第11話 決闘!氷の嵐!
巨大なふたつの氷塊を、俺はバク転で避けた。すこし離れたパネルに着陸する。背後のほう――おそらく北館の壁――で、氷の破砕する音が聞こえた。あれが体に当たったら、木っ端みじんになってしまう。
「よけましたか……どうやら、攻撃魔法を完全には防ぐことができないようですね」
ヴラドは、そう言って微笑んだ。
チッ――図星だ。パネルの【魔法禁止】という属性は、足もとの地面に魔法をかけることを禁じる、というものだ。空中を浮遊する攻撃魔法には無力だった。このゲームでは、地面より上の空間になんの設定もされていなかった。設定がない以上は操作もできない。
ピキ……ピキ……
ん? なんの音だ? なにかが、地面を這ってくる音。
暗闇に目をこらすと、あたりは一面、氷の海と化していた。俺はあわてて、パネルの属性を変える。パリンと、周囲一メートル四方の氷が割れた。
だが、これは半分悪手だった。
「なるほど……能力の有効範囲が分かりました」
ヴラドは、両手からマシンガンのように、細かい氷塊を撃ち込んできた。すさまじいスピードだ。当たれば間違いなくケガをする。俺は仕方なくジャンプして、となりのパネルに飛び移ろうとした。着地と同時に属性を変えれば、なんとか――
「うおッ!?」
足が滑ったッ! とっくに氷結してるじゃないかッ!
俺は、スケート場で転んだかのように、お尻をつき、くるくると回転しながら、地面を滑走した。立ち上がろうにも、もはやタイミングがとれない。そのまま、断崖のほうへ流されて行く。
「マジかよッ!?」
俺は腰から短剣を抜いて、地面に突き刺そうとした。その手に、鋭いつららが刺さる。俺は悲鳴をあげて、短剣を落とした。
俺は大声をあげて、断崖にダイブした。爪が剥がれるのも恐れず、手当り次第に手を伸ばした――ん? 落下が止まった? 俺は目を開けて、あたりを見回した。だれかに助けられて――いや、違う。
俺が落下した場所、そこは例の横穴の真上だった。断崖のパネルが【重力床】になっていて、たまたまそこに手を触れたのだ。九死に一生――安堵したのもつかの間、パラリと頭上に小石が落ちてきた。ヴラドが崖のうえから、こちらをさぐっているようだ。
俺は息を殺した。
……………………
……………………
…………………
………………
「少々、やり過ぎましたか……トリックを聞き出せませんでしたね……」
ヴラドの独り言――ほんとに俺を犯人だと思ってるのか?
完全な濡れ衣だ。
俺が憤るなか、比較的大きな石が落ちた。ヴラドが立ち上がったらしい。
ホッとしたのもつかの間、周囲の気温がふたたび下がった。
頬に痛みが走る。氷弾の一斉掃射が始まった。
「念入りに殺す気かよッ!」
俺は落下のリスクも恐れず、そのまま横穴のうえまで一気に滑り落ちた。ギリギリのところで穴に飛び込み、氷をかわす。背中に痛みが走った。後ろを振り返ると、雨霰のごとく、魔法が打ち込まれていた。
俺は、痛みが走った場所に、指を這わせた――ジャケットが破れて、軽い切り傷ができていた。頬からの出血も確認する。だがいずれも致命傷ではなかった。
俺は、命があったことに感謝して、その場に腰をおろす。
トリックを聞き出せませんでしたね……
なにがトリックだ。俺は犯人じゃない。そんなものは知らないし、こっちが教えて欲しいくらいだ、と、怒りに任せるのは簡単だが、ヴラドの疑念は、合理的なものだった。俺だけ――イオナがそもそも招待状を受け取っていないことは別にして――他のメンバーとは異なる招待状をもらっている。もしそれが事実なら、俺が犯人である可能性は、十分高いと言わざるをえなかった。そうでないと言い切れるのは、俺が俺だからに過ぎない。他人の意識はのぞき込めないから、ヴラドには、俺が無実であることが分からないのだ。
それにしても、なぜ俺の招待状だけ……? この問いに答えるには、オブデロード卿とじかに会って、真意を問いただすしかないだろう。もしかすると、俺はダミーに選ばれたのかもしれない。推理小説だと、いかにも怪しそうな人物が用意されて、探偵や読者の目をあざむくことが、よくあるじゃないか。チート屋という時点で、俺は十分に怪しい。
スーッと、あたりが静まり返った。氷がぶつかり合う音も止んで、あたりに、夜の静寂がもどった。俺は念のため、しばらく様子を見た。
……………………
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…………………
………………
ほんとうにいなくなったのか? 俺を殺し切ったとみて、撤退したのだろうか。俺は横穴から、ちらっと顔をのぞかせて、夜空を見上げた。不自然に星が見え隠れしている様子もない。ヴラドは、どこかへ行ってしまったようだ。
俺は【重力床】のパネルに沿って、南館へ這いあがった。
あとすこしで縁に手が届く。
そう思った矢先、女の声が聞こえた。
「あなた、そこでなにしてるの?」
相手を詰るような声――モンティだ。
つづいてヴラドの声も。
「おやおや……モンティさん、今宵も、ご機嫌うるわしゅう……」
「ヴラド公、そこでなにをしてたの? 魔法を使ってなかった?」
「こうも退屈ですと、腕がなまってしまいますもので……」
「嘘……嘘よ。さっき、ルーズの悲鳴が聞こえたわ。ヴラド公、あなた……」
三たび、周囲の気温が下がった。
魔法を使う前兆だ。俺は大急ぎで崖から這いあがり、広場へ躍り出た。
案の定、ヴラド公はこちらに背を向けて、魔法を詠唱している最中だった。
「ヴラド! 俺は生きてるぞッ!」
ヴラドはハッとなって、こちらへ振り向いた。その隙を狙ったかのように、モンティはポシェットから、鉤付きのフックを取り出す。俺とイオナを、空中回廊の崩壊から助けた道具だ。
でも、それは俺の望んでいた行動じゃなかった。逃げて欲しかったのだ。
「モンティ! 逃げろッ!」
モンティは俺の警告を無視して、ヴラドにフックをはなった。
その瞬間、彼女の足下まで忍び寄っていた氷が、全身をおおった。彼女は突き上げられるように宙へ舞い――そして、氷漬けになった。
「情報屋の分際で、魔導士に楯突くとは、愚かな……」
俺はモンティを助け出そうと、前に出た。助けるのは簡単だ。彼女を覆う氷は、接地していた。そこのパネルを魔法禁止にすればいい。氷漬けになったくらいでキャラクタは死亡しない。ヴラドは俺に対処するため、先にモンティを動作不能にしたのだろう。
だが、すぐに氷の刃が飛んできた。
足もとの石畳に、つららがサクリと突き刺さる。俺は立ち往生してしまった。
「まだ生きていたのですか……どのような魔法をお使いで?」
「とうとう、俺以外にも手を出したな……化けの皮が剥がれてるぞ」
俺の非難――ほとんど時間稼ぎの名目だった――を受けて、ヴラドは笑った。
「ハハハ……身にふりかかる火の粉は、払わねばなりますまい。それに、探偵役は少なければ少ないほうが、分け前も増えるというものですよ」
「ヴラド、おまえ……事件を解明したら、全員殺す気だったな?」
「物騒なことをおっしゃる。ここはゲームのなかなのですよ? 死亡ないし気絶したプレイヤーは、リアルへ送り返されるだけです……もっとも、あなたの場合は、オブデロード卿に犯罪履歴を暴露されて、刑務所行きということになりそうですが」
「俺は犯人じゃないって言ってるだろッ! 話を聞けッ!」
ヴラドは、軽蔑するような笑みを浮かべた。
「まだシラを切りますか……よろしい、トリックごと吐かさせてあげましょう」
気温の低下――だんだん分かってきた。こいつの魔法を使うタイミングが。
速攻タイプじゃない。魔力が大きい分、発動に時間がかかるパターンだ。
俺は足もとのパネルを操作して、次々と【魔法禁止】の領域を広げていく。
問題は、あの空中攻撃をどう受け止めるか――これだけだ。
案の定、氷の弾幕。第一波を、俺は地面スレスレに伏せてやり過ごした。第二波のチャージまでに、策を練る――が、思いつかない。こいつの魔力は、本物だ。王都の上級お抱え魔導士と同じくらいか、それ以上。
MP切れは期待できないし、下手に前進したら切り刻まれてしまう。
「ハハハ、逃げるだけでは勝てませんよ」
「くそッ! なにかいいアイデアは……ッ!」
第二波――今度は、やや低めの軌道。俺は即座に足場を【バネ板】に変えて、そのまま空中へ飛び上がった。
「なにッ!」
「これでも喰らえッ!」
とっさの判断だったが、やぶれかぶれでヴラドのところまで飛翔する。
蹴りをはなとうとした瞬間、巨大な氷の壁が、俺に体当たりしてきた。俺は全身に強烈な痛みを感じて、後方へ吹っ飛ばされた。
すぐに体勢を整えて、なにが起こったのかを確認する。
ヴラドは、水晶の形をした氷壁のなかに、ゆったりと浮遊していた。
「攻防自在ってわけか……」
俺は、くちびるから流れる血をぬぐった。
「ルーズくん、あなたが賞金額ナンバーワンプレイヤーなのは、ただ逃げ回っていたからにすぎません。こうして対戦してみれば……ふむ、なんのことはない、二流冒険者です」
ふたたび余裕をみせ始めたのか、ヴラドは丁寧語になった。
MP切れを狙うか? 無限にMPを付与されたキャラは存在しない。とはいえ、ヴラドがMP回復アイテムを所持していたら、一時間くらいは余裕で魔力を維持できる。長期戦になればなるほど、魔法攻撃のできない俺には不利だった。
俺は、それまでの鬱憤が爆発したかのように、激しく攻め込んだ。
咆哮をあげ、一直線に切り込む。
「暴走しましたか……では……」
ヴラドが攻撃態勢に移ろうとした瞬間、俺は足もとのパネルに触れた。
パネルステータス
種類:火山地帯
特殊:なし
周囲の気温が、一気に上昇する。
「なにぃッ!?」
「おまえは、俺をナメすぎなんだよッ!」
俺は猛スピードで駆け回って、次々と足場を溶岩の海に変えた。
普通なら、自滅に見える行為――だが、俺の履いている靴は、溶岩地帯をそのまま歩行できる、特殊ブーツだった。普通なら、火山マップでしか使わないような靴だ。そのあたりをチェックしていないあたりが、ヴラドの観察力のなさだった。
「こ、氷が溶ける……ッ!」
ヴラドを守っていた氷の水晶が、瞬く間に溶けて消え去った。
俺は溶岩を飛び飛びに移動しながら、腰の短剣を抜く。
あと数歩のところでジャンプして、その澄ました顔面に切り掛かった。
「暴風雪!」
「この温度で効くわけが……ッ!?」
俺は、強烈な水鉄砲を喰らって、遠くに弾き飛ばされた。あわや溶岩に突っ込みかけたところで、ギリギリそのへりに着地する。消防車のホースで洗い流されたような格好だ。水流は、執拗に襲いかかってくる。俺は逃げ回った。
「くそッ! 溶かしても意味ないのかッ!」
物理的な水の使い方をされては、終わりだ。俺は歯ぎしりした。
「さあ、今度こそ観念してもらいましょうか……トリックを……」
そのときだった。浮遊するヴラドに、黒い影が襲いかかった。
ヴラドは地面に押し倒され、なにやら大声をあげた。
「このバカ狼がッ!」
……イオナだッ! イオナが助けに来てくれたんだッ!
俺は気を取り直して、短剣を拾い上げた。
「イオナ! 今行くぞ!」
俺が叫んだのも空しく、イオナは「キャン!」と悲鳴をあげて、地面に放り出された。
ヴラドの体が、ふたたび宙に浮く。犬歯を剥き出しにして、血に染まったひたいを押さえていた。
「このヴラドの顔に、傷をつけるとは……」
ヴラドはイオナに向かって急降下すると、そのまま彼女の顔を手で押さえた。強烈な水流がほとばしり、イオナを水浸しにしている。最初、なにをしているのか、俺には判然としなかった。まるで、子供の遊びみたいだ。
「内蔵を破裂させて死ねッ!」
ああッ!? 胃に水を流し込んでるのかッ!?
俺は愕然とした。
水責め。この世で最も苦しいと言われる拷問じゃないか。
「イオナっ!」
俺は無意識のうちに、飛びかかっていた。




