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生者の選択

 小さな扉をくぐった瞬間、まぶしい閃光がはしった。

 おもわず目をつむる。まぶたの裏側がようやく光を感じなくなったころあいに、おそるおそる目をひらくと、黒髪の美人さんが一瞬見えて、それから視界はまっくらにふさがれた。

 ぎゅうっとあたまを引き寄せられて、からだ全体を拘束される。ふわふわしたやわらかいものがわたしのからだに絡みつく。あまりにぎゅうっとされていて、痛いのは我慢できるのだけれど、鼻も口もふさがれてしまっていて息ができない。くるしい。

 ばたばたとからだを動かして訴えると、通じたみたいで、拘束がゆるまる。

 ぷはあっとまぬけな声をだして、顔をあげると、予想通り、エルゼさんが大きな瞳をうるませてわたしを見下ろしていた。

「リンちゃん!よかった、戻ってきてくれたのね……」

「うん」

 エルゼさんの腕の中は、安心する。

 これは、きっと、彼女がわたしにちかしい存在だからだ。精霊族は不定形で、半永久的で、命の短い他のヒト族とはどこか違う。

 彼女の悲しみの理由を、ふいに知った気がした。

 命の長さが違うから、彼女はいつもおいてけぼり。たくさんのひとを見送って、おだやかに暮らしていたというのに、彼女の愛した村は、黒い影に群がられて、廃れてしまった。けど、その影達を彼女は傷つけようとはしなかった。

 もしかしたら、エルゼさんは知っていたのかもしれない。あの黒い影達はみんな、一度は彼女が見送った村びとたちで、なにかの間違いで、戻ってきてしまっていたことを。

「ここ、どこなの?」

「王都の宿屋の一室よ。ノルド君が借りてくれたの」

 王宮とか、神殿とか、へんな場所じゃなくてわたしはひとまず安心した。

「なあ。あいつ、一緒じゃないの?」

 なんだか、ずいぶん、久しぶりにノルド君の声を聞いた気がする。顔を横に向けると、黒髪の少年が心配そうにしていた。

 アキちゃんの手を握っていたはずの右手は、いまはなにも掴んでいない。それが答えだと思った。

 わたしはこちら側に戻ってきたけれど、アキちゃんは戻ってこれなかった。

 わたしには、アキちゃんをこちら側に引き寄せる力がなかったんだ。一度死を迎えていると教えられたアキちゃんは、ある種の引け目を感じてしまったのかもしれない。アキちゃんは、こちら側にくることを拒んでいた。彼の気持ちを動かすだけの理由に、わたしはなれなかったのだ。

 それはとても寂しいことに思えたけれど、喜ばなくてはいけないと思った。

 だって、彼は、やっとリンの呪縛から解放されたのだ。そして、わたしは、存在する理由を失ってしまった。

 すべては元に戻るのだ。ふたつにわかたれた世界がひとつに戻ろうとするように、わたしも、わたしに戻らなくてはならない。

「エルゼさん、わたし、神の子に会いに行くよ」

 エルゼさんは、なにもいわず微笑んでいる。

 反対に、飛び上がるくらい驚いたのはノルド君だった。彼は、尻尾と耳を逆立てて、まくしたてた。

「は?なにいっちゃってるの、おまえ。会えるわけないじゃん!それより、あいつ、アキサリスは一緒じゃなかったの?なんか、よくわかんない理由で神殿に軟禁されてるあいつを助けにいってたんでしょ?」

 なるほど。ノルド君には現状をそう理解されているらしい。

「うーん。わたしは、アキちゃんと一緒にいたかったんだけれど、アキちゃんはそうじゃなかったんだよ」

「意味分からないんだけど。じゃあ、あいつは軟禁されたままってこと?」

「ううん。もうへいき。だと思う」

「思うって……。おまえ、アキサリスのともだちでしょ。心配じゃないの?僕、すっげー落ち着かないんだけど。そりゃ、あいつは殺したって死なないくらい図太そうな神経してるけどさ、わけわかんないところにたったひとりで放り込まれたらふつう心細いじゃん」

 ノルド君はそこまで一気にいって、それからしまったという顔をした。

「……って、ごめん。おまえに言ってもしかたないよな。僕、カナンさんに頼んでみるよ。会うくらいなら許してもらえるかもしれない」

 わたしは首を振る。

 許すもなにも、もうアキちゃんはこの世にいない。この世界中を探したって、もういないのだ。だから、会えない。会いようがない。

 でも、その事実をノルド君に伝えるのはためらわれた。

 それ以前に、信じてもらえるかどうか。

 アキちゃんとノルド君は仲がよいように思えたけれど、わたしとノルド君はどうだろう。打ち解けられていると感じられる部分もあったけれど、エルゼさんのようにすべてをわかってもらえると思えるわけではない。

 わたしにとってのエルゼさんが稀有なだけで、ひととひととの関係なんて、目には見えない不確かなものだ。他人に全部わかってもらいたいなんていうのは甘えなのかもしれない。

 わたしは、いちどアキちゃんに拒まれた。だから、ノルド君に同じように否定されるのを恐れている。だって、やっぱり、わかってもらえないのはつらい。

 けど、拒まれることを恐れて、最初からわかってもらえることを諦めるのは、もっとおろかなことなのかもしれない。

「アキちゃん、死んじゃってたんだよ」

「は?」

 ノルド君は、ぽかんとしている。かまわず、わたしは言葉をつづけた。

 死者の国に迷い込んだこと、そこで知ったこと、ふたつに分かたれていた世界がひとつに戻ろうとしていること。そのとき、死者の国と生者の国が入れ替わってしまう可能性があること、そして、首飾りとアキちゃんのこと。ぜんぶ話した。

 エルゼさんは動じることもなく、納得してくれたみたいだった。

 けど、ノルド君は、きゅっと口を引き結んで、床に視線を落としたままだ。彼にかける言葉を、わたしはもっていない。

「ごめんね」

「謝らないでよ。謝ることじゃないでしょ。おまえが、本当のことをいってるなら」

 そのとおりだ。

「じゃあ、ありがとう。わたしの話を、ちゃんと聞いてくれて」

「……なんだよ、それ。僕、おまえの話、ぜんぶ信じたわけじゃないよ。信じたくないっていうほうが、正しいけど」

 それでも、ノルド君は最後までわたしの話を聞いてくれた。

 それだけでじゅうぶんだった。

「リンちゃんは、神の子に会いに行きたいのよね。神の子の座す森へ行くなら、人間族と、精霊族、それに獣人族の王様たちがもつ指輪が必要だわ。借りに行きましょう」

「いやいやいや。簡単にいっちゃってるけど、だいぶ無理な話じゃん、それは!」

 ノルド君は、いちいち反応がおおげさだ。

 わたしとエルゼさんは顔を見合わせた。

「大丈夫だよ。誠心誠意頼めば、こころよく貸してくれるはずだよ」

「ばかなの?ねえ、ばかなの?おまえってぶっちゃけどこの誰とも知れない馬の骨だよ!そんなやつに、大事なもの貸せると思うか?」

 そうはいっても、貸してもらえなければこまる。

 わたしが悩んでいると、エルゼさんがなんでもない風に言った。

「あら。私には難しいことに思えないわ。まず、獣人族の指輪は、ノルド君。あなたが用意できるのではないかしら?」

「え?」

「だって、あなた、族長のお孫さんなのでしょう?」

「けど、そんな、じーさんだって簡単には貸してくれないよ。ただ、神の子に会いたいからって理由じゃ……」

「そこは話の持って行き方次第だと思うわ。それに、私たちは集落で起こった面倒ごとを解決したわよね。少しくらい融通を利かせてくれると思うの」

「がんばってみるけど……けど、のこりのふたつはどうするつもり?」

「精霊族の指輪は、私がなんとかしてみせるわ。これでも、長く生きているから、それなりにつてはあるのよ。人間族の指輪だけれど、これはカナンさんを頼りましょう」

「でも、カナンさん、協力してくれるかなあ?」

 最後にカナンさんに会ったとき、彼は、わたしたちに対して疑念を抱いているようだった。簡単に、お願いを聞いてくれるとは思えない。ましてや、彼は王様の騎士だ。けして身軽な地位とはいえない。

 けど、エルゼさんは確信をもってうなずいた。

「大丈夫。だって、考えても見て。神殿はアキ君……神の子と推測している人物に対して強硬な手段をもって捕らえたわ。彼らは、何年も沈黙を守っている神の子に対して憔悴しているのよ。いま、この世界は黒い影の脅威にさらされていて、とても不安定だわ。だからこそ、ひとびとは、神の子の声を欲している。それなのに、いままで神の子の存在を確かめなかったのは、確かめたくても確かめられないから。だって、人間族のもつ指輪だけでは神の子との面会はかなわないのだもの。けど、それが、確かめられるとしたら……?きっと、人間族はくいついてくるはずよ」

 エルゼさんの言葉はもっともなように思えた。

 でも、問題はどうやってカナンさんに伝えるかってことだ。

「……獣人族の集落に戻る前に、僕がカナンさんに頼んでみるよ。獣体で走れば、集落に戻るのにそんなに時間はかからないからな」

「えっと、じゃあわたしは……」

「おとなしくしてれば?」

 ノルド君に一刀両断された。

 けど、ただ指輪がそろうのを待っているだけというのも味気ない。

 それに、ふたりにまかせっきりというのも気がひけるし、なにか、わたしにもできることがあるはずだ。

「カナンさんの説得、わたしも一緒にいくよ。役に立てるようがんばるから」

「その必要はないよ」

 部屋の扉の向こう側から、やわらかい男性の声が聞こえた。

 息をのむ。まさに、いま、わたしとノルド君が会いにいこうとしていた人物。カナンさんの声だった。

 ノルド君はあわてた様子で扉のカギを開けた。

「先輩、どうしてここに?」

「神殿からアキ君たちの姿が消えたと報告を受けてね。彼らが王都で頼るとしたら、ノルドくらいだろう。もしかしたら……と思って来てみたのだけれど」

 扉の向こうにいるのは、カナンさんひとりのようだった。

「さて、悪いけれど話は聞かせてもらったよ。リンちゃんの話は正直信じがたいといわざるをえない。死者の国があるなんて……ましてや、死者が黒い影になってこちらにやってきているなんて」

 ひと呼吸置いて、カナンさんはいった。

「けれど。神の子にお会いしたいという点において、神殿の意向と君達の都合は合致していると思う。だから、きっと、協力できるはずだよ」

 カナンさんの言葉に、嘘は感じられなかった。

 協力をしてくれるというのは本当だろう。神殿や王族と関わりのないわたしたちが勇み足で乗り込むより、よほどスムーズに手配をしてくれるはずだ。


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