20 原点
本日2話目です。
勇馬は部屋に運ばれていた武器に次々と印判を押していく。
そのとき同じ作業部屋に置かれていたベッドでセフィリアはまどろみの中にいた。
(ああ、この落ち着くようなすがりたくなるような気配、そして匂い。思い出しましたわ。確かあれは……)
セフィリアがまどろみの中で思い出したのは自分が聖教会にシスターとして入ってしばらく経ったころのことだった。
貴族の娘として生を受けたセフィリアはとある事情により聖教会のシスターとなり実家を出て教会で生活を始めることになった。
セフィリアは貴族の娘として貴族社会の裏側、すなわち醜い部分を嫌というほど見聞きして育っておりその世界に未練はなかった。
しかし、少なからず希望を持って入った聖教会という世界もまた貴族の世界と変わることのない醜悪な世界であった。
建前こそ立派ではあるもののその裏で行われることは貴族顔負けの権力闘争の世界である。
搾取や裏切り、賄賂が横行するその世界は貴族の世界と何ら代わり映えするものではなかった。
セフィリアに言わせればこと神の名の下に悪行を働くだけより罪深いとさえ言える。
そんなセフィリアはあるとき神に祈った。
この醜く汚れた世界で自分はどうしたらよいのか。
セフィリアはシスターになったものの元々はそこまで熱心に神を信仰していたわけではなかった。
しかしどこを向いても醜い世界に嫌気がさし自分の在り方がわからなくなり、そのよりどころとして神を求めた。
そして祈った。
三日三晩聖堂で祈りを捧げた。
三日目の夜が更けるころ、既に精魂尽き果て意識がもうろうとしたときにそれは起こった。
――視えているわけではないのに感じる一面白色の世界
感じるのは自分を包み込む落ち着くようなすがりたくなるような気配、そして匂い。
セフィリアはその瞬間悟った。
これは神の抱擁であると。
この出来事でセフィリアは1つのことを悟った。
決して誰かの声が聞こえたわけではない。
しかし自然とセフィリアは自分の抱いていた疑問に対する答えを得ていた。
――他人がどうであっても自分が揺らがなければいい
――自分が信じる正しい道をただひたすらに歩めばいい
そうしてセフィリアは迷いを捨てることができた。
それ以降、セフィリアは以前よりも熱心にシスターとして活動をするようになった。
聖教会内部での活動だけでなく冒険者に登録して魔物退治をしたり誰も引き受けないような条件の悪いクエストを半ばボランティアで引き受けることもした。
その間も聖教会内部では権力闘争や醜い出来事が次々と起こっていた。
しかしセフィリアは心揺るがされることなく自分のできることをやり続けてきた。
それはただひたすら神のために、自分の信じることのために。
(ああ、どうしてこんなにも大事なことを忘れてしまっていたのでしょうか……)
先日勇馬に会って感じたあの気配、あの匂い。
それはまさに自分の信仰の原点とも言うべきものであったのに。
セフィリアはベッドの中で目を覚ますと部屋の中で縦横無人に作業をしている勇馬の姿に目を止めた。
目の前の黒髪の男から感じるのは先日にも増して感じるあの気配と匂いだった。
(ああ、きれいな光)
勇馬の手に握られている印判が押された後にはキラキラと輝く光の粒子が舞っている。
勇馬以外の者には視えないとされているはずのものだがセフィリアにもわずかながらに視ることができた。
(あの方は……そういうことでしたのね)
セフィリアはベッドから出るといそいそと勇馬の下へと向かった。




