51話
○白猿の遺跡 神殿
「ガアアァァァァア!!」
そう喚くアマルガムに刺した短剣を抜き取り、巨体を足場として、そのまま距離を取る。
暴れられて攻撃が当たりでもしたらまずいからな。
しかし、そんな考えとは裏腹にアマルガムは暴れて武器を振り回す様な様子はない。
むしろ、六つの腕はコチラの追撃を警戒するかの様に様々な方向にむけられている。
普通いきなり攻撃を当てられれば牽制の意味も兼ねて、大振りの一つでもしそうなものだ。
……意外と冷静なのか?
痛みに対して耐性があるかとも考えたが、先程の叫びを聞くに慣れているわけでもなさそうだ。
その証拠に未だに顔を伏せた状態で悶えている。
とても状況を理解できるほど冷静さは感じさせない。
それに対をなすかの様に俺を警戒する腕達。
……わざと冷静さを感じさせなくしているのか?
怯んでいる演技をしているのではと言う考えが俺の頭を過ぎる。
一方。
ただ俺への牽制の為に腕達が警戒している様に見せかけて、本当は動けないのかもしれない。
そんな考えも浮かんでしまう。
現状ではどちらかの判断が全くつかない。
後者の場合、今仕掛ければアマルガムに決して小さくは無いダメージを与えることができる。
しかし、もしも前者だった時、コチラが致命的なダメージを受ける事になる。
ニブイチでハズレと考えるか、ニブイチでアタリと考えるかだな。
ようはネガティブかポジティブかの話だが……。
「取り敢えず、後者の方にかけてみるか……」
俺は結構ポジティブな方だ。
「当たれば、戦闘が有利に進む」
体勢を低く構えると両足に力を込め、勢いよく地面を蹴る。
流石に真正面から当たるわけにもいかないので少し回り込む様にして距離を詰める。
勿論、死角となった左眼の方からだ。
短剣を両方とも逆手に構え直すと、彼の懐に目掛けて走り込む。
だが、距離を詰めているが反撃してくる気配がない。
後者でアタリか?
そんな考えを巡らせた瞬間だった。
先程まで全く動いていなかった腕がコチラに向けて、手に持っている戦鎚を振り下ろそうとしていた。
「……ッ!」
やっぱり罠だったのか?!
しかし、スキルを使われていない戦鎚は思いの外遅く。
気づいてすぐに回避行動を取ったおかげか避けることができた。
空振りをした戦鎚が地面を鳴らす。
揺れる地面に対してすぐに体勢を整えて、追撃対策として構えをとる。
「一撃目はかわした。次はどうくる……!」
そう言って体勢を低くし身体を小さくする事でヒットボックスを狭くする。
そうやって次の攻撃を待つ。
……。
………。
…………。
……来ないんだが。
数秒間待ったが追撃が来る気配がなかった。
と言うよりも全くと言っていいほど動かなかった。
アマルガムは戦鎚を地面へとつけた状態で未だに痛みに悶えている様だ。
奇襲に成功したのに未だに演技を続けるか?
その状況を疑問に思ってしまう。
まさか、演技じゃないのか……?
しかし、演技じゃない場合、俺目掛けて正確に振り下ろした戦鎚の説明がつかない。
「もう一回試してみるか……」
小さくしていた身体を伸ばし、姿勢は低くしたまま足に力を込める。
戦鎚を地面につけている事で足の届く位置まで、おろされている腕を足場にして、もう一度、後頭部の方から狙う。
地面を蹴り、考えていた通りに下されている腕に足を掛けようとすると、今度はその腕を戦鎚を握ったまま振り上げる。
それを横に避けると、今度は戦鎚の腕とは違う長剣を握った腕をコチラに向けて振る。
追撃が来た……!
これにはスキルが載っている様でエフェクトの残光が粒子になり尾を引きながら溶けていく。
流石に横に避けるわけにもいかないその攻撃を後ろに飛ぶことで、アマルガムの武器の届かない位置まで距離を取る。
すると、今度はアマルガムは追撃を加えてくる事はなく、振りかぶった腕を元の位置に戻した状態で、俯いたままだった。
「一定の範囲外では、攻撃してこないみたいだな」
現状を確認してそう結論を出す。
一定の範囲とは、彼の武器の届く範囲。
つまり間合いのことだ。
間合いに入ったものを脊髄反射の容量で攻撃している様に見える。
どうやら、身体を動かしている方の意思は本当にただ悶えているようだ。
未だ痛みに俯いている姿を見ると、やはり演技には思えない。
代わりに腕を動かす意思達が目がない分をスキルを使用して、近づく"物"を探し、ピンポイントで攻撃を加えてきた。
「確認してみるか……」
俺はメニューを操作し、蹴りうさぎの魔石を取り出す。
小石程度の大きさのそれは、少しの魔力を帯びている。
そして、[投擲]スキルを使用して魔石をアマルガム目掛けて投げつける。
キンッ!
そんな甲高い音を立てて、アマルガムの振るった武器によって魔石は砕かれる。
どうやらさっき考えた通り、間合いに入った"物"に反応するようだ。
答え合わせが済んだ所で、メニューから更に魔石を取り出すとアマルガムの周りを回るように走る。
走っている最中に不規則的に魔石をアマルガム目掛けて投げつける。
するとその一つ一つに腕を振る。
同時に二個投げたり、投げる速度を変えてみたり、弧を描く様に頭上に投げてみたりする。
全部に食いつき、その全てを武器で破壊している。
大体は理解した。
そう考えると、俺は左目側に回ると三つの方向にそれぞれ魔石を投げる。
それに反応する様にアマルガムがそれぞれ腕を動かす。
そうやって腕の意識が魔石に移っている間に一気に走り距離を詰めると……。
「成功だっ!」
懐に入ることができたことへの歓喜からそう声をもらす。
すかさずアマルガムのガラ空きの胴体に向けて短剣を振るうが……。
「[硬拳]」
そう静かな声が聞こえる。
そして次の瞬間、
ガキンッ!
そんな鈍い金属音が鳴り響くと共に、胴体へ向けて振るった短剣を握る腕が動きを止める。
驚き止まった腕の方に視線を向けると、そこには短剣の刃先を握ったペガル・シュラーゲンが立っていた。




