40話
○ゼオンのアジト
先程まで顔を打ち付けられた痛みに顔を抑え、ソファに横になっていた外套の人物が話に入って来る。
「私を除け者にしないで欲しいのですが…」
「それはお前がさっきまでそこで頭抑えてたからだろ」
「それは貴方が私の顔を扉にぶつけたからッ!」
「ん?あぁ…何か音がしたとは思ったがお前だったのか。それはすまなかったな」
「わ、わかればいいんです」
予想以上にすんなりと謝ったゼオンに外套の人物が少し驚く。
俺もこれには少し驚いた、最初の印象が印象なので少しのことでキレられそうで今も少し緊張していると言うのに……。
俺は外套の人物について考える。
外套の人物は、なんでこんな場所を目指したんだろうか。
外套を深く被っているせいで、目の前にいると言うのに全くその顔が見えない。
だがその綺麗で中性的なソプラノボイスを聞く感じ性別は女性だろうか?
身長もさほど高くなく、外套の下からチラリと見える服装や、貴重品からはさっきの二人組の男達の言っていた通り、金を持っていそうな印象を受ける。
まるで襲ってくれと言わんばかりの格好だ。
確かにこんな人物が路地裏に入るなんて自ら死地に飛び込むようなものだ。
そう考えると尚更のこと、ここに来たのかわからなくなる。
身なりからして、どこぞの富豪か、商人の子供、貴族辺りだろう。
そうであるならば、力に自信のある使用人に命令するか護衛を付けてここまで来ればいいものをなんで一人で来たのだろうか?
俺はおろか、さっきの二人組の気配すら気付けてなかったことから察するにレベルもそこまで高くないみたいだ。
ゼオンの自己紹介を聞く限り、ここに何かしらの依頼をしに来たと考えるのが妥当だろうが…。
俺は改めて外套の人物を観察する。
外套もさっきの戦いのせいで少し埃による汚れは付いているものの、全く傷が見当たらない。
こんな外套だと街中なら紛れることはできるだろうが、こう言った路地だったりする場所では、傷も破損もないと逆に目立ってしまう。
そう考えると、もしかして普通にこう言った常識を知らないだけだったとかか?
「……あまりジロジロと見ないで欲しいのですが…。初対面だと言うのに失礼ではないですか」
「あぁ、すまん。どうしてアンタみたいな人がこんな路地裏に一人で来てるのか気になってな」
俺は考えていたことをそのまま言う。
「まぁ、さっきのゼオンの自己紹介と合わせて考えると、ゼオンになんらかの依頼をしに来たと言ったところだと思うが…。一人で来るにはここは流石に危険すぎる。なんか理由があるのか?」
疑問に思ったことをそのまま投げかけてみる。
するとそれに対してゼオンが反応する。
「それは俺に依頼をするための条件だからだ」
「一人で来るのがか?」
「ああ、そうだ。直接会わず使用人を使ったり、護衛をわんさか連れてきたりする奴らは俺のことを信用していないとみなして、取り合わないようにしている。まぁ……単に俺がそう言った上位者気取りの奴が好かんだけだがな」
「最後本音が出てたぞ……」
「逆に、そこさえ守れば大体のことは許しているんだ…。優しいものだろ」
ゼオンはそう言うとまたソファに深く座り込む。
深く座ったことでゼオンの体重が全体的に乗りギイィっとソファが音を立てる。
そう言うものなのだろうか……。確かに依頼受ける側としても、少しでもこちらを信用してもらっている方が嬉しいが……。
そんな依頼の受け方をしていて取り合われなかった依頼者達から反発されたりしないのか?
ゼオンに対し私兵を出す依頼者が思い浮かんだ。
………。
だがすぐに私兵達を全滅させ無表情のまま依頼者に向けて拳を振り上げているゼオンが思い浮かぶ。
と言うか目の前の大男がそんな適当な貴族なんかの私兵に負けるイメージが全く湧かない。
ただのプレイヤーである俺にそこまで思わせるほどにゼオンは強い。
それはレベルという意味もあるがそれ以上にプレイヤーで言う所のPSが高い。
さっきまでの戦闘と言うには少し違うが、ただ攻撃を避けているだけでも俺はそう感じることができた。
そう考えるとそう言った条件を出すのもわかるが、呼び出しNG、自分からは動かない、気分で依頼者を選ぶ、ってのは……
「何というか…少し傲慢なんじゃ無いのか。その内誰も依頼を持ってこなくなったりしないのか?」
「そんなことは無い。この通り、ちゃんと依頼は来てる。自慢じゃ無いがこれまで一度も依頼を失敗したことはないからな」
ゼオンは外套の人物を顎で示しながらそう俺の問いに答える。
「そういうものなのか…」
少し納得できずそうこぼしていると、外套の人物が説明を挟んでくれる。
「彼のもとにくる依頼はその一つ一つが高難易度のもの。それこそ、貴族の護衛などの表での依頼から、政界の重要人物の暗殺、敵国の情報収集等の表には出せない裏の仕事が殆どだからです。それらの依頼を一つも失敗せずにこなしているのです。その名は貴族や商人達の中では知らぬ者がいないほどのものです」
「へぇ……」
ゼオンは思っていたよりも有名人だったらしい。
確かにそんなに有名なら少しくらい選り好みしても良いというものだろうか?
少し考えるがそういったことはしたことがないがために答えは出てこない。
俺がそうやって考えていると今度はゼオンが話し出す。
「まぁ、俺のことに関してはここまでにして…次はロイド、お前の事を話す番だ。俺の素性だけベラベラと話されるのは性に合わん」
そう言ってゼオンが外套の人物をひと睨みすると、外套の人物はビクッと身体を震わせると顔をそっぽ向けてしまう。
確かに意図せずだろうがゼオンの事を知ることができたし、こちらの事を話すのが道理だろう。
「じゃあどこから話すか…」
外套の人物を横目に俺は自分のことについて話し出す。
◆
「……という感じで今に至るんだ」
「確かに何かしらの加護を持っているとは思っていたが、冥神ルシュトールの加護持ちか…これはまた珍しい奴に出会ったもんだな」
「ルシュトール…確か獣神の一柱でしたか……。父上から聞いた事がありましたが、本当に存在するのですね」
ゼオンと外套の人物の二人はルシュトールのことを知っているらしくそう考え込むように言葉に出す。
ルシュトールの名を聞いてもこちらに敵対意識を持たないことから二人は、獣神がどういった存在なのかを理解しているらしい。
俺としてはゼオンはまだしも外套の人物の方も理解があることに驚いてしまう。
それだけ実は滅茶苦茶偉いとか無いよな…。
俺はそんな事を考えながら外套の人物を見てしまう。
「ルシュトールの名前を聞いても俺を邪教徒とは言わないんだな…」
「それはそうでしょう他国…主にクリーガー獣王国は、教会の崇める人神ではなく獣神を崇めています。獣神を邪神と罵るとはそういった他国を邪教徒と咎めると同義。そのようなことができるわけがありません」
そう言って、外套の人物は否定する。
「そう言うことだ。仕事柄相手するのは何も人族だけじゃ無い。そういった発言に関しては注意してるんでな。それに何回か神殿に行って拝めばホイホイと加護をくれる人神なんかよりよっぽど信用できる」
「それにしても獣神か…昔どっかで見たような…」
ゼオンはそう言いつつ獣神という言葉に何か引っかかりを感じたのか、眉を寄せ険しい顔をし、「獣神…獣神…なんだったか…」とぶつぶつと
ゼオンは獣神について何か知ってるのか?
そんな事を考えていると外套の人物はゼオンの話を気に留めずに話を進める。
「そうです。だいたい獣神を邪神と言い張っているのは神殿のものがほとんどです。彼等は人族至上主義を唱えるものが多く、獣を象った獣神は人神よりも劣るものと考えているのです」
外套の人物は「はぁ…」と力なくため息をつく。
「伝説に語られる英雄たちの殆どが獣神の加護を持ったものだと言うのに……まるでその英雄たちまでもが悪であるかのようで私は嫌なのです…」
そう言って外套の人物は下を向く。
おお…いきなりそんなに気を落とされても困るんだが……。
こう言ったことで落ち込んでいるところを見ると、背格好通りの子供であることが伺える。
外套の人物を見てそんな事を考えていると、突然「お、そうだった!」とゼオンが声を出す。




