53話
○白猿の遺跡 神殿
観客席の猿達の熱狂的な、叫びとも取れる鳴き声が神殿を包む。
俺がペガルに有効打を与えたことに猿達は驚いている様だ。
しかし、今はそんなことを気にしている暇はない。
次はどう攻める……。
ペガルの様子を確認しながら、思考を回す。
さっきの様子をみていると予想外なことへの対応が不得意な様だ。
なら、予想できない様な動きをできればいいが……。
大体の戦闘方法を見せてしまっている現状、攻撃を加えられる回数が限られていると言うことになる。
時間が経てば立つほどこちらが不利になる……それにーー
俺の頭には俺が蹴り技を覚える要因となった兎、デム・シュトーセンが浮かぶ。
ペガルがデムと同じ類なら、HPが5割を下回ったところで本気を出してくるはず……。
飛ぶ斬撃、速射される複数の蹴りなど攻撃が強力なものへと変わり、戦い方も全く違うものへと変わる。
それを考慮した上で戦闘しなければならない。
ペガルのHPは全体の2割ほど削れたところで、動きを止める。
それを確認しているうちに、ペガルは身体を起こし、口元の血を拭う。
すぐに構え直し、その顔を覗く。
野性的な笑みを浮かべたペガルは、拳を構え、俺を正眼に捉えると、
「ツヅケヨウカ」
そう声を出す。
◆
「ツヅケヨウカ」
オレは腹部に感じる熱が少しずつ引いていくのを感じながら、そう目の前の異邦人に対して声を掛ける。
目の前の異邦人、ロイドは不思議な男だ。
最初、神殿へと入り、ヴァーニア様が姿を見た瞬間、全てを後悔したような絶望を見せたかと思えば、数秒後にはけろっとしていた。
それをみたときは、どれほど気楽な奴なのだと呆れてしまったほどだ。
装備品に関しても、靴のみがレベルとして突出してはいるが、その他のものが全て最下級品。
試練を受けるものとは思えないその姿。
ヴァーニア様の合図とともに、7匹の闘猿がステージ内に続々と入っていく時も、心ここにあらずと言う様な状態で、全くと言っていいほど緊張していない。
オレの視線の先にいる異邦人はどうやら相当な阿保らしい。
そう考えるとともに、ある感情が生まれた。
神より加護を授かる儀式に対する態度としてあまりにもあり得ないその姿。
まるで行き当たりばったりと言わんとも思える投げやり感。
「巫山戯テイル……」
オレの中に小さな憤りが沸き立つのを感じていた。
そうこうしているうちにも試練が始まった。
全く動こうとしないロイド。
動かない間に、闘猿たちのバフが完了してしまい、
やはり、相当な阿保なのだと思うのと同時に、一つ目の試練で確実に終わるだろうと、心の中でロイドを鼻で笑った。
いや実際に、鼻で笑っていたのかもしれない。
それとともに己の中の憤りが収まっていくのも相まって気分がいい。
誰でも、自分の嫌悪する相手にマイナスなことが起こるのは、嬉しいだろう。
マイナス×マイナス=プラス
小学生でも知っている常識なのだろう。
それが、猿種であるペガルにも例外ではなかったと言うだけのことだった。
先頭にいる闘猿がロイドへと斬りかかるが全く動けていない。
ほら、見たことか、頭蓋から一直線に切られて終わり……。
そう頭の中で自己完結させ、ステージから視線を外そうとした。
しかし、どうだろうか現実は、全く違った。
ロイドは頭を叩き切られるどころか、攻撃を完全に見切り、反撃すらしていた。
結果的にダメージを受けたのは、仕掛けられた側ではなく仕掛けた側という構図が出来上がったのだ。
神殿全体の猿たちがその光景に目を奪われ、闘猿を一体また一体と倒すにつれて、周りの同胞達の声援は大きくなっていき、最後には会場全体を熱が包んでいた。
ロイドと言う異邦人の戦闘に対する真摯な姿に、勝利に対する貪欲なその姿にオレの中の憤りはさっぱりと消え去っていた。
代わりに生まれたのはロイドという男に対する探究心。
自身の姿を見てどういった反応するか?利き手はどっちだろうか?どう言った戦いが好きなのか?こう動けばどう動くのか?この攻撃を加えればどう防ぐのか?自身に対し、どう攻撃を加えてくるか?そしてーーー
どの様にして、自分を倒すのか?
その恋慕ともいえるかの様な火のついた探求心を止めることもできず。
技神様の掛け声に応えるまま飛び出して、今に至る。
彼と接敵した回数、ざっと三回。
最初の一回目を除けば二回だ。
二回、そのたった二回だけで、オレの弱点と言える物を理解したのか防御を突破して見せた。
そして今まさに、オレに向けて距離を詰めてきている。
オレもロイド目掛けて渾身の右拳を振り抜く。
スキルは使用しない、ただの拳を。
だが、寸前でロイドが止まったかと思えば、
ガンッと顎を衝撃が襲う。
その勢いそのまま、半強制的にオレの視界は上空へ向けられる。
予期せぬ衝撃に理解が遅れるが、顎に伝わる熱を持った痛みがオレをすぐに我に返す。
視線を元の位置に戻すが、すでにそこにはロイドはいない。
先ほどまでいた好敵手の姿が見えなくなったことに再び思考が停止する。
どこに行った……?
そして数秒も経たつ間もなく、思考は回復、ロイドの捜索を開始しようとした時だった。
「[剛脚]」
その小さな言葉が自身の背後から聞こえた。
その瞬間、全身に電撃が走ったかの様な感覚がおこる。
そしてオレは反射的に身体声の主の方向へ向けると、両腕でガードを作る。
そしてそれから、1秒と経たないうちにその腕へと衝撃がくる。
パアァァァンッ!!!
そんな破裂音とも取れる轟音が鳴り響くとともに、オレの体ははるか後方へと飛ばされる。
いや、正しくは後方へ飛んだというべきだろう。
それは、ペガルが、できるだけその蹴りの威力を消すためにとった行動だった。
故に、遥か後方まで飛んだのである。
姿勢を崩さぬままに着地すると同時に、それらはペガルを襲った。
蹴りから身を守るために使用した腕への鈍い痛みが、
まるで腕によるガードを貫通したかの様に、衰えることのない腹部への焼ける様な痛みが、
濁流の如く襲いかかってくる。
「カハッ!」
そう血反吐を吐くが、吐き出される血液の量は前回の比ではない。
素晴らしい。
痛みの嵐の中で、ペガルの脳内に浮かんだのは、怒りでも、恐怖でもなく、そんな称賛の言葉だった。
オレより劣る、力。
オレより劣る、耐力。
オレより劣る、技量。
唯一勝るのは、敏捷のみ。
そんな圧倒的ハンデを物ともせずに、オレを圧倒して見せたのだ。
「ヨクゾココマデ」
自然とそう溢れる。
そんな嵐の最中、ペガルのHPは、残り五割を切った。




