第14話 ドラゴンの診断
「この部屋? ……俺たち五人のなかに、犯人がいるってことですか?」
俺の声をかき消すように、暖炉の薪が爆ぜた。
「そうだ」
グウェインはそれだけ言って、先を続けなかった。小さな炎のカケラが、ゆらりと室内を舞う。呼吸の音。すやすやとした、イオナの寝息。そのすべてが、まるでこの場におあつらえむきのように感じられた。
グウェインは、俺の理解力を試しているようだ。それ以上は説明しなかった。
俺は、しばらく考え込む。そして、こう答えた。
「理由を教えてもらえますか? この部屋のなかに犯人がいる……それは、クレアが犯人じゃない、っていうのと、同義ですよね? なぜ断言できるんです?」
俺は単純に、グウェインがなにかを見落としているのだろうと思った。
もちろん、イオナが招待状をもらっていないことは、この場では黙っておく。モンティとサリカの承諾を得ていないからだ。それに、グウェインは、俺たちから有利な情報を引き出そうとしているだけなのかもしれない。迂闊には対応できなかった。
「グウェインさん、お答えいただけないんですか?」
グウェインは、ゆっくりと口をひらいた。
爬虫類特有のするどい歯が、暖炉の炎を反射した。
「きみたちは、クレアの正体に気づかなかったのかね?」
「正体? ……すみません、はっきりおっしゃってください」
「ハハハ、すまない。彼女は……」
ギィ……
蝶番の音に、俺たちは振り向いた。
グウェインの閉め方が悪かったのだろうか。
いや、ちがう――薄やみの向こうで、ひらりとメイド服のスカートが舞った。
「クレアさん?」
俺は立ち上がった。クレアは黙って、応接間に入り込む。カチャリと、サリカは剣に手をかけた。それは臨戦態勢を超えて、今にも斬りかかりそうだった。
俺は、サリカを右手で制した。
「落ち着け、攻撃はダメだ。俺がさっき呼んだから、来てくれたんだろう」
だが、サリカは俺の服を引き、一歩さがらせた。
「ルーズ殿、気をつけろ……殺気がある」
「えッ?」
クレアのほうへ振り向いた瞬間、頬に軽い痛みが走った。
ツーっと、温かいものが流れた――血だ。
サリカが大声をあげる。
「全員、伏せろ!」
サリカの剣が、空中を一閃した。金属のぶつかる音。光沢を帯びた鋭利な物体が、床に転がる――ナイフだ。俺は思わず顔をあげた。クレアの両手には、数本のナイフが器用に握られていた。クレアは後ろ向きに反り、俺たちに向けて両手を弓のようにしならせる。
サリカが合わせて動いた。
「でやぁ!」
サリカの踏み込みに、クレアは颯爽と宙を舞った。異常な身体能力。クレアは、床に伏せた俺の真上に降下した。反応が遅れて、背中にとてつもない重量がかかる。とても人間とは思えない重さだった。
「ルーズ殿!」
サリカはその大剣を振るって、クレアを弾き飛ばした。重々しい衝突音が聞こえる。サリカは俺を乱暴に立たせた。その彼女の背中に、クレアは強烈な蹴りをはなった。俺とサリカは抱き合って、そのまま壁にぶつかった。
あばらが折れたかと思うほどで、すぐには動けなかった。そこへクレアが再度、攻撃を仕掛けて来た。ヤバい。そう思った俺のまえに、竜人が立ちはだかった。竜人は大きく口をひらくと、炎を吐き出し、クレアを火だるまにした。
「逃げるぞ!」
竜人は、俺とサリカの安否を確認し、とびらのほうへ誘導した。
絨毯敷きの室内は、あっという間に炎に包まれた。
「グウェインさん、やりすぎですよッ!」
「ルーズくんッ! 敵はまだ死んでいないぞッ!」
ヒュッと、そばをナイフが通過した。俺たちは振り向きもせずに、入り口に殺到する。モンティがとびらを蹴破り、俺がイオナをかついで廊下へ脱出した。
去りぎわ、グウェインは室内にもう一発、巨大な火球をお見舞いした。
それをみて、俺は悲鳴をあげる。
「グウェインさんッ! 過剰防衛ですッ! 俺たちまで巻き込む気ですかッ!?」
「急げッ! おそらく倒せていないッ!」
「え?」
竜人は駆け始めた。俺たちは必死にあとを追う。
途中でふりむくと、熱気が顔にあたった。
俺は竜人と並走しながら、
「さすがに死んだでしょう。あのメイドの装備品は大したことなかったです」
と告げた。
メイドだから油断しているわけじゃない。他人の装備品は、相手がこどもだろうと道化だろうと、必ず確認することにしている。クレアについても当然、それが仮装用の安物なのか、それともメイド服に似せた戦闘用防具なのかを、きちんと見極めていた。俺の鑑定眼がまちがっていないならば、あれは安物の衣装だった。どこかの貸衣装屋で手に入るようなしろものだ。防御力はゼロに近いだろう。
ところが、グウェインは俺の読みをはずしてきた。
「なにか妙なことに気づかなかったか?」
「妙なこと……?」
「あのメイドには感情がない」
そのひとことに、俺は今までのクレアの反応を思い出した。なにを質問されても、顔色ひとつ変えないメイド――そうか。俺は愕然とした。
「BOT?」
「おそらく、な。しかも戦闘用だ」
「いつ気づいたんですか?」
「……」
竜人は答えなかった。
しかし、俺は竜人のこれまでの行動から、すべてを察した。
「そうか……グウェインさん、あなた、最初から……」
竜人には医学知識がある。俺はそう確信した。贋金師ハッサムの失血を診断したのは、サリカではなく竜人。だからこそ彼には、クレアが生身の人間ではないとわかっていた。瞳孔や呼吸、あるいは脈拍のようなものだったかもしれないし、関節の動きがリアルな人間とはどこかちがっていたのかもしれない。あるいはその全部だ。
「このサーバのBOTは手強いぞ。覚悟したまえ」
俺たちは角を曲がり、延焼から逃げ続けた。やはりグウェインはやりすぎだ。このままでは城全体が火事になるかもしれない。スプリンクラが作動する気配も、消火用ロボが出動する気配もなかった。セキュリティシステムが停止しているのだ。
食堂のとびらを開け、さらにそこも通り過ぎる。
どこへ向かっているのか、ルーズには見当がつかなかった。ただひとつ、ルーズは考えなおさなければならないことがあった。それは、クレアが犯人ではないこと。主催者が用意した、正真正銘のメイドだったということだ。殺人メイドだという点を除けば。それよりも、目の前を走るグウェインのほうに疑惑が起こった。この竜人は、クレアがBOTであることに気づいていたにもかかわらず、俺たちにそのことを教えなかった。
「ルーズくん、きみはこのゲームに誘われたとき、妙だとは思わなかったのかね?」
「それはそうですけど……まさか、BOTと殺し合いをさせるとは思いませんでしたよ」
竜人は、押し黙った――なにか、失言をしてしまったのか?
そう思う間もなく、俺たちは城の中庭に出た。四方を高い壁に囲まれ、上方には星空が見える。生垣からは、闇夜にまぎれてかぐわしい花の香りがした。
「グウェインさん、ここで迎撃しましょうッ!」
「私もそのつもりだ」
なるほど、最初からここが目的地だったわけか。狭い場所での格闘は、精密動作ができるBOTのほうが有利だ。広場に出てしまえば、人間の雑な動きでも互角になる。
俺はモンティにイオナを任せ、サリカ、グウェインたちと迎撃態勢をとった。
「サリカさん、タルタロスを倒したあなたの実力、ここで見せてください」
「それはこちらのセリフだ。賞金首ランキングトップの実力、拝見させてもらおう」
サリカの存在をこれほどまでに頼もしく思ったことはなかった。
それに、さきほどの戦闘からして、グウェインもそうとうな手練れだとわかった。
攻撃に全振りしかけていた俺とサリカのよこで、グウェインは柔軟に対応する。
「ルーズくん、転送機のようなものは見つけていないかね?」
グウェインの質問に、俺はハッとなった――南館の横穴にはポータルがあった。だが、あそこへ行くには、断崖を垂直に移動しなければならない。危険過ぎる。途中でクレアに襲撃されたら、奈落の底へ真っ逆さまだ。
「ひとつ知ってますけど、ここから移動するのは無理です」
「そうか……」
さすがにここで共倒れはマズい。俺からも情報提供をする、
「だれか、柊の紋章を見かけませんでしたか?」
「柊の紋章……? それがどうかしたのかね?」
「ポータルは、柊の紋章がついたドアの向こうにあります」
俺がそう言った途端、モンティが、
「それなら北館にひとつあったじゃないッ!」
と叫んだ。
そうだ。けれど、空中回廊が落ちた今、北館へ渡る方法はなかった。
俺は、グウェインとサリカに、似たような紋章を見なかったかどうか尋ねた。
ふたりとも、心当たりがないようだった。
グウェインは中庭の入り口を警戒しつつ、
「この広大な城にポータルがひとつとは思えない。それに、北館にしかないということもないだろう。おそらく、南館のどこかにもあるはずだ」
と推測した。
しまった。だとすると、中庭に出たのは失敗だったかもしれない。
南館のなかを駆け回りながら、ポータルを探すという手が取れなくなった。
「グウェインさん、城内にもどり……」
サッと、こうもりの飛び立つような音がした。
俺は夜空を見上げる。月を覆うように、人間の影が映った。
うえだッ! 俺たちは、四散した。さきほどまでサリカが立っていた場所に、クレアの鉄拳がめり込む。クレアは衣服が焼け、髪も焼け、樹脂製の皮膚には、若干の炎をまとっていた。目の焦点が合っていない。左目はショートしたようだ。
「目標ヲ発見……抹消シマス……」
クレアはサリカを狙い始めた。サリカは剣を構えたまま、俺たちに命令する。
「ここは私に任せろ! おまえたちはポータルを探せッ!」
クレアは容赦なく、サリカに襲いかかった。
サリカはクレアの鉄拳を受け止めて、はじき返す。
「なにをしているッ! 早くしろッ!」
「おまえだけ置いていけないだろッ!」
クレアの再反撃。サリカは、これも受け止めた。
「頭を使えッ! 戦いながらポータルを探せるわけがないッ! クレアは私が足止めしておくッ! おまえたちはポータルを探せッ!」
サリカは、剣をバットのように打ち込んで、クレアを城壁に叩き付けた。
強い。さすがは聖騎士だ。
だが、クレアはすぐに起き上がった。
「サリカ! どこかに電子頭脳があるはずだッ! それを破壊しないとッ!」
「わかっているッ!」
クレアは猪突猛進に攻撃してきた。
サリカはふたたび大剣で一閃する。
クレアは体をひねりながら飛翔し、この剣戟をひらりとかわした。
このメイドロボ、予想よりも高品質かもしれない。それとも、俺がサリカを買いかぶりすぎだったのだろうか。暗黒騎士タルタロスを倒した以上、人外のそれだとばかり思っていた。
「ルーズくん、私もサリカさんに加勢する。きみたちはポータルを探しなさい。見つかったら、なにか合図を送って欲しい」
グウェインはそう言って、俺たちを後押しした。
「……すまんッ!」
俺とモンティとイオナは、城内へもどる。
辺りがキナ臭くなり、俺はそでで鼻を覆った。
「火の手が強過ぎるな……進めないぞ……」
「外壁から行きましょう」
俺とモンティは窓をぶち破って、夜空に顔を出した。
うえを見上げても、イマイチ距離が掴めない。
「任せて」
モンティはポシェットから鉤付きロープを取り出し、器用にくるくる回すと、うまく二階の欄干に引っ掛けた。
「さあ、昇りましょう」
「炎で焼き切れないか?」
「火山地帯でも使える万能ロープよ」
モンティを先頭に、イオナ、俺の順で二階に上がった。
そこはちょうど、テラスになっていた。
「しめた、客間のとなりだ」
俺たちは、城内に踏み入る――スプリンクラが作動したらしく、廊下は水浸しになっていた。なぜだ? 突然セキュリティシステムが作動したことに、俺は疑念をいだいた。でも、今はそれどころではなかった。城内の全焼は免れたらしく、プスプスと煙の残り香だけが気になる程度だった。中世風RPGには似合わない風景だが、時代錯誤でもなんでもいい。運営の安全意識に感謝する。
「モンティ、俺がイオナを背負うから、ひと部屋ずつ見てまわろう」
「了解ッ!」
俺たち三人は、真っ暗な廊下を、駆け出した。




