第13話 錯綜する推理
「ふたりとも、クレアを疑ってるでしょ?」
あまりにも強烈なジャブで、俺は一瞬、顔色を変えそうになってしまった。
ぎりぎりのところで平静を装い、こう返す。
「俺が提案したのは推理の披露であって、殴り合いじゃないんだぞ?」
「これだって立派な推理じゃない?」
「他人の意見を勝手に代弁することがか?」
「ふたりとも、イオナさんが招待状もらってないこと、知ってるでしょ?」
俺は音を上げた。
人物評価っていうのは、ほんとうにむずかしい。
「わかった、どうやら俺はモンティを過小評価してたみたいだな」
「ま、いいんだけどね、過小評価してもらったほうが助かるしさ」
俺はサリカに視線をむける。
「で、サリカさんもイオナが招待状をもらってないことは知ってたんですね」
「初耳だな」
「嘘ですね、それは。さっきからちょっと観察してましたけど、俺たちの会話を聞いているあいだ、なにも反論とか質問をしませんでしたよね? これは知っていた証拠です」
サリカは反論しなかった。
俺はこれを自白と解釈して、モンティと会話を再開する。
「で、それはどうやって知ったんだ?」
「いやぁ、だってさ、イオナさんって、なにも犯罪履歴なさそうじゃない? だから、オブデロード卿からの脅迫状なんか受け取ってないんじゃないかなぁ、って思って、さっき応接間で確認したのよね。そしたら、おなじ質問をルーズとサリカさんからも受けたって、しっかり白状してくれたわ」
また犯罪履歴の話だ。
モンティは、俺の受け取った招待状のことまでは突き止めていないようだった。
だったら、俺もてきとうにやりすごす。
「なるほどね、俺もたしかに食堂でイオナに確認したよ」
俺はちらりとサリカを盗み見た。
サリカはどのタイミングで確認したんだろうか。
サリカは黙っているばかりだった。
モンティはひとりで先を続ける。
「で、このあとの推理は簡単でしょ。イオナさんが正規の参加者じゃないなら、だれが正規の参加者なのかしら? もちろん、クレアさんしか候補者がいないわよね?」
俺もうなずいた。
「そうなる。クレアは最初から怪しかったし、アリバイもあやふやだ」
「で、さっきルーズが応接室を出てったのも、クレアさんを捜しに行ったのかな、と思ってさ。先を越されるとマズいから、あわてて追いかけて来たのよね。ヴラドとバトルしてたのは、かなりびっくりしたけど。ヴラドもおなじ推理だったのかしら?」
「いや……ヴラドはあくまでも俺をあやしんでた」
「そっか……」
モンティは、俺の言葉を信用しただろうか。
こればかりは真実なのだが。
俺はこの話題がすこしイヤだったので、逸らすように誘導する。
「じゃあ、俺たち三人がクレアを怪しんでる点では共通してるわけだ。となると、問題はクレアが犯人であることをどうやって証明するのか、だよな。モンティ、何か案は?」
モンティはパチリと指を鳴らした。
「クレアがオブデロード卿からもらったはずの招待状を捜すのは、どう?」
俺は、まぬけなくらいぽかんと口を開けた。
「……天才的だな」
「でしょ」
お世辞抜きで、だ。
招待状で証明するなんて、これまで考えてもみなかった。
ヴラドの推理が正しいなら、クレアは犯人役を指示された招待状を持っているはずだ。
しかも、ここでモンティが俺たちに推理を披露した理由もわかった。
「招待状を見つけるために協力しろ、ってわけだな?」
「そうよ。クレアさんがどういう実力の持ち主か、まだ分からないもの」
「ヴラドみたいに上級魔法使いの可能性もあるか……」
となると、サリカの協力が必要不可欠だ。
暗黒騎士タルタロスを倒した実力は、まだ俺たちのまえで発揮されていない。
ところが、サリカのほうが難色を示してきた。
「待って欲しい……私はクレアを疑っている、が、クレアを犯人とは断定していない」
これには、モンティも怪訝そうな顔をした。
「なんで? 状況証拠はそろってるのよ?」
「貴殿らは、ひとつ見落としていることがある」
「なに?」
「イオナがここへ来たのは偶然だ、ということだ。イオナが来なければ、クレアはどうするつもりだったのだ?」
モンティは、なんでもないかのように両手をひろげて、肩をすくめた。
「簡単よ。イオナさんは、知らない魔法使いにここへ来るように言われたらしいわ。その魔法使いがクレアさんなんでしょ」
「で、誘ったのはいいが、来なかったら? 私の記憶が正しければ、イオナが電嵐城に到着したのはこのメンバーのなかで最後だ。さらに、イオナはどこか子供じみたところがある。確実に城に来るという保証がなかったのではないだろうか? もしイオナが来なければ、クレアの計画は……クレアが犯人だと仮定してだが……大幅に狂うことになる。一億円と犯罪履歴を賭けたゲームで、そのような杜撰な計画を立てるとは思えぬ」
モンティは即答できなかった。
俺もできない。サリカの疑いには、有無を言わさぬ説得力があった。
モンティはパンと手をあわせて、それをさすった。
「なるほどねぇ……じゃあ、サリカさんはだれが犯人だと思ってるの?」
「私は、なるべく偏見を持たないように努めている」
「あたしやルーズが犯人である可能性もある、と?」
「竜人とイオナが犯人である可能性も消去していない」
イオナまで入れるのか。さすがにそれはないと思うんだが。
モンティはくちびるを固く結んだ。
「ふむむ……じゃあ、あたしの推理はこれで終わり。お次は?」
俺はサリカを見たが、無視された。
こんどこそ言い出しっぺの法則のようだ。
俺は咳払いすると、早速、推理を始めた。
「正直、モンティの推理でだいたい済んでるんだが……解決してない点は多い」
俺はひとつずつあげていく。
「まず、ハッサムの殺害方法だ。俺はクレアが犯人だと思ってるが、クレアにはアリバイがある。正門でマダム・ブランヴィリエを出迎えたというアリバイがな。次に、ウィルソンだが、ウィルソンは事故死の可能性もあるから、これは後回しにしよう。いずれにせよ、そのときのクレアにはアリバイがないから、トリックを考える必要もない。最後に、マダムだ。毒の種類も毒を盛った方法も不明だ。紅茶に毒が入っていたならクレアにはいくらでもチャンスがあるが、そうじゃないようにみえる」
俺のまとめに、ほかのふたりもうなずいた。
「ルーズ、なかなかまとめうまいじゃない」
「褒めてもなにも出ないぞ。で、ふたりは一番目と三番目の論点について、どう思う?」
先に答えたのはモンティだった。
「マダムについてなんだけど、やっぱり普通に毒殺だと思うのよね」
「理由は?」
「毒物にはね、体内の分泌物と混ざることで効果を発揮するものがあるの。例えば、青酸カリがそう。青酸カリは、胃液と混ざることで猛毒になる。ルーズは、マダムの肌に紅茶をかけてもなにも起きなかったから、紅茶には毒が入っていないと考えたんでしょ? でも、胃酸とか胆汁に反応する毒物なら、その推理は誤りよ」
俺はうなった。腕組みをして、じぶんのあごをなでる。
「なるほどな……その点は、もういちど検討する必要がある」
俺は、サリカにもなにか案はないかとたずねた。
すると、サリカはしばらく瞑想し……とんでもないことを口走った。
「ルーズ、モンティ……このゲーム、棄権する気はないか?」
真っ先にNoを突きつけたのは、モンティだった。
「ダメよッ!」
「なぜだ? これ以上の殺し合いは、なんの益も生まない……違うか?」
「違うわ。賞金がかかってるんだし、それに……」
「それに?」
「途中棄権は、オブデロード卿の指示に逆らうことになるわ……そうなったら、あたしたちの過去が……」
あたしたちの過去――やっぱり、そうか。
リアルな犯罪履歴のあるメンバーが集まっているわけか。
俺とイオナを除いて。
「ならば……ゲームを続けるしかないな」
「そうよ。だいたい、ゲームのなかで殺されても、リアルに影響は出ないわ。どうして棄権しなくちゃならないの?」
モンティは、ずいぶんと必死の形相で、サリカを説得した。俺は――出会って短時間の女に対する先入観だったのかもしれないが――すこしばかり失望した。結局、ここに集まっている連中は――俺も含めて――欲に目のくらんだ犯罪者ばかりなのだろうか。
サリカも、やや悲しげな表情を浮かべた。
「わかった……ルーズ、さきほどのトリックに関する質問だが、私にはまだ目星がついていない。だから、この推理合戦には、べつの視点から挑ませてもらう」
どうやら俺の番は終わって、サリカにバトンタッチするかたちになったようだ。
俺は、その視点をたずねた。
「殺害の順番に、傾向があると思う」
「傾向……? どこにだ?」
「今日の昼、三つのグループに分かれたな?」
「ああ、それはサリカ自身の提案だったろう。俺、モンティ、イオナのグループ、サリカ、竜人、クレアのグループ、それから……」
俺は、眉をひそめた。
「それから……ウィルソン、マダム、ヴラドのグループだ」
サリカはうなずいた。
「三番目のグループが、全員死亡している。なにか、おかしいと思わないか?」
「……偶然じゃないか?」
「偶然にしては、出来過ぎだと思う」
「そうは言っても、あのとき三グループに分かれたのは、たまたまだ。そのうちのひとつのグループを優先して殺害する動機は、どこにもないと思うんだが」
俺は、かなり半信半疑だった。
動機までは分からない。サリカも、そう答えた。
「しかし、この三人には共通点がある」
「共通点?」
共通点なんか、あるわけ――待てよ? あのとき、ウィルソンとヴラドとマダムは、なんであっさりと、3人1組になったんだ? あれじゃあ、お互いに知り合いだったみたいな雰囲気じゃないか。
「もしかするとモンティ殿はすでに入手済みの情報かもしれないが……あの三人は、ガーデン湖の奇跡でお互いに面識があった」
ガーデン湖の奇跡――俺はその名前におぼえがあった。
「暗黒騎士ランスロットの英雄譚……いや、ピカレスクストーリーのことだよな?」
「そうだ。ちょうど一年前、暗黒騎士タルタロスが根城にしているガーデン湖に、大勢の勇者たちが訪れた。まあ、自称勇者だがな。目的は、賞金ランキング二位になったタルタロスの討伐だ。地方の有力豪族から、特別な報奨金も出ることになっていた。ところが、この勇者たちは、全員返り討ちにあった」
「ああ……ネットでも、すごい盛り上がってたな」
なにせ、何十人というトップ層のプレイヤーが、軒並み倒されたのだ。
しかも真剣勝負だったから、大勢がアカウント凍結に追い込まれた。
手塩にかけて育てたキャラクターを失って、涙したプレイヤーも多いという。
ここでタルタロスは一気に名声をあげた。ガーデン湖の奇跡というのは、この暗黒騎士の防衛戦を讃えてつけられたものだ。月夜の湖のほとりで、屍の上に立つ暗黒騎士。その顔は漆黒のマスクに覆われ、鎧は月光に黒光りする。ファンアートのひとつに、そんなシーンを描いたものがあった。
「そこにヴラドたちはいたっていうのか?」
「おそらく、な」
「おそらく? ……知ってるわけじゃないのか?」
「私は当時、あの場にいなかった。だが、かろうじて生き残ったメンバーのなかに、ウィルソンの名前があったことは覚えている。だとすれば、ヴラドとマダム・ブランヴィリエがいても、おかしくはない……ルーズ殿こそ、あの場にいなかったのか?」
俺は、いなかったと答えた。正直な回答だった。
「俺は逃げ専門なんだ。タルタロスとガチバトルをするほど好戦的じゃない」
「なるほどな……おかげで、賞金首ランキングは逃げ切りというわけか」
そんなことはどうでもいいだろうと思った。
が、口には出さなかった。
俺は話を本題にもどす。
「仮にその三人がガーデン湖の奇跡に居合わせたとして、今回の事件とどう関係がある?」
「それはわからん……が、ガーデン湖の奇跡については、妙な噂がある」
「噂?」
「なにか運営レベルでの【事故】があったという噂だ」
あいまいすぎる。
俺は半信半疑だった。
「その【事故】っていうのは? 俺は聞いたことがないぜ?」
「運営はそれを隠蔽したと言われている」
沈黙。
パチパチと暖炉で薪が爆ぜた。
つまり……過去の因縁ってことか?
事故がなにを指しているのか、俺は気になった。
とりあえず、三人に共通点があるかもしれないってことは分かったが……雲をつかむような話だ。しかも、クレアが犯人であるということを否定してるわけじゃない。やっぱりクレアが第一候補だと、俺は思う。
モンティも、今のサリカの話を理解しかねているようだった。
後頭部に両腕をまわし、憮然とした態度をとっている。
「サリカ、推理はそれだけなのか?」
コンコン
俺たちは一斉にドアをみた。
それは、崩落した空中回廊へつづく廊下と面したドアだった。
つまり、俺たちが戻ってきたときのルートだ。
尾行されていた? だれに?
「……クレアか?」
俺の問いかけに、迫力のある声が返ってきた。
「私だよ。グウェインだ」
なんだ、おどかさないでくれ……いや、竜人だからと言って気を抜くのはマズい。
俺はモンティ、サリカと目で合図をとった。
三人で臨戦態勢をとる。
「グウェインさん、入ってもいいですけど、じぶんでドアを開けてください」
「わかった」
ギィっと蝶番がきしみ、竜の顔が暖炉の炎に照らし出された。
「こんばんは、勇者たちよ。ずいぶんと用心深いのだな。けっこう、けっこう」
グウェインはそう言って、ゆっくりと部屋のなかへ入ってきた。
巨大な爪を持つ足が、絨毯に深く沈み込む。
グウェインは後ろ手でドアを閉めた。彼も彼で警戒しているようだ。
俺は代表して、
「なんのようですか?」
と尋ねた。
「さきほど、大きな魔法の力を感じてね……ひと悶着あったのだろう?」
俺は軽くうなずき返した。
「だれか亡くなったかね?」
「ヴラドが……」
俺は事情を説明した。
モンティも、俺がヴラドに襲われたことを証言してくれた。
「なるほど……座ってもいいかな?」
「どうぞ」
グウェインは絨毯のうえであぐらをかいた。
ひざに手をあて、まっすぐと背筋を伸ばす。
爬虫類の瞳で、俺たちを順繰りにみた。
「ふむ、イオナくんは負傷か……で、こうして三人で推理合戦をしている、と?」
「合戦ってわけじゃないです。情報交換です」
「では、私も混ぜてもらえないだろうか」
俺はサリカとモンティに確認をとった。ふたりとも異存なしだった。
「よろしい。早速、私見を述べよう。犯人はこの部屋のなかにいる」




