44話
○白猿の遺跡 神殿
そうヴァーニアの開始の声が周りの猿たちが声を上げ騒ぐ中、神殿中に響き渡る。
すると、待っていたと言わんばかりに観客席のような場所から数匹の猿が飛び降りてくる。
俺は気休め程度の短剣を抜き、構えると周りを見渡す。
さっきも思ったが、ここまでくると最早闘技場にしか見えないなこの神殿。
普通神殿ってのは、神を祀るための場所というイメージが強く、あまりこういった激しく動いたりする場所というイメージがない。
そういうものは神殿と言うよりも少林寺などの寺院で行うものなんじゃないのか?
俺は自身の考える神殿のイメージと、目にしている神殿との違いに疑問を抱く。
だが、決闘は神聖なものだって聞いたことがある気がする……。
そう考えると、これは神の試練なんだから神聖なものだよな……。
……うん、間違いない。
神からの試練なんだ神聖なものじゃないはずがない、確かに神聖な事をするなら神殿でこんな風に闘ったっておかしくないはず……。
「多分……」
俺は、そうこじつけるように考えを巡らせると意識を目の前の猿たちに向ける。
見た目が全匹同じところを見るに全て同じ種族なのだろう。
しかし、その姿は一般的な猿とは明らかに違った。
鍛え上げられた身体はたくましく、戦闘によって付いたものだろうか、その身体には所々傷が目立つ。
1匹1匹がその手に武器を握っており、それこそツヴァイヘンダーなどの大型の両手剣から俺の持っている短剣などの小型武器までとその種類は様々だ。
「さぁ、まずお主の相手をするのはこやつら7匹。闘う事を生とし、その猿生を闘技を磨く事に捧げるわしの眷属が一種よ。お主には、こやつらを倒し第一の試練を越えることができるかな」
ヴァーニアは、顔に笑みを浮かべそう告げる。
《ユニーククエスト:【技神の試練】が進行します。進行度0% 試練数0/3》
《第一の試練が開始されます》
《第一の試練:闘猿の討伐 0/7》
「オゥオゥ アーアーッ!!」
アナウンスの音声が脳内に響くとともに7匹のうちの1匹が鼓舞するかの様に声を上げる。
すると、それに合わせるように他の猿たちも「オゥオゥッ!」と声を張りながら、それとともに自らの手に持っている武器を打ち合わせたりして、ガキイィィインと鈍い金属音を響かせる。
猿たちが睨みつけるように俺に目を向ける。
こちらを観察して相手の出方を伺っている感じか……。
俺はその行動に目の前の猿に戦闘というものに対する知性を感じさせられる。
その身体からはゼオンの時のように蒸気が上がっていた。
しかし、猿たちの纏うそれは、昨日の戦闘でゼオンが見せたものとは違い、陽炎が起こることはなかった。
「戦闘準備完了って感じか……」
そう言って、短剣を握る手に力を入れる。
武器持った人型複数相手にハンデ無しってのは少しキツイ気がするんだが……。
相手は戦闘のプロというか、戦闘のために生まれてきたような奴らだしな。
目の前の屈強な猿たちの風貌にそう心の中で弱音を吐く。
だが見た目から見るにどう考えてもSTR型だよな……技神の加護を受けていると考えるとDEXの方も高いのだろう。
だが今はステータスがレベル1の状態まで落とされてる。
身体から上がっている蒸気はどう言ったスキルなんだろうか、ゼオンの例を考えると純粋な身体強化か?
素のステータスがどんなものかは知らないが、見る限りAGIが特化して高いことは多分ないだろう。
俺はそう仮定して考えを進める。
AGIの高さを活かして闘技場内を走り回って闘うのがいいか……常に視界内に猿たちを入れておきたいところだよな……。
「多対一の戦闘の場合は相手に背後に回られたらいけないって……エドが言ってたんだっけか?」
俺とししゃもとエドの三人で飲みに行った時にそんな話をしてた気がする。
背後からの攻撃を完全に避けるのは至難の業なのでそのあたりは気をつけないといけないらしい。
他にも、常に一対一の状態を作ると良くて、卑怯な手すら惜しまず使えとか言ってたな。
エド曰く、「相手が多数の時点で相手側に卑怯なんて言う資格ありませんよ」らしい。
笑顔でそう俺とししゃもに説いていたエドの顔が思い浮かぶ。
……いつも思うがこういう事をしてる時のエドって普段より生き生きしている気がする。
「エドは時々何かしでかさないか不安になるな……」
友人の将来が少し不安になりながらも意識を戦闘に戻す。
そうやって、俺が昔のことを思い出していた間も猿たちはこちらを観察し続けている。
「オゥ アーアー!!」
しかし、しびれを切らしたのかそう声を上げながら彼らの方から動き出す。
直剣を持った1匹が俺目掛けて飛び込んでくる。
上段からの一直線の振り。
そこには寸分のブレもなく俺の頭蓋骨目掛けて勢いよく振り下ろされる。
俺はそれを危なげなくよけ、猿の首目掛けて短剣を振るう。
猿も大きく身体をそらし、その攻撃を躱そうとするが、俺の短剣の方が速く、完全には避けきれない。
避けられた事で首を狙った俺の短剣が猿の胸部を斬る。
猿は一瞬顔を歪めるがすぐに戻し、その場から背後に飛んで俺の追撃を貰わないように距離を取る。
予想通りだな。
どうやらさっき考えていた通り、AGIは俺の方が断然高いらしい。
先程の俺の動きを見て猿たちがまた警戒してしまい、こちらを観察する事に戻ってしまっている。
「あまり観察されるのもまずいな……」
猿たちの攻撃もよけきれない訳じゃなさそうだし、これは第一の試練だったか、さっきのアナウンスを聞く限り、第三までは試練が続きそうだ。
そうなら、序盤のうちからあまり手の内を出すべきじゃないか……。
今更ながら、試練がこれだけではない事を思い出す。
多分、次の試練の相手もあの観客席の中にいるのだろう。
足はこっちの方が速いなら、単純な速度の差で圧倒できるか?
「………」
俺は一度こちらを警戒している猿に目を向ける。
猿たちは、各々の武器がちょうど当たらない程度に間を空けて一箇所に固まって何処からでも俺の攻撃に対応出来るように構えている。
あぁも、ひとかたまりになられると手が出しづらいな……。
流石にあの中に使う手段を制限した状態では、攻めきれる気がしない。
何処まで手の内を出すかで、残りの試練での難易度が変わってくる。
魔法を使ってもいいが、今のステータスじゃそれほどの威力も見込めない。
使うとしても[影縫い]で一瞬だけ動きを止めるくらいだろう。
MPが少ない今の状態なら使えるのは一回だけになるだろうから、使うのは最後まで抑えておきたい。
そうなると残ったのは[天脚]だけになる。
これに関しては少し試したいことがあるが、それは今するには少し違う気がする。
「やっぱ、スピードで一気にやれば良いか…」
試したい事も出来るか一応確かめてみようか……。
せっかく相手が待ってくれてるんだし、久しぶりに構えから入ってみるか……。
そう考えると、俺は身体を低くし両手を前につくと、膝を曲げ、腰を下げる。
所為、クラウチングスタート。
高校の時、陸上部の助っ人として走った時以来だ。
スターティングブロックが無い分、少し踏ん張りがきかないがその辺りはスキルで補えるが……。
スタート信号を出す人がいないな……。
クラウチングスタートの練習する時は、大体隣で陸上部の奴らが合図を言っていた。
結構あのスタート合図好きだったりする。
なんて言ったっけか、確か……。
「位置について」
自分でそう言いながら、これが構える前の合図だった事に気づく。
だが、こんな事をしていて今更普通の構えに戻るのも変なのでそのまま続ける。
「用意」
そう言いながら俺は腰を上げ、足に力を込める。
力を込めた俺の足は筋肉が硬く隆起し、押し出された血管が浮き上がりドクドクと波打っている。
「ドンッ!!」
そう声をあげ強く地面を踏み砕く。
一瞬で猿との間を詰めると一番前の猿が身構え、急所を守る。
前からじゃキツイなら……ッ!
俺は、その一番前の猿を横目に一番後ろの猿の背後まで一気に直進した。
そして俺は何も無い空間を足場にし宙を蹴ることで、無理やり方向転換をすると、その勢いのまま猿の後頭部に蹴りを入れる。
ゴキッ!
猿の頭部からそう鈍い音が鳴ると、
「ギャッ!!」
少し遅れて、その猿の口からそう断末魔が上がり、白目向きながら血を吹き出して地面にばたりと倒れる。
その音はいつのまにか歓声の止んでいた神殿内にひどく響いた。




