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第3話 情報屋と狼娘

 石造りの城内を、ゆっくりと探索する。あたりは薄暗く、ときおり現れる小窓から、光の柱がみえた。それはどこかおごそかで、どこか淋しげなものに思えた。小学生のころ、一度だけ近所の廃墟を探索しに行ったことがある。そのときの光景に似ていて、妙な懐かしさすらおぼえた。小窓からは、不気味なほど静かな空がみえた。その彼方には、電子の海がちらつく。壊れた液晶ディスプレイのように、ところどころ色が欠け始めていた。7日以内に解決しなければ、俺たちはあの海に飲み込まれてしまう。正真正銘のゲームオーバーだ。

「ハッサムの死について、どう思う?」

 モンティの質問に、俺はすぐには答えなかった。

「ねぇ、ルーズ?」

「俺から先に情報を得ようっていうのは、ちょっと図々しいんじゃないか」

 モンティは肩をすくめてみせた。

 そういう動作は、攻撃があるんじゃないかと反応してしまうからやめて欲しい。

 俺は、モンティが小柄な女性であるからといって、攻撃力が低いとは思わなかった。

 魔法が存在するゲームの世界で、体格はなんの安心材料にもならない。

「そうね……あたし、こういうミステリって得意じゃないんだ」

「俺も得意じゃない」

 ふたたび沈黙。

「……こうしておたがいに牽制けんせいし合ってても、しょうがなくない?」

「そう思うなら、モンティから思考開示したらどうだ」

 モンティは「参った」というような表情で、にっこり笑った。

「オッケー、それじゃ、あたしから思考開示するね。意外と事故死の可能性、ない?」

「それは俺も考えた……が、低いと思う」

「理由は?」

「心臓に短剣が突き刺さる事故なんて、まずないだろう」

「それもそっか……じゃあ、自殺は?」

 モンティは、変則的な推理ばかり披露してくる。

 これは手の内を明かしたくないってことだと、俺は解釈した。

「そうだな。このサーバの閉鎖に絶望して自殺したのかもな」

「もお、マジメに考えなさいよ」

「それはこっちのセリフだ。事故死とか自殺なんて、本気で思ってないだろ?」

「ご明察……もちろん、殺人よね。問題はトリック」

 さすがだな、と俺は思った。こういう状況では、犯人捜しに飛びつきたくなる。

 だが、それは悪手だ。人物評価は主観的な要素が入り込み過ぎて、かえってまちがう。例えば、竜人はあやしいだろうか? ここまでの彼の言動からして、一番マジメで頼れそうなキャラに思えてくる。そして、そういう偏見が一番危ないのだ。

 だから、客観的なトリックから考察するにかぎる。

 俺はすこしばかり、自分の考えを述べた。

「犯人はハッサムより先にどうやって食堂に到着したのか……だよな。しかも、魔法を使わずに。物理トリックでも、こういうのは不可能ではないと思うんだが」

「ほんとにそう思う? この城の正門に入るためには、橋を渡らないといけないのよ。なんせ、この城は空中に浮かんでるんだから。それとも、ルーズ、あなたが犯人でトリックを知ってるから、今の推理がポロっと出ちゃったのかな?」

「もちろんちがうさ。だけど、そこが盲点だと思う。一番ありえなさそうなルートが正解だなんて、推理小説の世界だとよくあるだろ。つまり、なんらかの方法であの跳ね橋をスキップする方法があったんじゃないか?」

「一番ありえなさそうなら、正門からじゃなくて、空からじゃない?」

 なるほど、と俺は思った。俺はもういちど、石壁の小窓からみえる空を眺めた。

「……ムリだな」

「どうして?」

「空中浮遊なんかの魔法は、さっきの追跡トレースの結果からありえない。ドラゴンに乗って来るのも考えられなくはないが、だれかが気づくだろう。食堂には窓がなかった。どこかでいったん降りて、そこから食堂へ移動してハッサムを殺害、さらにドラゴンまで戻って、人目につかないように飛んで正門から入る……時間的にも地形的にもむずかしい」

「たしかにね。正門から入るとき、城全体がけっこう見渡せちゃうもの」

「それと、これはメタ的な視点なんだが……賞金一億円で、そんな単純なトリックじゃないと思う。もっと複雑で、俺たちが想像もしないなにか、なんだろうな」

 そこで会話は途切れた。

 ほんとうにネタ切れの感じがあった。

「ところで、ルーズは、どうしてここにいるの?」

 急に話題が変わった。

 モンティの哲学的な質問に、俺は答えなかった。

「ルーズ、あたしの話、聞いてる?」

「ああ、聞いてるさ」

「どうして、ここにいるの? あなたみたいな大物が?」

 俺は歩くのをやめて、うしろをふりかえった。モンティは、両腕を後頭部にまわして、胸を張るように歩いていたから、すんでのところでぶつかりそうになった。

「ちょっと、気をつけてよ」

「おまえこそ、どうしてここにいる?」

 モンティは親指と人差し指で、まるい輪っかをつくった。

「お金よ、お金。一億円よ? 山分けでも一千万。来ない理由がないわ」

「だったら、俺が来た理由も分かってるだろ」

 モンティは、「分からない」と答えた。

「あなたって、どこかほかの連中とちがうんだもの」

「賞金首だからな」

「また、すねちゃって……さっきウィルソンが言ったこと、まだ気にしてるの?」

 俺は、気にしていないと答えた。嘘だった。

「だいたいさ、賞金首なんて、ほかにもいるじゃない。ウィルソン自身が、賞金首のくせにさ。あいつ、金額で負けてるから、やっかんでるのよ。嫉妬よ、嫉妬」

 そうかもしれない。このサーバでは、特定のキャラに賞金が設定されていた。ペナルティというわけじゃない。追い回されるほうが好きだってプレイヤーも多いし、逃げ切れば逃げ切るほど名声が高まるのだから、有名人になるにはもってこいだ。現に、逃げ回ってばかりの俺は、賞金額がとんでもないことになってしまった。

 だが、べつに俺はそういう立場を望んでいたわけじゃなかった。たまたまなのだ。ここの運営がかつて主催した【ハッキング合戦】で、俺は優勝した。が、そこで予期しないできごとが起きた。ある領主が、勝手に俺を【チート屋】と呼んで、賞金をかけたのだ。俺は運営にかけあったが、だれを賞金首にするかは領主の自由だという判断だった。おかげで俺は、かれこれ二年以上も逃げ回るハメになっている。リアルタイムで大学一年生の夏休みから。これだけ逃げ切っているのは俺だけだから、俺が最高の賞金首というわけだ。

 ほかの賞金首はどうかというと、俺がこのメンバーのなかで知っているのは三人だけだ。まず、マダム・ブランヴィリエは、結婚した夫を(ゲーム内で)毒殺しているという噂だった。ただ、それが集客のためのデマなのか、それともほんとうの話なのかは、ネットでも意見がわかれていた。俺は前者だと思っている。あのマダムは、おそらく客寄せパンダだ。ああいうキャラを演じているのだろう。次に、吸血鬼ブラド、あいつはただのすけこましというか、マダムが男性向けのサクラなら、あいつは女性向けのサクラだった。最後に、爆殺魔ボマーウィルソン、ほんものの賞金首だ。とはいえ、あいつはかなり嫌われている。ウィルソンがやっているのは文字通りのテロのまねごとで、社会正義に反しているのは明白だった。そろそろアカウント削除が入るんじゃないか、っていうときに、このサーバが閉鎖されることになって、たまたま命拾いしているに過ぎない。

 つまり、この三人は、意外と小物というわけだ。むしろ、サリカや竜人、あるいは目の前のモンティのほうが、俺に警戒心をいだかせるキャラだった。なにせ、どういう素姓のプレイヤーなのか、さっぱり分からなかったからだ。とくにサリカは要注意だ。さっきのチーム分けの流れからして、そうとうな切れ者だ。さすがは賞金ランキング二位の暗黒騎士を打ち負かしただけのことはある。

 そんなことを考えていた俺の顔を、モンティはじっと見つめていた。

「で、ルーズがここにいる理由は?」

「……聞いて笑うなよ」

 俺の前置きに、モンティは、

「笑うわけないでしょ」

 と答えた。俺は真顔になる。

「世界が崩壊する最後の一分までいて、賞金首ランキング一位のまま逃げ切りたい」

 モンティは一瞬きょとんとして、それから笑った。

「笑うなって言っただろ」

「それだけ? ゲームでトップのまま終わりたいから、ここにいるの?」

 俺はすこし赤くなった。

「悪いか」

「いや、悪くはないけど……ごめん、笑ったのは謝る。でも、その心境は理解できない」

「俺もランキングトップにならなかったら、こんなことは思わなかっただろうな。でも、じっさいなってみると……トップから落ちるのが怖いんだ。このゲームで……いや、世界中のVRMMOのなかで、賞金首になって二年以上も逃げ回ってるのは、俺くらいのもんだ。昔は暗黒騎士タルタロスもそうだったが、あいつはサリカに負けちまった」

「ネット上の伝説になりたい、と?」

 俺は恥ずかしながらもうなずいた。

 モンティは笑顔になる。

「あなた、すごく面白いわ。もしあたしが犯人なら、あなたは一番最後に殺してあげる」

「そういうフラグを立てるなよ」

「冗談よ。だいたい、あたしが犯人だったら、情報屋だってことも隠すから」

 それは思った。モンティは、いろいろとしゃべりすぎだ。

 もっとも、これが偽装でないという保証もない。

「なあ、あたいたち、どこへむかってるんだ?」

 最後尾のイオナは、退屈そうに背伸びをした。

「探索中だ。目的地があるわけじゃない」

「歩くだけなら、猫でもできるけどなあ」

「俺たちがさがしてるのは殺人犯だ。ネズミとは違う」

「そいつはどこにいるんだ?」

 俺は天井をあおいで、それから窓の風景に助けをもとめた。

「イオナ、おまえは、なんでここにいるんだ?」

 イオナは、灰色の毛深い耳をぴくぴくさせた。

「パーティーがあるんだろ」

 俺は窓のそばで固まった。キャラになりきっているのだろうか? それとも――いや、まさか、ほんとうに小学生なのか? 登録禁止年齢だぞ?

 俺は考えるのをやめた。参加者の選抜はオブデロード卿の責任だ。俺じゃない。

「パーティーはあとだ、さっさと回らないと、集合時刻に間に合わない」

 俺は電嵐でんらん城のマップをひろげた。これもチート能力だ。

「俺たちが今いる場所は……どこだ?」

 モンティは横合いからマップをのぞき込む。

北館きたかんじゃない?」

北館きたかん? ……ああ、地図の、上半分か」

 俺が地図と格闘していると、イオナがふいに、

「腹が減ったぞ〜」

 と、間の抜けた声をだした。

「なんだ、獣人は、満腹パラメーターの減りが早いのか?」

「まんぷくぱらめえたあって、なんだ?」

 俺は、唖然とした。ここまで役になりきれるものなのか?

 この世界では、妙なリアリティを出すために、空腹感が設定されていた。ゲームに夢中で空腹に気づかず、昏睡して病院に運ばれたプレイヤーがいるというハプニングを契機とした規制の一種らしい。そして、そのパラメーターは【満腹パラメーター】と呼ばれていた。プレイヤーならだれでも知っている設定だ。

「このあたりに、食べ物はないのか?」

 イオナは、鼻をくんくんさせた。

「犬のマネなんかしたって、分かるわけないだろ」

「あ、イオナをバカにしたな? 分かるぞ。イオナは鼻がいいんだ」

 そうかそうか、と、俺は適当にあしらいかけた。

 そして――ハッとなった。

「ほんとに、鼻がいいのか?」

「ほんとだぞ」

 俺はポケットから、一枚の金貨を取り出した。

 ピンと器用にはじいて、ひとさし指に乗せ、イオナの鼻頭に突きつけた。

「これのひとつまえの持ち主が、分かるか?」

 イオナは、鼻息がかかるくらい接近して、金貨の匂いを嗅いだ。

「……名前は分からないぞ」

 あたりまえだろ。そんなことは、さすがに訊いていない。

「男か女か、どれくらいの年齢か、答えられるか?」

「うぅん……男だな……赤ん坊だ……」

 正解だ! 俺は金貨を垂直にほうって、手のひらにキャッチした。

「上等だ。おまえ、さっき、死体の匂いを嗅いだよな?」

 イオナは、こくりとうなずいた。

「さすがに、死体は食べないぞ」

「そのとき、短剣の匂いも嗅がなかったか?」

 ポンと、モンティも手をたたいた。

「ルーズ、頭いいわね」

「だてにチート屋をしてるわけじゃないんでね」

 イオナは、俺たちの会話が理解できないのか、耳をぴくぴくさせた。

「ああ、嗅いだぞ……だから、どうしたんだ?」

「短剣の持ち主の、性別と年齢は?」

「女で、おばさんだぞ」

 女で、おばさん? ひとりしかいない。

「マダム・ブランヴィリエ……いや、さすがに部外者か……」

「ブランヴィリエだぞ」

 俺は、えっ?となった。

「そこまで分かるのか?」

「当たり前だ。本人が近くにいたら、分かるに決まってるぞ」

 ――なんだ、これは? どう考えればいい?

 となりに立っていたモンティも、困惑していた。

「ブランヴィリエが犯人ってこと?」

「いや……ブランヴィリエだとは、思えないんだが……」

「どうして?」

「ブランヴィリエは毒殺魔だ。短剣で人を殺すとは、思えない」

「でも、イオナちゃんは、ブランヴィリエが短剣の持ち主だって言ってるわよ」

 俺は腕組みをして、じっくりと考えた――まるで、パズルを出されたと思ったら、ピースが二個しかなかったような感覚だ。組み合わせて終わり。

 こんなことが、あるのか? 賞金一億円なのに、あっけなさ過ぎる。

 俺は悩んだ。悩んで、ひとつの疑惑が浮かんだ――

「ルーズ、なにか気付いた?」

「いや」

 俺は、さらりと嘘をついた。これは、モンティにも言えない推理だ。

 つまり――俺たちは、おたがいに騙し合っているんじゃないだろうか? イオナの鼻がいいというのは、事実だと思う。金貨を渡されて、そのまえの持ち主が赤ん坊だとは、普通は思わない。あてずっぽうに答えるなら、中年男性か中年女性だろう。これなら、【中年】の概念が広いし、まぐれ当たりの可能性も高い――だからこそ、赤ん坊がうっかりさわったコインを使ったわけだ。俺も、そのへんは考えてある。

 だけど、そのあとの情報――短剣から、マダムの匂いがしたという情報――これは、信用しても、いいのだろうか? イオナは、さっきからおかしな言動ばかりしている。これが演技でないということを、だれも保証してくれない。オブデロード卿は、俺たちに単なる推理ゲームをさせたいわけじゃないだろう。仮にそうなら、協力し合って、それぞれに等しい報酬を払うと約束すればいい。

 そうではなく、競争させている。競争させている以上は、おたがいに嘘をつきあうのも、許容されているはずだ。

 俺はそこまで考えて、イオナを盗み見た。

 イオナは、うんと背伸びしたり、しっぽをひらひらさせたりして、遊んでいた。

「モンティ……今のは、ほかの連中に言うなよ」

「分かってるわよ、それくらい……でも、イオナの言うこと、信じられる?」

 さすがは、情報屋だな――俺とおなじことを考えているらしい。

「まあ、なにも手がかりがないよりはマシだ」

「それもそうね……で、このまま空中回廊を渡って、正門までぐるっと回ってもどる?」

「さすがに適当すぎるな。ひとまず、南館の部屋をチェックしよう」

 俺たちはいったん南館に戻って、室内のチェックを始めた。こちらのフロアにあるのは、武器や弾薬、魔道具、食料etc――ようするに、倉庫ばかりだった。

「これじゃ犯人が暴走したらやりたい放題だな……」

「そうね……あ、ルーズ、もうすぐ城内を出るわ。空中回廊くうちゅうかいろうよ」

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