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第7話 個人データ

 俺とサリカは、死体の状況を調べるため、使用人部屋にいた。

 ほかのメンバーは、さきほどの部屋に待機させてあった。

 サリカは俺に、 

「ほんとうに、よいのか?」

 と最後の確認をとった。

 俺は首をたてにふった。

「ああ、かまわない」

 目のまえには、ウィルソンの死体――ベッドのシーツにおおわれていた。サリカの配慮だ。もっとも、ふつうのプレイヤーなら、こんなものは必要なかっただろう。このゲームの焼死体なんて、キャラをすこし汚して、グラフックを黒くしただけだ。とはいえ、俺はホラーゲームが嫌いだったし、リアルでもそういうものには近づかないタイプだから、なんとなく怖かったのだ。すこし恥ずかしくも思えた。

「死体の一部だけで、よいのだな?」

「指一本でいい」

 サリカは、シーツの端をめくった。爆風で黒焦げた手が、その下からのぞいた。

 俺は深呼吸をして、その指にふれた。

「……データロック解除」

 その一言と同時に、空中から、半透明の大きなスクリーンがあらわれた。

 ウィルソンの個人プロフィールだった。


 氏名:阿佐田あさだ とおる

 性別:男性

 年齢:34歳

 Email:xxxxx.xxxxx@xxxxx


 サリカは俺の能力をみて、冷ややかに、

「なるほど、運営から目をつけられるわけだ」

 とささやいた。俺は弁解する。

本名ほんみょうののぞきは、今回がはじめてだ。検知されやすいからな。ほかの情報よりもロックが堅くて、破るのに時間がかかるんだ。そのあいだに探知される」

「瞬時だったように思うが?」

「ウィルソンはもう凍結されてるからだ」

 このサーバの運営は、凍結アカウントに対するセキュリティがゆるい。

 俺はそのことを説明した。

「というわけで、生のアカウントでハッキングしたことはない」

「まあ、そういうことにしておこう」

 サリカは、ウィルソンのプロフィールに視線をむけた。

 やはり信用されていないか。しかたがない。

「で、この個人プロフィールをひらいて、なんとする?」

「持ち物をチェックする」

「持ち物?」

 俺は、スクリーンを切り替えた。


 装備品1/3

 頭:風のバンダナ

 体:溶岩蚕ようがんさんのジャケット

 右腕:火炎竜かえんりゅうの腕輪(Lv3)

 左腕:火炎竜の腕輪(Lv3)

 靴:スパークブーツ


 俺はウィルソンの装備品をみて、なかばあきれた。

「いかにも爆殺魔ボマーらしい装備だな。火力に全振りしてる」

「どれもレアなものばかりだ」

 サリカの言うとおりだった。すべて非売品だ。

 俺は、スクリーンをさらに切り替えた。


 所持アイテム2/3 自動ソートON

 回復液×37

 治療薬×50

 ボム×98

 …………

 ………

 ……


 サリカは、

「装備品にくらべて、所持アイテムな一般的なものばかりだ」

 と、そうひとりごちた。

 一方、俺はアイテム欄を見つめて、困惑した。

「どうした、ルーズ殿?」

「ボムの所持数が、一しか減ってない……爆発は二回あったのに……」

 サリカも、ハッとなった。

「自作の爆弾を持ちこんだのではないか?」

「自作のアイテムは、冒険ポシェットに入らない。かかえて来ることになるが……それらしいものを持っていたか?」

 サリカは首をふった。

「いや……ウィルソンは手ぶらだった。冒険者用のポシェット以外に、アイテムは持っていなかったと考えるべきだろう」

 冒険者用ポシェットは、登録時にもらえる道具で、ゲーム内の公式アイテムを際限なく収められるものだ。際限なしとは言っても、同一種類のアイテムは、最大九九個まで。それ以上は、べつの方法で持ち歩かなくてはならない。

 俺は、

「この城に、ボムを補充する場所はあるか?」

 とたずねた。

「武器庫を調べたルーズ殿のほうが、くわしいのではないか?」

 おっと、それはそうだ。うっかりしていた。

 記憶を掘り起こす。

「……あったような気がする」

 俺は、ここまでの情報を、順番に整理した。


 一、ウィルソンのボム所持数は九八。

 二、爆発は、空中回廊で一回、ウィルソンのそばで一回起きた。

 三、仮に爆発事件の犯人がウィルソンだとすれば、ウィルソンは、

  三の一、所持品以外のボムを使った。

  三の二、所持品のボムを使って、どこかで補充した。

   という、ふたつの可能性が考えられる。

 四、南館に、ボムの貯蔵はあった。


 俺は、

「……空中回廊に爆弾を設置してから、南館で補充したのか?」

 と、そう結論づけたくなった。

「しかし、ルーズ殿は気づかなかったのだろう?」

「そう言われてもな……歩き回っていたし、こっそりやれば、バレないと思う……ん?」

 俺は、みけんにシワをよせた――待て待て、重大なかんちがいをしてるぞ。

「サリカ、今までの推理はまちがいだ」

「なぜだ?」

「アイテムの自動ソートが、ONになってるだろう」

「それがなにか……ッ!」

 サリカも気づいたようだ。

 俺は確認のため、説明を加えた。

「自動ソート中は、最後に補充したアイテムが一番上になる。ボムを設置してから補充した場合、ボムがアイテム欄の一番上にあるはずだ」

 だが、そうなっていなかった。

 ボムは上から三番目にある。

「つまり……ウィルソンは、ボムを補充しなかった……したがって、爆発二回のうち、一回はウィルソンが犯人ではない、と?」

「正確にいえば、一回はウィルソンのボムが原因じゃない、だ」

「しかし、べつの可能性もあるのではないか? たとえば、ボムを補給したあと、治療薬→回復液の順で補給したのかもしれない」

「回復液や治療薬なんか補充して、どうするんだ? 俺たちは、モンスターと戦いに来たんじゃないんだ。使いどころがない。それに、補充の機会があったのなら、ボムの数を九八なんて中途半端にしないだろう」

 サリカは、ようやく納得してくれた。

「となると……空中回廊に爆弾をしかけたのは、ウィルソンではないのか?」

「いや、サリカ、そうは断言できない。ウィルソンのボムが一個減っているのは事実だ。つまり、可能性はふたつある。空中回廊に爆弾をしかけたのがウィルソンで、ウィルソンの殺害に使われた爆弾はべつのやつが持ちこんだ。あるいは、空中回廊に爆弾をしかけたのがべつのやつで、ウィルソンの殺害に使われた爆弾は、ウィルソンの持ち物。このどちらかが有力だ」

 俺はこの推理に自信があった。

 ところが、サリカの顔はくもった。

「前者はありうるが、後者はありえないように思う」

「どうして?」

「たしかに、九八+一=九九という算数は成り立つ……だが、ウィルソンは爆殺魔と呼ばれた男だ。火薬の管理には慎重だったはず。犯人がだれであれ、それを簡単に盗めるようなものではないと思うし、そもそも、ウィルソンからわざわざ強奪しなくても、武器庫にあるボムを使えばいいだけだ。」

弘法こうぼうも筆の誤りって言うだろ?」

 河童かっぱの川流れ、猿も木から落ちる――なんでもいい。

「なるほど、可能性はゼロではない……だが、ゼロでないことと、もっともらしいこととは違う。宇宙人のいる可能性は、ゼロではない。しかし、そのことをもって宇宙人はいるなどと言い出せば、とんでもない間違いを犯すことになる」

「それは……」

 俺は、サリカの正論に、口ごもった。

「ようするに、サリカの考えによれば、なくなった爆弾のひとつは、ウィルソンの殺害にではなく、空中回廊を落とすために使われた、ってことか? しかも、さっきの俺の推理が正しいなら、空中回廊を落としたのはウィルソン本人ってことになるよな?」

「その推理ではダメなのか? ウィルソンはボムをどこかでひとつ使った。爆殺魔が火薬の処理に失敗するとは思えないから、成功したほう……空中回廊の発破がそれだ、ということで、説明がつくのではないだろうか」

「可能性的には、な。だが、低い可能性も追ったほうがいい」

「ならば、最初から九八個だった可能性を追わないのは、なぜだ?」

 うッ――正論だ。これ以上は、水かけ論になる。

 俺はあきらめて、次の捜査に移ることにした。

 マダム・ブランヴィリエの死体だ。彼女の死体は、俺の腰くらいの高さのテーブルに横たえられていた。まるで眠っているかのようだ。しかし、くちびるからは、どす黒い血が流れていた。

 俺は指にふれて、同じようにデータを解除した。


 氏名:南原なんばら 悦子えつこ

 性別:女性

 年齢:40歳

 Email:xxxxx.xxxxx@xxxxx


 装備品1/3

 頭:ヴァルプルギスの帽子

 体:黒の法服

 右腕:毒消しの指輪(Lv3)

 左腕:星卵せいらんのブレスレット(Lv3)

 靴:ロキの尖靴せんか


「これまた、一級品ばかりだな……」

「所持アイテムは、どうなっている?」

 サリカに乞われるがまま、俺はスクリーンを切り替えた。


 所持アイテム2/3 自動ソートOFF

 霊薬×99

 治療薬×99

 回復液×99

 月のハーブ×99

 太陽のハーブ×99

 大地のハーブ×99

 …………

 ………

 ……


「調合用のアイテムばかりだ」

 俺は、一覧を確認した。目立ったものはない。レアな調合用ハーブはちらほら見かけるが――いや、それは軽率な判断か。というのも、消耗アイアテムの調合には、あまり知識がなかったからだ。チート屋なのにおかしいだろうと思われるかもしれないが、消耗アイテムくらいなら、チートを使えば簡単に精製することができる。だから、わざわざ調合リストをおぼえる必要はなかった。

「サリカは、調合の知識があるか?」

「多少は」

「この一覧表から、毒薬を作ることはできるか?」

 サリカは、アイテム欄を上下するように命じてきた。

 俺は、適当な速度でスクリーンを上下させた。

「……できるな」

「例えば?」

「【バジリスクの爪】と【月のハーブ】を調合すると【石化剤】になる。これは、ふれた部分を石に変える液体だ。飲んでも死亡する」

 俺は、食道と胃の部分が、ずっしり重くなったように感じた。

「ほかには?」

「【幻鳥げんちょうの羽】と【風の雫】を混ぜると、そこから【雨糸あまいと】ができる。これ自体はモンスターを硬直させるアイテムに過ぎないが、さらに【酸性ワームの唾液】を加えれば【蟲毒こどく】になる。劇薬として有名だ」

 蟲毒――俺も聞いたことがある。

「ただ、蟲毒はかなり匂いがキツいんじゃなかったか?」

「そうだな……マダムが誤飲ごいんするとは、思えない」

 そうだ、そこが問題だ。

 マダムは、毒殺されたのだろうか? ハッサムの体に短剣を刺したことがバレて、自殺した――わけはないか。そういうタイプの人間じゃない。もっと図々しい女だ。

 俺は、

「【石化剤】は、匂いも味もないのか?」

 とたずねた。

「石灰のような匂いがする。それに、水溶性すいようせいではない。紅茶に入れても、ねばねばしたままだろう」

 ということは、これを誤飲する可能性も低そうだ。却下。

「このリストから、無味無臭の毒薬は、できないか?」

「無味無臭……」

 サリカは、スクリーンを真剣に見つめた。そして、静かにうなずいた。

「できる」

「どうやって?」

「さきほどの【風の雫】に、【幻鳥の羽】ではなく【太陽のハーブ】を混ぜる。すると【虹の雫】が生成されて、これに【石化剤】を加えれば、【ゴーゴンの涙】になる。水溶性で、味も匂いもしない」

「症状は?」

「細胞が網目あみのめ状に石化し、摩擦まさつのズレを起こして血管が破れる。多くの場合は、吐血とけつから死に至る」

 俺は、指をはじいた。

「ぴったりじゃないか」

「……そうだな」

 サリカは、あまり明るい顔をしなかった。この女――美女と言ってもいい――喜怒哀楽が表に出ないのだろうか。それとも、【ゴーゴンの涙】が犯行に使われたことに、納得がいかないのだろうか――両方かもしれない。

「で、ルーズ殿は、これをどのように考える?」

「どのようにって言われてもな……」

 俺は、ウィルソンを覆うシーツと、テーブルのうえのマダムを見比べた。それに、どこかで氷漬けにされているハッサムの死体も思い浮かべた。ウィルソンたちも、このあとヴラド公の魔法で、冷凍保存される予定だった。

 しばらくのあいだ、沈思黙考する。

 すると、背中にスッと悪寒が走った。

 あわててふりかえると、サリカが剣の鞘から、数センチほど剣を抜いていた。

 俺は身がまえた。

「失敬、さすがにこの殺気には気づくか」

「な、なんだ、やる気か?」

 サリカは剣を納めた。

「今のは試したのだ。賞金首ランキング一位にしては、無防備に見えたのでな」

「あのなぁ……」

「しかし、よく生き残れたな。タルタロスのほうが、スキはなかったぞ」

 俺は、賞金首ランキング二位(元)とくらべられて、あまりいい気はしなかった。

 どうじに、この目のまえの女が、その賞金首を狩った聖騎士であることを思い出した。

「サリカは、なんでタルタロスを倒そうと思ったんだ?」

「くだらん質問だな。賞金首は狩るものだ」

 俺は首筋が、すこしばかり寒くなった。

「俺もゲームバカだが、サリカもそうとうだな……」

 サリカは、うっすらと笑みを漏らした。

 その感じが不気味で、俺はゾッとした――わりと危ないプレイヤーなんじゃないか。

 VRMMOには、妙なプライドを持って参加しているやつが、大勢いる。俺もそのひとりだし、否定はしない。だが、中には、ゲームでのトロフィーこそが生きがいのような、そんなプレイヤーがいるのも事実だった。これは社会問題化していたが、対策が追いついていないのが現状だ。

 それに、俺はもうひとつ気になっていることがあった。

「タルタロスは、折り紙つきの実力者だった。よく倒せたな」

「それなりに手こずった。あいつの根城のガーデン湖自体が、天然の要塞だった。一対一の斬り合いで仕留めることができたのは、さいわいだった」

 自慢話くさいね。

 とはいえ、タルタロスは、俺と賞金首ランキングを競ってきた仲だ。一度も対戦したことがないし(俺は逃げるのが専門)、おたがいに顔も知らない間柄だったが、どこかしらライバル視していたところがあった。だから、サリカに対して、どこか嫉妬しているのかもしれない。

 俺はふと気になって、

「タルタロスっていうのは、どんなキャラだった?」

 とたずねた。

「暗黒の仮面の下は、案外に平凡な造形だった」

 これには、がっかりした。

「ま、そういうプレイヤーっているよな。装備品で顔が隠れてるから、初期アバターをそのまま使ってるとか……タルタロスには、もっとキャラデザを凝って欲しかったね」

「それを貴様が言うのか」

 おっと、完全なブーメランだった。

「俺は逃げるのが専門だから、目立たないキャラデザにしてるんだよ」

「一理あるが、他人のデザインを批判できる立場ではないな」

 俺はグゥの音も出なかった。

 雑談を打ち切る。

「とりあえず、紅茶にどうやって毒が混ぜられたのか、それを調べよう」

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