28 冒険者の個人授業
週が明けた日の午後からアイリスは個人授業を受けることになった。
勇馬が冒険者ギルドに出していた『従者に冒険者としてのイロハを教える』という依頼については無事引き受け手が見つかり、今日はその初日である。
勇馬は顔合わせも兼ねて今日の授業は見学させてもらうことになっている。
指定された場所は冒険者ギルドに併設された訓練場だ。
アイリスとともに指定された時間に行くと、事前に冒険者ギルドから聞いていた特徴の若い女性が待っていた。
年齢は勇馬と同じくらいに見える。
ショートカットの茶色の髪に金属製の胸当てを装備している。
身長は170センチ近くあり、この世界の女性の身長からしても長身の部類だ。
「すみません。クレアさんでしょうか?」
勇馬が声を掛けるとクレアと呼ばれた若い女性は静かに頷いた。
「Cランク冒険者のクレアです。そちらがあなたの従者の子ですか?」
勇馬が「はい」と答えると2人は『よろしく』と握手を交わす。
勇馬は冒険者ギルドに依頼を出すときに3つの条件を付けていた。
1つ目は女性であること。
男がアイリスと2人きりで個人授業など許せるはずがない。
そして2つ目は冒険者ランクがC以上であること。
冒険者ギルドでは一人前と扱われるのがCランクからなのでこれはある意味当然の条件だろう。
そして最後が教えを受ける者がハーフエルフであることを承知すること。
奴隷もそうだがハーフエルフという立場はエルフ社会だけでなく人間社会においても下に見られ時には差別の対象となることがある。
その様な者に対しても誠実に対応できること、少なくとも当初からその意思があることが最後に課した条件である。
「こちらがアイリスの先生になるクレアさんだ」
「初めまして、アイリスと申します。ご指導よろしくお願い致します」
「こちらこそ、わたしのことはクレアと呼んでもらって構わないよ」
クレア自身がそう言うため勇馬はクレアとはお互い呼び捨てで呼び合いフランクに話すということになった。
もっともアイリスは年下であることに加えて教えを受けるという立場でもあるため特に変わりなく接することになった。
挨拶もそこそこに二人は冒険者としての授業に入る。
「一応確認のために言っておくけど、わたしは怪我のため実践稽古では打ち合いを十分にはできない。それだけはご承知いただきたい」
今回の個人授業は半日拘束で依頼を出している。
勇馬が当初依頼した金額は相場がわからなかったため一人前の冒険者からすれば半日拘束されての報酬とすれば少ない部類であった。
応募がなければ報酬の増額も検討する必要があったがたまたま怪我の療養をしていたクレアの目にとまり引き受けてくれたのだ。
勇馬からすれば細腕のアイリスに冒険者としての基本を教えてもらえばそれでいいいと考えていたのでその点を問題視することはなかった。
というよりも一人前の冒険者と正面から打ち合えるアイリスというのを認めたくなかったというのが正しい。
「今日はユーマも見ていくんだったね? まあ、冒険者になる以上は使う武器の話もしないといけないし主人であるあなたがいないと話もできないのでちょうどいいんだけど」
「アイリスには取り敢えずはショートソードを持たせているが」
「じゃあ、しばらくはそれを使ってやっていこうか」
以前勇馬はアイリスに「エルフだったら弓を使わないのか」と聞いたことがある。
しかしそのときにアイリスの全身から放たれたどす黒いオーラを目の当たりにして以後弓についての話は禁句としている。
それは事前にクレアにも伝えてある。
「剣の握りはこう。腕の振り方は……」
ずぶの素人ということで初歩の初歩からの指導が始まる。
『異世界の常識』にも剣の握り方や振り方はなかったので勇馬も興味深そうにそれを眺め、ときおり型をまねてみたりした。
しばらくは剣の使い方を重点的にやっていくようだ。
まだ慣れていないアイリスに疲労の色が出てくると実技指導はそこまでにして冒険者として必要な知識を教えてもらう時間となる。
最初に座学ではなく実践から入るところが何とも冒険者らしいと勇馬は思った。
初回の授業が終わると勇馬はアイリスとは離れた場所でクレアと2人になり小声で話をする。
「もしアイリスが冒険者に向かないと思ったら直ぐに言って欲しい。本人に言いにくければ俺に直接言ってくれて構わない」
「わかったよ。しかし今日見た限りだと身体はしっかりできているし物覚えもいいと思う。その心配はないと思うけど……」
「いや、油断大敵だ。些細なことでも問題だと思ったら直ぐに言ってもらえると助かる。できるだけ早急に可及的速やかにお願いします!」
クレアは「ふふっ、わかった」と苦笑いを浮かべて勇馬の肩をポンポンと叩いた。
「主様、クレアさんとは何のお話をされていたのですか?」
勇馬がクレアと別れてアイリスの元へと戻るとアイリスは怪訝な表情をしていた。
「気になる?」
「いえっ、別にそういうわけではないのですが何だろうなとは思いまして」
「別に大したことじゃないよ。単にこれからアイリスをよろしくお願いしますって話しただけさ」
「でもそれだけにしては仲が良さそうでした」
アイリスが半眼で勇馬をじっと見つめる。
「ははっ、気にしすぎ気にしすぎ。それともアイリスちゃんは俺がクレアと仲良くすると困るのかな?」
「なっ、何を言われるのですか!」
勇馬は顔を真っ赤にして声を荒げるアイリスを軽くあしらいながら宿へと戻った。




