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3 付与師の世界

 

 街歩きをした翌朝、勇馬は付与魔法ギルドへとやってきた。



「おはようございます! 今日は何がありますか?」


「ユーマさん、おはようございます。今日は鉄の武具に付与をしてもらいたいと思います。そこの台車に用意していますのでよろしくお願いします」


 受付のエリシアに声を掛けると既に勇馬向けに仕事が用意されていた。


 勇馬は作業に使える部屋をエリシアから聞くと台車を押してその部屋へと向かった。


 鉄の武具とはいいながらも中には革製の防具も混じっている。

 これは革は革でもランクの高い『みなし鉄防具』と呼ばれるレベルの革でできた防具である。

 

 この世界、革の防具とは一言で言ってもオークの革からドラゴンの革までピンからキリまで存在する。

 中には鉄や鋼以上の強度や性能を持つものもあるため、ランクによって区別されている。

 ランクが高いほど付与に必要となる魔力や技術のレベルも高くなるので昨日の仕事で勇馬はギルドから次のレベルの仕事を与えるに足りると判断されたのである。




 そのころ、副ギルドマスターのトーマスは初級付与師たちに指導を行っていた。


 この世界では付与魔法の使い手は付与師と呼ばれている。


 昔は付与魔法使いと呼ばれていたものが次第に付与魔法師となり、それが更に短くなってそう呼ばれるようになった。

 付与師はその能力に応じて、初級・中級・上級とに区分され、中級付与師となって初めて付与師として一人前と言われている。


 ギルドの2階にある机と椅子が並べられた大広間。


 黒板を背に立つトーマスの前には十数人の歳若い付与師たちが椅子に座っていた。


 今日は初級付与師の中でも付与師となって日の浅い者たちを対象とした研修である。

 付与師になろうとする者は通常、師匠に弟子入りし、師匠の技術を学びながら研鑽を積んでいく。そして初級付与師となった者は駆け出しの付与師としてギルドの作業部屋と師匠の工房を行ったり来たりする生活が普通である。

 先輩が後輩を指導するということは異世界においても変わらない。



「それではまずは基本の『魔力抜き』からやってもらおう」


 トーマスがそう指示すると、研修生たちは机の上に置かれた鉄でできた短剣に掛けられた付与魔法を除去する作業に取り掛かる。

 新たに魔法を付与する場合、まずは以前に施された付与魔法を完全に除去してまっさらな状態に戻すという作業を行っている。

 研修生たちは主に紙に書かれた魔法陣を使って魔力を除去していく。

 ちなみに一人前と言われる中級付与師ともなればその様な補助道具は使わず、自身の魔力のみでその作業を行う。

 そうして研修生たちは5分経ってちらほらと作業終了の表示をする。



「魔力がまだ残っているぞ! 不十分だ」



 不完全な魔力抜きを行った研修生に対してトーマスは厳しく叱責した。


 トーマスはこの魔力抜きを十分に行うことを重視している。

 それができていない場合、効果的に魔法の付与をすることができないと教えている。



「よし、魔力抜きが終わったら今度は魔力付与だ。【強度1・3倍】の付与を施せ」


 トーマスは研修生たちの作業を見ながら、それぞれに対して助言を行っていく。


「魔力が足りないぞ。もっと出せ! それではその強度に届かないぞ」


「魔力の出力を安定させろ。出せばいいってわけじゃない」



 そうこうしながら10分経ってようやく半数程度の受講生が付与に成功した。


 初級付与師とはいえ一種類の、しかもレベルもそこまで高くはない魔法の付与であれば魔力抜きの作業を含めて15分で1個は作業を終えたいところだ。


「時間内にできなかった者は引き続き研鑽を積むように。できた者もまだまだこれからだから気を引き締めるように」


 そう言ってトーマスは大広間を後にした。


 研修ではトーマスはいつもとは異なる厳しい口調で指導している。


 付与師として十分な能力を有していない者が不十分な仕事をすれば付与師全体の評判に関わってくる。

 副ギルドマスターであるトーマスとしては少なくとも自分がいるこのメルミドの街でそういうことを起こすわけにはいかない。

 必然、指導にも力が入ってしまう。




「この子たちを見ているとユーマくんの異常さを嫌というほど感じるな」


 トーマスは階段を降りながら昨日出会った男を思い出すとぽつりと漏らした。


 今日研修を受けた者たちはそれぞれ師匠について数年修業を積み、初級付与師として活動する資格のある者たちである。

 そして今日の研修生のレベルは長年若手の付与師と接してきたトーマスからみても特に劣っているわけではない。

 研修では厳しく指摘をしているものの、それは多くの付与師たちがたどる道である。



(ユーマくんのあの風貌から東の果ての我々とは全く異なる流派という可能性もあるな。彼のやり方がどんなものかは知らないが我々にどんな影響を与えるかわからない。当面の間はユーマくんを他の若手と接触させない方がいいかもしれないな)



 トーマスはそう思いながらギルドの階段を降りて受付まで戻ってきた。



「ユーマくんはもう来たかい?」


 トーマスが受付業務をしていたエリシアに声をかけるとエリシアが受付台の傍に置いてあった台車を指差した。


 台車には指定通りの付与が施された50個の鉄の武具が乗せられている。

 いずれも強度1・1倍から1・3倍の付与がされていた。


「必ずしも高いとは言えないレベルの強度付与とはいえ鉄製の、しかもこれだけの量を午前中のうちに終わらせるとはね」


 トーマスがそう絶句したちょうどそのとき、外から正午を告げる鐘の音が聞こえてきた。


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