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第八十話 祖国の異変20

 玉座の間での臨時会議は滞りなく進んだ――とは、言い難かった。

 サルダとアルシエロへは、ルクレツィアが使者としておもむき、ついでにセイをサルダに帰すこととなった。

 しかし、エスターテ側の海にある南洋諸国、西のミルトーネ、そして国内への通達が問題である。

 女神の存在を周知し、救済の願いよる魔力を集めるのならば、なるべく多くの人間を巻き込むべきだが、その方法で意見が割れたのだ。

 多少の犠牲を出してでも、伝令を出すという意見と、これ以上の犠牲をさけ、ルクレツィアやホフレが時間をかけて伝令を伝えるという意見。

 前者は兵が途中で死んだか、それとも伝令が伝わったかをすぐに確認できない。

 後者は、ホフレはともかく、元凶であると噂されていらルクレツィアが伝令に向かったとして、信を得るまでに時間がかかる。

 そして、肝心のホフレが城内に戻ってきていないというのも、問題だった。


「死者と魔物が居なければ、良いのじゃな?」


 言い争う人間たちをしばらく眺めていたルーナが、言った。

 騒ぎの中にあっても不思議と通る声。彼女の声に、一時玉座の間が静まり返る。


「根本の解決にはならんが、可能じゃ。死したものが戻る現象を、わらわの魔力で一時的に止めることはできる」


 ルーナの言葉に玉座の間がざわめいた。

 それを掌で制して、セヴェリオが尋ねる。


「どれくらいの時間、止められるのでしょうか?」


「ふむ。やってみないとわからぬが、わずかながらに魔力も集まってきておるし……数日は持つじゃろ」


「それなら、伝令に転移魔術陣が使える魔術師を同行させればよい。距離は短くとも、繰り返せば馬より早く着く」


「しかし、危険もある」


「危険とは?」


「既にわらわの編んだ世の理は、ほつれつつある。無理に流れを止めれば、り返しが来るだろう。次に蘇りし者たちが現れるときは、もっと古く、強大なものが現れる恐れがあるぞ。それに耐えられるか?」


「耐えねばなりますまい。仮に、三大国と十前後の小国の人々。その願いが魔力に変わったとして、どのぐらいで条件を満たすのでしょうか」


「そうじゃのう。量と質にもよるからな。わらわにもやってみねばわからぬ。一つ言えるのは、このまま何もせねばこの国は持たぬ、ということじゃろう。緩やかな滅びを待つか、あるいは、危険をおかして古きものと戦う道を選ぶか、というところじゃな」


「恐ろしいことをおっしゃる」


 世界を滅ぼしかねないもの達が戻ってくる、とでもいうのだろうか。

 想像して、その場にいた全員が沈黙した。


「いいや。冗談ではないぞ。目を逸らすでない。人類存亡の危機が訪れているのじゃ」


 ルーナは至極真面目な表情で、人間たちを見渡す。

 そうして、彼らの心の内を見定めるように、端から端まで一瞥した。


「――覚悟を決めよ。これは、この世界にとって大きな賭けとなる」


 麗しき紅唇の紡ぐ、容赦のない開戦の言葉。

 セヴェリオとアレッサンドロは久々に正面から視線を交わしあい、互いの意思を確認した。

 国を優先する国王と、家族を第一に考える筆頭貴族、二人の在り方は対照的だが、今回彼らの利害は一致している。


「よし。皆のもの。そうと決まれば、急ぎ準備を整えるのだ! 城の準備が整い次第、女神がその御力を示してくださる。この期を逃すことは許さぬ!」


 常にないほど、セヴェリオの声は覇気に満ちていた。

 堂々たる有様で、軍や近衛、侍従に指示を飛ばすセヴェリオ。

 アレッサンドロも、筆頭貴族として、貴族たちと詳細の確認をしていた。

 それぞれの持つ魔術師の中に転移魔術陣を使用できるものはいるか、すぐに動かせる兵力はどの程度残っているか。

 アレッサンドロは細々したことをとりまとめ、必要な事項をセヴェリオに伝えた。

 貴族やセヴェリオとのやり取りの合間、アレッサンドロはルクレツィアに声をかける。


「ルクレツィア。魔力の方はどうだ?」


十全(じゅうぜんでしてよ。お父さま」


「ならば、疲れているところ悪いんだが……お前にはすぐにでも、セイ皇子を国まで送り、サルダとアルシエロの協力を取りつけてきてもらいたい」


「わかりました。お父さま。両国ともレッチェアーノに好意的とは言えませんが、此度こたびの件に関しては協力を惜しまないでしょう」


「うむ。吉報きっぽうを待っておるぞ」


 頷いて、アレッサンドロはルクレツィアを手招いた。

 彼女がそばによると他から見えぬように、彼女の手に白い石の首飾りを乗せる。

 物言いたげな目線で見つめてくる娘に、アレッサンドロは声を潜めて説明した。


「……陛下からこれを預かった。王都の結界に直接干渉できる、特別な魔石だ。これをもつお前とリストスキーだけが、王都内どこであろうと転移が可能であり、いざと言うときは結界に直接魔力を注げる。此度の件が終わるまで、内密に預けておくそうだ」


「つまり、わたくしはいざと言うときに、結界へ魔力を補充させられる、というわけですわね」


「すまぬ」


「いいえ。誰とも知れぬものに任せるよりは、安心できますし。お父さまが謝るようなことではございません。それでは、さっそくサルダへ行ってまいります」


 アレッサンドロに別れを告げ、ルクレツィアはセイを連れてすぐにサルダへと飛ぶことにした。

 まだ、女神による時間稼ぎは成されていないため、サルダもさぞ混乱していることだろう。

 彼女は話を聞いて歩み寄るセイへ視線を移した。


「セイ。きっとサルダも騒ぎになっているはずです。お心の準備は、よろしいですか?」


「はい。それなら早く戻らねば。ファン兄上もきっと心配しておられるでしょう」


「わかりました。では」


 セイの気丈な返事に応えるべく、ルクレツィアは即座に陣を紡ぐ。

 掌の中にある白い石が少し熱をもったが、問題なく転移陣は紡がれ、起動した。

 王侯貴族がひしめき合い、あれこれ忙しなく意見を交わしあっている玉座の間から一変して、サルダ帝国へ。

 帝都前の街道は、レッチェアーノと同じように月のない暗闇になっていた。

 怯えて息を飲むセイの手を引きながら、ルクレツィアは陣を紡ぎ、寄ってくる死体どもを殴り飛ばす。


「ルクレツィアは凄い魔術師だったのですね」


 危なげなく襲撃者を圧倒する彼女の迫力にやや及び腰になりながら、セイが言った。

 ルクレツィアの陣の威力は凄まじく、目の前で絶え間なく、光が乱舞し、音が鼓膜を揺さぶる。

 そして、隣に立っているからこそ伝わる、荒れ狂い、ふき付ける風と地をはしる衝撃。

 戦場に立ったことのないセイには、少し刺激が強いようであった。


「どうしたんです。急に」


「いえ。お味方ともなれば、これほど心強いものはないと思いまして」


「学園では苦労なされたようですわね。もっと早く戻ればよかったのですが」


「死者が蘇るなど、この世の終わりかと思いました。だからこそ、あれほどおぞましかった死者を一掃してくれて、胸のすくような心地でした」


「わたくしも最初に見たときは、かなり取り乱してしまいましたもの。セイのお気持ちもお察しいたします」


 暗い街道を二人で歩きながら、見えてきた帝都の大門を前にして、セイが足を鈍らせる。

 彼は言うべきか迷うようにぽつりと、言葉を紡いだ。


「……ルクレツィアにも、恐ろしいものはあるのですか?」


 セイの歩く速さに歩調を合わせ、ルクレツィアが口を開く。

 

「ええ。たくさんあります」


 死者は粗方片づけたが、地からいてくる可能性もあった。

 周囲に注意を払いながら、進む彼女に申し訳なく思いつつも、セイはずっと気になっていたことを尋ねることにする。


「それを聞いて安心しました。恐れを知らぬものを恐れよ、彼らにことわりは通じぬ、と兄上がいつか話してくださいました。あなたは強い。何事も恐れず、成そうと思えば、どんなことでも成し遂げてしまう……そう、思っていたのです。レッチェアーノと和解するのは喜ばしいことですが、我が国の事情としては少し複雑です」


 遠まわしながらも、素直なセイの疑問にルクレツィアは片眉をあげて、心外だというように微笑んだ。


「あら。わたくしには、たくさんの大切なものがあり、それを失う恐れを知っております。後先かえりみず、国家間の争いに首を突っ込むつもりはございませんし、心配は無用です」


 常より柔らかな口調で言葉を紡ぐルクレツィアを見上げ、セイは意を決して告げる。


「では、此度の件、レッチェアーノのみを優遇することなく、等しく世界のために動いてくださるとお約束いただけますか?」


 真っ直ぐで飾り気のない問いかけ。

 簡素が故にごまかしのきかない問いかけに、ルクレツィアはしばし黙して考えた。


「わたくしが動くのは大切な人達のためです。家族、自分、そして愛する人が生きていくために、国や世界が必要なのです。レッチェアーノを優遇するつもりはありませんが、結果がどうなるかはわたくし自身にもわかりません」


 決断を下すとき、彼女が真っ先に考えるのは、己が愛する者たちだ。

 もちろん、友人もその中に含まれている。

 しかし、とっさにどのような判断を下すかなど、彼女自身にも分からなかった。


「……そう、ですよね。わたしだって、公平に、と言っておきながら……。できることなら、ルクレツィアには女神が死者たちを止めるまでの間、我が国に残っていただけたら、と考えてしまいました」


 自らをかえりみて恥じ入るセイ。とても十に満たない少年のものとは思えない言葉だった。

 帝都の大門前まで来ると、二人が何をするまでもなく、門の一部が開いてゆく。


「すみません。友の信頼には応えたいのですが、わたくしはすぐにアルシエロへと向かわねばなりません」


 開く門から死者が入り込まぬよう、背に門とセイを庇いながらルクレツィアが言った。


「いいえ。無理を言いました。自国の事だけでなく、まずは問題の解決を第一に考えねばならないとは分かっているのですが……」


「肝心な時にお傍に居れず、申し訳ございません」


「自国のみならず、世界の命運がかかっているのです。兄上には、わたしからお話ししておきますので、どうかもうアルシエロへ行ってください」


 セイは幼いながらもしっかりとした声で、彼女の背に言葉をかけた。


「……よろしいのですか?」


「はい。兄上ならば、分かって下さるでしょう。それに、ルクレツィアが共に行けば、兄上もまた引き留めようとなさるでしょうから」


「そうでしょうか」


 思わず後ろを振り返るルクレツィアにセイはくすりと笑みこぼした。


「ええ。それはもう、わたしの比じゃないくらい必死で引き留めようとなさるかと。そしてきっと、あなたは悩む。心優しき友の手助けをするのも、また友の役目です」


 頷くセイの後ろで、兵士たちが騒ぎ始める。


「皇子殿下! どうか、お急ぎください!」


 後ろでセイを促す兵士の声がした。

 彼の身を案じると同時に、死者が入り込むことを懸念しているのだろう。

 

「ありがとうございます。それでは、信じてお任せいたします」


 言ってルクレツィアが転移の陣を紡ぎ始める。


「彼女はよい! 門を閉めよ。急ぎ城へ向かう」


 セイの命令で門がしっかりと閉められたのを確認して、彼女は陣を起動した。

 向かう先はアルシエロ。

 魔力の枯れたあの地はどうなっているのか。

 ルクレツィアには、想像もつかなかった。


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