みゆき、失恋の痛み
メグさんに叩かれて、みゆきはいたんだ頬をさする。
「何をするの?メグさん」
「その本を純君って子に返してあげないさい」
迂闊だった。メグさんはメモリーブラッドでみゆきの心が分かるんだった。それでさっきタッチしたときにみゆきの今日の行いをすべて知ってしまったのだ。
「そ、それは無理だよ。み、みゆき、純君に振られたら酷い事になってしまう」
「それは仕方がないことなんじゃないの!みゆきちゃん。もう一度言うよ、その本を純君って子に返してあげなさい」
「嫌。絶対に嫌」
「もう一発叩かれたいの?」
メグさんはその大きな目でみゆきを見下ろしながら見ている。みゆきはメグさんに怒られたのは初めての事だった。メグさんはみゆきの行いに酷くご立腹のようだ。
みゆきも分かっていた。純君に酷いことをしていることにでも・・・。
「メグさん聞いてよ。純君はこの本に呪われているんだよ。第一本が恋人なんておかしいとは思いませんか?」
「それは確かにおかしいと言うか、変わっているね。でも呪われて何ていないでしょ。その純君って子は本の声が聞こえて、その本に溺愛しているんだよね」
メモリーブラッドでそこまで分かってしまうのか?そうだよね。みゆきもメグさんの影響でメモリーブラッドを使えるのだ。
「そうだけど、みゆきはこの本よりも魅力的なみゆきのような女性に恋をするべきだと思うんですよ。それに純君は呪われているんですよ。この本に」
するとメグさんは目をおっ広げて凄い形相でみゆきの頬を思い切り叩いた。
一瞬何が起こったか分からなかった。これはみゆきにも味わったことのない痛みであり、いや痛みはそれほど感じないが、メグさんがみゆきを思う気持ちがジンジン伝わる。叩かれてもメモリーブラッドでメグさんの気持ちが通じる。本当は呪われてない、みゆきは呪われていると思いたいだけなのだと、メグさんのメモリーブラッドで分かった。
「分かりました。この本を今すぐに純君のところに返しに行きます」
みゆきは涙声でメグさんにそう伝えた。
「帰ったらおいしいシチューが待っているからね」
にっこりと笑ってみゆきに接してくれた。
メグさんのピンタは体感的には痛くなかったが、心に響く痛みであった。
みゆきは今すぐに純君の家に行ってこの本を返そうと思っている。
でも返したくないと言う気持ちもあった。これが葛藤と言う奴か?
みゆきの中で天使と悪魔が拮抗している。
みゆきの中の天使は言う。
『みゆきちゃん。早くその本を返してあげなさいよ。そうしないと一生後悔するかもしれないよ』
そして悪魔はささやく。
『みゆき、メグさんの言う事なんて聞かないでその本を人質に純君を思うままに操ってしまおうぜ』
『何を言っているのよ。この悪魔、みゆきちゃんに変なことを押しつけないで』
『甘いんだよ。欲しい男性だったら絶対に自分の物にするべきだ』
『でも、この本を返さなかったらみゆきちゃんは本当に一生後悔してしまうかもしれないのよ』
『後悔?』
『そうよ。純君はこの本を溺愛している。そんな物を水にでも浸してみなさいよ。そうしたら純君は死ぬほどのショックを受けて自殺してしまうかもしれないのよ。今日見たでしょ。姫、姫って泣いていたじゃない』
『そうか、後悔はしたくないな。おう、じゃあみゆきその本を純君とやらに返しに行ってやれ。かなり失恋の悲しみは続くかもしれないけれど、そうした方が良い』
みゆきはスマホを取り出して純君のスマホにかけた。すると純君はワンコールで出てきた。
『もしもし、純ですけれど』
「もしもし純君、この本だけれども返すことにするよ」
『本当に!』
と通話口から黄色い声が響いてきた。
「だから、みゆきは今日行った図書館で待っているから、そこに来て」
とみゆきは言った。
時計は午後六時を示している。図書館に入ると、図書館のこの本の匂いがたまらなく好きでみゆきもいつかは大作家になってやると思っている。今はネットの小説で遊びで投稿しているだけだが、いつか本を出せるような力を持ってみゆきはいつか文豪と呼ばれるほどの人になりたいと思っている。
そしてすぐに純君は来た。「はあ、はあ」と息を切らしている。みゆきの目を見つめて、純君のその目はキラキラと輝いている。
「やあ、純君」
「坂下さん」
「はい。純君」
純君が溺愛している純君の恋人である本を純君に返した。
「姫、無事だった。酷いことされなかった」
純君は本の声が聞こえるんだっけ、それに色々な本を見てきたんだろうな。それに純君に本を返すと、純君はみゆきの事なんて眼中にない感じだった。本当にショックだった。でもこれで良かったんだよね。どうしたんだろう?みゆきの目から大量の涙がこぼれ落ちてくる。凄く凄く大量の涙が流れ落ちてくる。拭っても拭っても大量の涙がこぼれてくる。
みゆきは涙なんて見られたくないのでその場から純君の元から逃げるように去って行った。これが失恋かあ。今まで失恋した子の自殺を止めた事は何度かあったが、これほどの心に衝撃が走るような痛みを被るのか?本当にみゆきは死にたい気分でもあった。みゆきは誰もいない公園のベンチの上で泣いていた。これが失恋の痛みなの?何てものすごい衝撃なのだろう。そんなんだったらもうみゆきは恋なんてしないと思っている。
何だろう。目の前が真っ暗に染まってきた。これが本当の絶望?まるでこの世がカタストロフィーインパクトに衝突したような衝撃だ。そうだ。こんな星なくなってしまえば良いんだとみゆきは本気に思った。拭っても拭っても涙が止まらない。みゆきはどうすれば良いの?誰か助けてよ。目の前が真っ暗で何も見えないよ。これが恋であり失恋であり、こんな辛い物ならもう二度と恋なんてしないとみゆきは思っている。
しかも雨まで降ってきた。みゆきの失恋による失恋に追い打ちをかけるように容赦なくみゆきを土砂降りの雨の中で泣くしかなかった。良く歌なんかで失恋ソングを何度も聞いたことがあるが、本当にこんなに辛い物なのかと思っても見なかった事だ。
本当に仕方がないことなんだよね。それでもみゆきは立ち上がるしかないんだね。でも立ち上がりたくない。まるで自分が世界一不幸な人間だと思ってしまう。みゆきは独りぼっちじゃないことは分かっているでも、この内臓をえぐるような心の痛みは止まらない。目の前が何も見えない。そう何も。
すると雨の中みゆきに傘を差し出す人物が現れた。みゆきは雨に混じった涙に染まった顔を上げるとメグさんだった。
「メグさん!」
「こんな所にいたら風邪をひくよ」
「もうみゆきの事はほおっておいてください」
するとメグさんはみゆきを抱きしめてくれた。すると涙はどんどんあふれ出てきて、終いには大声でメグさんに抱擁されながら泣いた。みゆきは思い切り泣いて思い切り叫んだ。こんなの小さな子供でもしないと言わんばかりの物だった。
今、みゆきが出来ることはメグさんの前で泣くことしかなかった。
「本当は心配だったんだよ。その本を純君って子に返してあげられるかどうか?でも私は信じていたよ。みゆきちゃんは良い子だから絶対にその本を返すことを」
そんなの言葉にしなくてもメモリーブラッドで分かっていた。言葉にする必要などないとみゆきは思っている。みゆきはメグさんの胸で思い切り泣いた。どれぐらいの時が経ったのだろう?それでもみゆきの涙は一向に止まらない。さすがにメグさんもみゆきの涙を受け止める事につかれてきている様子だった。
だからみゆきはいったん離れて、メグさんはにっこりと笑ってくれた。
メグさんはメモリーブラッドで分かったことだが、本当に良くやったと思っている。
メグさんはメモリーブラッドで言っていた。みゆきに思い切りたくさんのシチューをご馳走してあげようと。そう聞いてみるとみゆきはさすがに泣き疲れてお腹がすいていた。悲しい時、空腹を忘れてしまうぐらいの衝撃に見舞われてしまうが、メグさんの抱擁によってみゆきはもう涙は乾いていた。
でもシチューを食べた後、孤独な夜はやってくるとメモリーブラッドで聞いたことだった。
とりあえずみゆきはメグさんと一つの傘に土砂降りの雨の中を歩いた。
「ごめんなさいメグさん。そしてありがとう」
「みゆきちゃんはまた一つ大人になったね。恋って物は人を成熟させる事もあれば、人をダメにしてしまう事だってあるからね。もしその純君に本を返さなかったらみゆきちゃんはダメな恋をしてしまうところだった。実を言うと半信半疑だったんだよ。みゆきちゃんの中にいる悪魔にたぶらかされて、その本を純君の目の前で破ってしまうんじゃないかと思ったんだから」
確かにそうだ。みゆきは純君の本を返そうとしない悪魔のようなささやきがあった。でもその悪魔は天使に同調してくれた。人間の心の中には天使と悪魔が存在している事を知らされる。
みゆきはメグさんに連れられて、施設に招待された。
「さあ、メグちゃん。最初はお風呂に入ってから、暖かいシチューをいただくと良いよ」
とお風呂まで用意してくれるなんてみゆきは至れり尽くせりって感じでとても嬉しかった。でも、みゆきは決めた。もう恋なんてしないと。こんな思いをするぐらいならもう二度と恋などしないと。失恋がこんなにも辛いことを知り、みゆきは思い知った。
お風呂に入っているとキラリちゃんと武士君も入ってきた。
「ねえ、一緒に入っても良いかな?」
「って言うかもう裸じゃんもう入る気満々って顔をしているよ」
「まあまあ細かいことは気にしないで私達とも入りましょうよ」
「良いよ」
そう言うとキラリちゃんは浴室に入ってきた。
武士君も裸だ。武士君はもう小学四年生でみゆきやキラリちゃんの裸を見て、欲情したりはしないだろうか何て考えていると、キラリちゃんと武士君は将来結婚する約束をしているんだもんね。
「そう言えばメグさんから聞いたよ。純君に振られたんだってね」
メグさん余計な事を言ってくれるじゃないか。
「そうよ。みゆきはふられてしまったのよ」
そう思うと再び涙がこぼれ落ちそうになってきた。
「みゆきはもう恋なんてしないと決めたんだ」
「何を言っているのよみゆきちゃん。またいい人が現れて今度こそみゆきちゃんにも彼氏が出来るかもしれないよ」
「何を言っているのよ。みゆきはもう恋なんてしないんだから」
「うふふ、そんな事を言ってまた良い人がみゆきちゃんの前に現れるって、みゆきちゃんかわいいもんそれに悪い事もしないし」
悪いことか、みゆきは純君の溺愛している本を奪い取ってそれを人質にして純君をみゆきの物にしようとしたんだよな。どうやらメグさんはみゆきが悪いことをしたのは省いてくれたみたいだ。
みゆきはまた涙がこぼれ落ちそうになってしまった。キラリちゃんはまたいい人が現れるって言うけれど、もうみゆきは恋をしないと決めたのだ。
そうだ恋がこんなにも死にたいほどにも心を痛める物だなんて知ってみゆきは絶対に恋はしないとそう思っている。
そしてメグさんにシチューをご馳走になり凄くおいしかった。
みゆきがシチューを食べ終わると貴之がやってきた。
「貴之、なぜここに」
「姉ちゃんが恋に現を抜かしてバカやって絶望しているんじゃないかと思って来たんだよ」
貴之も貴之なりに心配してくれていたんだ。
「メグさん、私の弟の分のシチューは余っていませんか?」
「たくさんあるわよ。たんとお食べ」
「俺は良いよ」
すると貴之のお腹の音がぐうと鳴った。
「お腹すいているんじゃない。いつもカップラーメンじゃ体に毒よだから今日はメグさんのお手製のシチューを食べると良いよ」
「だから俺は」
「良いから良いから」
と言ってメグさんにシチューを持って貰って貴之を座らせて貴之に食べさせた。
「じゃあ、いただきます」
するとメグさんは満面な笑顔で「はい」と言って貴之は凄い勢いでシチューを食べ始めた。本当にお腹が空いていたんだなと思った。
「貴之、おいしい?メグさんが作ってくれた愛情たっぷりのシチュー」
「母さんが作る飯よりかはましかな」
「そんな言い方をするのはダメだぞ。もっと味わって食べろよな」
「分かっているよ」
そんな時メグさんが「明日は日曜日だから今日の所は二人とも泊まって行きなさいよ」
「良いんですか?」
「俺は良いよ」
するとメグさんは貴之の腕を掴もうとして、「やめてくださいよ」と言って貴之は腕を引っ込めた。
「メグさん。それだけはやめてあげて、貴之は心を読まれることを知っているから」
「確かそうだったね。ゴメンね。貴之君」
「・・・」
明日は日曜日とりあえず貴之と私は今日はメグさんの施設に泊まることになった。




