いた。「みんな一緒が良い……」という声は幼い子供特有の甘さがあり、それでいて、今回の件の不安が残る切なさも感じさせる。この訴えを聞いて一人自室に戻れる者はこの屋敷には居るまい。
「ジャックがそう言うなら仕方ねぇな。旦那、部屋を決めたら近いところから布団を運びだそうぜ。嬢ちゃんと先生は軽い掛け布団と枕を頼む。ティティは多分使いもんにならねぇな、今のあいつを動かすのは酷だ」
「それじゃあ戻りましょう。あとひと頑張りよ!」
さっそくと気合いを新たにすれば、ジャックを抱っこしたダヴィトが屋敷へと戻っていった。シエナもうとうととしている子供達に「あと少しよ」「がんばって」と声を掛けながらそれに続く。
マリエラも彼等を追って屋敷へと戻ろうとし……、だがステファンが着いてこないことに気付いて足を止めた。
彼はその場に立ったままじっとマリエラを見つめている。
全身を覆う銀色の毛は太陽の光を受けて細かく輝いているように見え、その中央には真っすぐにこちらを見つめる金色の瞳。たとえるならば細工の入った銀の縁に飾られた黄金のような彼に、マリエラは「眩しい」と呟いて目を細めた。
これほど美しいのに、いったいステファンのどこか怪物なのだろうか。
「みんな気付かなくて残念ね。でも私が最初に気付いたんだもの、もう誰にも渡さないわ」
怪物返りが神返りだったと知られれば、同時にステファンの魅力も周知の事となる。
恐ろしい怪物辺境伯ではなく、謂れなき不遇を押し付けられていた子供達を護った辺境伯だ。火を放ち往生際悪く悪態をついていたリベリオを言及する様は冷静で知的さを感じさせ、今までの彼の行いを全てをひっくるめて、素晴らしいと称える者が続出するだろう。
中にはステファンの容姿に焦がれる女性が出てくるかもしれない。いや、これほど凛々しく美しいのだから出て当然だ。
だけどどれだけのひとが彼を褒め称えようと焦がれようと、隣に立つのは自分だ。譲らない。
「今夜は皆で一緒に寝るけど、でもステファンの隣で寝るのは私よ。それだって譲らないんだから」
得意げに宣言するマリエラに対して、ステファンがいったい何の話だと不思議そうに目を丸くさせた。
次いで、ふむと考え込むと、
「僕の隣……。ルーニーが僕とマリエラの間で眠りたいって言ってるんだが、どうしたものか」
と自分の足元に立つルーニーに視線を落とした。
そこには全身を茶色の毛で覆ったルーニーがステファンにしがみついており、マリエラとステファンを交互に見上げている。
「……ルーニーね、マリエラとステファンと寝たいの。駄目?」
ステファンの言葉に促されるようにルーニーがコテンと首を傾げる。
全身が茶色の毛で覆われた彼女はぬいぐるみのような愛らしさがあり、その仕草がまた愛おしさを増させる。
これにはマリエラも「駄目じゃないわ!」と声をあげ、それだけでは足りないとルーニーを抱きしめた。ふわふわの毛が頬に触れる。ステファンの銀色の毛よりも長く、柔らかさではルーニーに軍配が上がるだろう。
「ルーニーなら大歓迎よ! 眠れないぐらいぎゅっと挟んであげる!」
「眠れないのはいやぁ!」
ルーニーが楽しそうな声をあげ、パタパタと屋敷へと駆けて行った。
その後ろ姿を眺め、マリエラは小さく息を吐いた。あんな事件があってもなお子供達が楽しそうにして居られる事を嬉しく思う。
それは隣に立つステファンも同じだったのだろう、ルーニーの背を見つめる彼の横顔には安堵の色がある。
だがふとマリエラの視線に気付くとこちらを向き、穏やかに金色の瞳を細めた。安堵の色に愛が加わるのがマリエラにも分かった。
「僕達も中に戻ろうか」
「そうね。寝室の準備をしないと」
「あぁ。……だけどその前に」
言いかけ、ステファンがゆっくりと顔を近づけてきた。
マリエラの視界が彼の顔で埋まる。まるで銀細工を視界一杯に広げたようで、その中に輝くのは対の黄金。
綺麗、とマリエラが見惚れるのとほぼ同時に、唇に不思議な感覚が触れた。熱くて柔らかい。
これは……、ステファンからのキスだ。
「ステファン?」
「すまない。いやだったか?」
「まさかそんな。貴方からのキスを嫌がるわけないわ。でもどうして今ここで?」
「それは……。眠る前のキスをしようと思ったんだ。だけどさすがに子供達の前では気が引けるから、今ここで」
子供達に見られるのは困る、だが就寝のキスはしたい。
そんな事を考えた末、今この場で、ちょうど全員が居なくなったタイミングでキスをしたのだという。
恥ずかしそうに話すステファンにマリエラは数度瞬きをし……、そしてふっと笑みを零した。
リベリオ達と対峙していた時のステファンは凛々しく勇ましく、狼のような気高さがあった。
だが今の彼はまるで甘える子犬ではないか。
愛おしさが胸に湧き、マリエラはぐいと背を伸ばして彼に身を寄せ、それだけでは足りないと「少し屈んで!」と告げ、応じてくれたステファンの唇にキスをした。




