第2話 チート使いの捜査
ふつうなら、ここで言い争いになり、だれかが部屋を飛び出しただろう。
そして、そいつが2番目の死体というわけだ。だが、そうはならなかった。
ヴラドは、ひどく落ち着いた声で、
「始まってしまったものは、しかたがありますまい。推理にとりかかりましょう」
と、俺たちをゲームにさそった。異議をとなえる者はいなかった。
まずは──そう、現場検証だ。俺たちは、贋金師ハッサムの死体をかこんで、このバカげた推理ゲームを受け入れた。あてずっぽうではダメなのか? 勝利条件はなんだ?
俺は心をおちつけて、死体を観察した。
爆殺魔ウィルソンは無精髭をなでながら、口の端をゆがめた。
「胸を正面からドスリ……か」
ウィルソンの言うとおりだった。死因は、心臓の短剣としか思えない。
そして、ウィルソンが【正面】にアクセントを置いたのを、俺は聞きのがさなかった。ほかのメンバーも、この意味を理解しているはずだ。
ウィルソンは、推理をすすめた。
「顔見知りの犯行ってことだな。でなきゃ、正面から短剣を持って接近するなんて、できやしねぇ。ハッサムと面識があったやつは?」
だれも挙手しなかった。
「ま、そりゃそうだわな」
ウィルソンは、肩をすくめた。彼が言いたかった続きは、こうだろう。
面識があっても、正直に申告するやつはいないよな、と。
こんどは竜人グウェインが、その巨大な口をひらいた。
「第一発見者は、だれなのかね?」
これには、ヴラドが答えた。
「マダム・ブランヴィリエです」
このやりとりを聞いて、マダムは紫煙を吐いた。
「あたくしを疑っておいでで?」
この問いに答えられる猛者は、なかなかいないだろう。そう思った矢先、後方にひかえていた聖騎士サリカが、こつりと鉄靴の底を鳴らした。
「第一発見者となれば、あやしまざるをえない」
「ずいぶんと単純な推理ね。それで賞金がもらえると思っているの? 一億よ?」
「金額の問題ではない。捜査の常道だ」
マダムは、フッと笑うように煙を吐き、聖騎士の顔をくもらせた。
ヴラドが、あいだに割ってはいった。
「マダム、死体を発見したときのようすを、お聞かせ願えませんか?」
ヴラドの問いに、マダムはほくそえんだ。
「聞いてどうなさるの? 頭から信じてくださるのかしら?」
「それは、ここにいる者たちで、判断することかと思います」
マダムはハイヒールを器用に動かし、二、三歩、徘徊した。
「そうね」
と一呼吸おいて、説明をはじめた。
「死体があるとは思っていなかったから、細かいことは覚えていないわ。あたくしがこの部屋に入ったときは、まだだれもいなくて……そう、だれもいないと思ったのよ。もっと遅れて来ればよかったと思って、部屋のなかをぶらついていたら、テーブルを半周もしないうちに見つけたの」
ヴラドは、
「死体を、ですか?」
と確認した。マダムは、あざわらった。
「ほかになにかあって?」
マダムは、その波打つ髪をかきあげた。
かすかに香水の匂いがした。
「死体には触れなかったのですね?」
「さわるわけないでしょう。汚らわしい」
「脈を確かめたりも?」
「脈? これで脈があったらゾンビだわ」
いや、このゲームのゾンビに脈はない。
もっとも、そんな知識は、今はどうでもよかった。
俺は一歩まえに出る。
「ひとついいですか」
事情聴取をすすめていた吸血鬼は、俺の介入をやや警戒した。
「どうかなさいましたか、ネグレクトゥスさん?」
「マダム・ブランヴィリエに質問があります。ここへ来たときの時刻を覚えてますか?」
マダムは、なにも答えなかった。そう、俺みたいな無名の若造がたずねても、答えは返ってこない。いつもそうだ。ゲームの世界に限った話じゃなかった。現実の世界でも、おとなは質問に答えたりしないのだ。あいてが自分よりも格上でないかぎりは。
「答えていただけませんか?」
返事はない。
「わかりました。それなら、俺が調べます」
不審がる面々を無視して、俺は死体にかがみこんだ。ひとさしゆびを伸ばし、死体にピントを合わせる。一発でうまくいけば、ご喝采。俺は指先が青白く光ったのを確認してから、空中をひと突きした。巨大な黒枠のスクリーンが現れる。マダムの悲鳴があがった。
そばにいたウィルソンが、俺の胸ぐらをつかんだ。
「おい、なにをした?」
俺は、ウィルソンの手を払いのけた。
あくまでも冷静に。口論にならないように。
「ウィルソンさん、おちついてください」
「なにをしたと訊いてるんだ」
「これは、贋金師ハッサムのキャラプロフィールです」
全員の視線が、スクリーンへと向かった。
死体のうえに浮かぶそれは、ちょうどテレビほどの大きさをしていた。
だが、ウィルソンは信じなかった。
「キャラプロフィールだぁ? そんなもんが出せるわけ……」
山岳服の少女、情報屋のモンティが、俺たちのあいだに割り込んだ。
「ちょっと待って」
少女は俺のほうに目配せした。
話してもいいか。そうたずねているように思えて、俺はうなずいた。
「このひとはね、チート屋のルーズさんよ」
「チート屋……ッ!」
ウィルソンの顔色が変わった。
「チッ、そういうことか」
ウィルソンは、忌々しそうに後頭部をかくと、絨毯を足蹴にした。
「なんで正直に自己紹介しなかったッ!?」
「名前を知ってもらっているのは光栄ですが、俺はただの一般プレイヤーです」
「嘘をつくなッ! ギルドで賞金首ランキングトップの男だろうがッ!」
「賞金額なんて、ただの飾りでしょう」
俺たちのやりとりにあきれたのか、モンティは「ちょっと」と大声を出して、
「今はケンカしてる場合じゃないでしょう。ここから出られなかったら、あたしたちは電子の藻くずと化しちゃうのよ? ふたりとも、わかってるの?」
と仲裁に入った。
ウィルソンは、ようやく俺からはなれた。
賞金首。だからどうしたのだ。そんなのは、周囲が勝手に決めたことにすぎない。
グウェインは、場をなだめた。
「すこし頭に血がのぼっているようだ。冷静になろう。このゲームの賞金首と呼ばれる者たちは、他のキャラクターから目をつけられている、ということにすぎないのだからね……しかし、ルーズくん、なぜチート屋であることを急に自白したのか、その理由を説明してもらえないだろうか?」
「理由、というのは?」
「きみがキャラクタープロフィールに干渉できることは、ほかの参加者と比べて大きなアドバンテージのはずだ。なぜそのアドバンテージを捨てた? あとでこっそりと覗いておけば、きみだけが情報を抜き取れたはずだ。ちがうかね?」
さすがの質問だと思った。
だが、これにはきちんとした理由があった。
「俺がこっそりプロフィールを覗き見たとします。そのあとで俺がチート屋だとバレたら、犯人の第一候補はだれになりますか?」
「きみだろうね、ルーズくん」
「というわけですよ、グウェインさん。俺は不必要な嫌疑を避けただけです」
「なるほど、承知した。では、ルーズくん、このプロフィールが、なんの役に立つ?」
「個人プロフィールには、クエストの開始時刻が記録されているでしょう」
このひとことで、まわりの空気も変わった。
全員が一斉に、プロフィールの【クエスト】欄を見上げた。
15:14 電嵐城に到着。【オブデロード卿の推理ゲーム】開始。
15:37 GAME OVER
最初に分析をくわえたのは、聖騎士サリカだった。
「リアルタイムで15時37分にリタイア……つまり、犯行推定時刻か。心臓を突かれている以上、即死とみていい。ゲームオーバーの時刻が、そのまま犯行時刻だろう」
聖騎士の指摘に、俺はうなずいた。
もしこれが撲殺や毒殺だったら、犯行時刻については誤差が生じたかもしれない。
だが、今回のような即死のケースはべつだ。
なぜなら、犯人は15時37分に、この食堂にいなければならないからだ。
「これとみなさんの……もちろん俺のも、ですけど、全員の入城時間を調べれば、ある程度はアリバイをチェックできると思うんです。すくなくとも、ブランヴィリエさんが本当のことを言っているかどうか、見極めることができるんじゃないでしょうか」
さっきまで難癖をつけてきたウィルソンが、まっさきに賛成した。
「名案だな」
「じゃあ、ここにいる全員、プロフィールを出すということでよろしいですか?」
ここで、聖騎士がリクエストをつけてきた。
「クエスト記録だけ、とはできないのか?」
聖騎士は、開示の範囲を狭めるように要求した。
「できますけど……必要ありますか? キャラプロフィールには、リアルの情報はなにも書かれていませんが」
俺の返答に、聖騎士はこう答えた。
「捜査に必要ない部分は、開示するにおよばないと思う」
それも、そうか。俺たちは、推理ゲームをしに来たんであって、おたがいの秘密──もちろん、ゲーム上の、だ──をのぞきに来たわけじゃない。
「分かりました。クエスト記録だけ出します」
俺は手早く照準を合わせて、その場にいる全員のクエスト記録を表示させた。
〔オードリー・ブランヴィリエ〕
15:39 電嵐城に到着。【オブデロード卿の推理ゲーム】開始。
〔ヴラド・フォン・グランバニア〕
15:58 電嵐城に到着。【オブデロード卿の推理ゲーム】開始。
〔グウェイン〕
16:04 電嵐城に到着。【オブデロード卿の推理ゲーム】開始。
〔ジャック・ウィルソン〕
16:15 電嵐城に到着。【オブデロード卿の推理ゲーム】開始。
〔サリカ・ガーデニアン〕
16:17 電嵐城に到着。【オブデロード卿の推理ゲーム】開始。
〔リラ・モンティ〕
16:55 電嵐城に到着。【オブデロード卿の推理ゲーム】開始。
〔ルーズ・ネグレクトゥス〕
16:55 電嵐城に到着。【オブデロード卿の推理ゲーム】開始。
〔イオナ〕
16:59 電嵐城に到着。【オブデロード卿の推理ゲーム】開始。
……なに? 俺はあぜんとした。
グウェインは、俺の違和感を代弁する。
「贋金師より先に来た者はいないな」
おかしい……死体が先に到着している? ありえないだろ?
俺は状況を整理する。ほかのメンバーもめいめいに推理を始めた。
モンティは自分のスクリーンを見ながら、
「あたしの到着時刻は、ぴったり合ってるみたいね。跳ね橋を渡るときに時計を確認したの。集合時間ギリギリだったから。16時54分だったわ。城門をくぐったのが55分っていうのも、納得がいく」
と告げた。俺がデータを偽造していないか、そこにも注意を払っているようだ。
「あたいがギリギリだったのも合ってるぞ」と狼女。「私も跳ね橋のところで、ウィルソン殿のうしろ姿をみた。改竄はされていないようだ」と聖騎士。
俺は腰に手をあてて、「では、信用していただけたようですね。ここから推測するに、ハッサムさんが一番乗り。そして、2番手のブランヴィリエさんが到着するまえに、彼は既に死んでいた。こう考えてよさそうです」
と、まあ、まとめればそういうことなのだが、これが大問題だった。
ヴラドはやや皮肉っぽく、
「参りましたね。全員にアリバイがある、と」
とつぶやいた。ただ、そう言いつつも、ヴラドは平然としていた。この吸血鬼、どこまでが素でどこまでが本音なのか分からない。
ところが、ここで、ウィルソンが大事なことを言い出した。
「ちょっと待て、全員に、じゃないだろ」
ウィルソンは、メイドのクレアを指し示した。
「こいつは最初から城にいたんだ。アリバイがない」
たしかにそうだ。俺たちはクレアに視線をむけた。
名指しされたクレアは、すこしもあせることなく、
「いいえ、わたくしにもアリバイがございます」
と答えた。
「どこにだ? デタラメは通用しないぜ?」
「ウィルソン様、わたくしは15時39分に、ブランヴィリエ婦人を正門でお迎えいたしました。この食堂から正門までは、空中回廊を使って10分以上かかります。わたくしがハッサム様を殺害したならば、婦人をお迎えにあがることはできませんでした」
ウィルソンはブランヴィリエに向き直って、ことの真偽をたずねた。
「残念だけど、彼女の言う通りだわ。あたくし、出迎えを受けましてよ」
ウィルソンは納得がいかないらしく、
「魔法だ、魔法。転送石でも使ったんだろ」
と、がなり立てた。ヴラドがここで首を左右に振った。
「いいえ、わたくしがここへ来たとき、魔術アイテムを使った気配はありませんでした。あの手のアイテムは……否、魔術全般は、フィールドに痕跡を残します。上級の魔術師ならば、簡単に感知できるような痕跡を……違いますか?」
これにうなずいたのは、ブランヴィリエとグウェインだった。どうやらこの3人は、上級魔法に自信あり、ということのようだ。
一方、ウィルソンは魔法がからっきしらしく、
「ほんとうか? 見落としてるんじゃないだろうな?」
と言いながら、疑心暗鬼のまなざしをヴラドにむけた。ヴラドは人差し指をあげ、ウィルソンにむかってなにやら呪文を唱えた。
「お、おい、なんかしやがったなッ!」
ウィルソンが自分を体をさわりまくっていると、グウェインがその大口をひらいて、
「落ち着かれよ。いまのは追跡の呪文だ」
と教えた。
「追跡……ああ、魔法使いを追っかけるときの呪文か」
「左様。ヴラド氏が追跡をかけたにもかかわらず、この部屋にはなんの変化もみられない。魔法を使った形跡があるならば、その地点を中心に緋色の靄がかかるはずだ」
「この部屋だって?」
ウィルソンは小馬鹿にしたように、
「通路かもしれないだろ? なんでこの部屋だって限定できる?」
と返した。この爆殺魔、口は悪いが、いろいろな可能性を考慮していて、案外に抜け目がないな。俺はそう思った。油断していると足元をすくわれそうだ。
グウェインはすこしも表情を変えずに、
「きみは魔法に通じていないようだ。その服装からして、なにか危険なものを取り扱っているのかもしれないが、憶測はよしておこう。いいかね、魔法というものは、フィールドだけでなくその術者にも痕跡をのこす。つまり、このなかになんらかの魔法を使った人物がいるならば、その人物にも靄がかかるということだ。そのような人物がいるかね?」
と、するどくたしなめた。
ウィルソンはねばる。
「それを無効にする呪文があったら?」
グウェインは首を左右にふった。
「そのような呪文は、実装されていない。追跡系の魔法は、治安部隊……つまりは、管理人のために作られたものだ。彼らの追跡をまぬがれるような手段は、認められていないのだよ。したがって、魔法を使って犯行現場から去った可能性はない」
グウェインが説明を終えると、ウィルソンは頭をかきむしって、
「魔法じゃないとしたら、こいつは完全犯罪ってことになっちまうぜ」
と舌打ちした。
マダム・ブランヴィリエは、
「1億円がかかっているのよ、これくらいの難易度でないと」
と、まるで他人事のように言った。俺も心のなかで同意した。
推理が暗礁に乗りかけた矢先、聖騎士サリカがふたたび鉄靴のかかとを鳴らした。
「貴殿らに、ひとつ提案がある。この城を、手分けして調べてみないか?」
この意見に、全員が顔を見合わせた。あまり気が進まないようだった。
「いかがなされた?」
聖騎士がたずねると、ブランヴィリエは気どった態度で、
「それこそ、証拠隠滅の機会を与えるようなものね。全員で一緒に行動しましょう」
と提案した。聖騎士はこれを拒否した。
「それがムリな相談であることくらい、ご婦人もお分かりかと思うが」
「あら、どうして?」
「ここには8人……いや、召使いも含めて9人いる。集団で行動するには多すぎる数だ。それに、ばらばらになったほうが、犯人にとっては都合が悪い」
俺は、その理由をたずねた。聖騎士は、そのするどい眼光を俺に向けた。
「招待状を読む限り、犯人はこのなかにいる可能性が高い。もはや逃げ隠れはできない。ならば、犯人はどうするか? 私たちを言葉巧みに誘導して、真相から遠ざけようとするだろう。そのとき、九人が一緒に行動していては、集団心理で口車に乗せられてしまうやもしれぬ。個別に推理をすすめたほうが、犯人にとってはやっかいなはずだ」
「なるほど」
俺はうなずいて、「俺は、サリカさんの意見に賛成です。ちょうど9人いますし、3グループに分かれませんか」とほかのメンバーをさそった。それでも納得しない面子がいたので──ブランヴィリエだった──、こう付け加えた。
「招待状には、『城内にいる者のひとりが犯人だ』と書かれています。ひとり、つまり単独犯です。三人一組なら、襲われる心配もないでしょう。このままだと、死体と顔を突き合わせる以外にやることがありません」
「……分かったわ」
ブランヴィリエはそう言うと、キセルをふたたび咥えた。
「決まりですね。どう分けます?」
俺はくじを提案したが、それは却下された。好きな者同士で組むことになった。
なぜ? そのわけはすぐに分かった。ブランヴィリエは吸血鬼とウィルソンに声をかけて、さっさとひとつのグループを作ってしまった。サリカも、グウェイン、クレアとひとまとまりになった。俺は、くちびるを軽くむすんだ。
「なるほど……俺が一番疑われてる、と……」
ムリもないか。うらむつもりはない。それに、イオナ──この時点で一番役に立たなさそうな狼女──を押しつけられたこともわかった。
「ルーズ、そんなにしょぼくれないでよ」
おなじく余りもののモンティは、俺にニコリと笑いかけた。
「あたしで3だわ」
「……サンキュ」
俺は首を縦にふって、気をとりなおした。
「それじゃあ、役割分担を決めましょう。まず死体を……」
俺の司会はとりおさえられて、代わりにサリカが口をひらいた。
「死体は、私たちのグループに任せていただきたい。この部屋を調べつつ、クレア殿から事情をうかがう」
なるほど、それで召使いのクレアを引き込んだわけか。重要参考人というわけだ。俺はサリカの手管に感心した。ようするに、中立的な立場を装いながら、じぶんに都合のいいチームを結成したわけだ。クレアは重要な情報源だし、ここまでの言動からみて、竜人はそこそこ頭がきれる。俺も仲間にしたいくらいだった。聖騎士サリカ。さすがは暗黒騎士タルタロスを倒しただけのことはある。
しかし、決まってしまったものは、しかたがない。出遅れた俺が悪い。
「じゃあ、俺たちとブランヴィリエさんたちは、城内探索ですね。集合時間は、リアルタイムで20時ジャスト。場所は、ここ。それでは、お気をつけて」




