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27 万事塞翁が馬

 勇馬が騎士団から依頼を受けた作業を始めて2日目。


 昨日に続いて大量の武具にマジックペンで書き続けているとさすがに疲れが蓄積してきた。


 神様謹製アイテムだけあって勇馬の負担になりにくい柔らか素材で指への負担に配慮された作りにはなっているものの、それでも圧倒的な作業量によって影響が出ていた。


 この日も昨日と同じ1200個ほど作業を終えることができたが、そのころには手の指の形が固まり、指には痛みを感じる。



「ぐおおおおおぉぉぉぉ」


 宿に戻ってから勇馬は唸り声を上げて部屋のベッドに伏せていた。


主様あるじさま。氷を買ってきました」


 外へお使いに行っていたアイリスは部屋に戻ってくるとてきぱきと皮袋に氷を詰めていく。

 そして勇馬の手をとると革袋を押し当てアイシングを始めた。

 勇馬は腱鞘炎だろうとの判断で炎症を抑えるために取り敢えず冷やしてみようとアイリスに氷を買いにいかせたのだ。


 この世界にも氷はあるものの魔法使いが魔法で発生させるか魔道具によって製氷するかのどちらかである。

 どちらにしても現代日本のように、ほいほいと使うことができず結構な値段で買うことになる。

 しかし背に腹は代えられなかった。



 アイリスは革袋と勇馬の右手とをタオルでふんわりと包んだ。

 革袋がずれ落ちないよう両手でやさしく包み込むとアイリスの左の手のひらがタオル越しに勇馬の右の手のひらに重なった。



(アイリスの手やわらかいな)



 タオル越しでもわかるその感触に勇馬は安らぎを覚えた。

 

 思い返せばアイリスに触れたのはこの前してもらった膝枕程度である。

 

 勇馬は自分のあまりのチキンぶりに自己嫌悪に陥った。




 一晩経って手の痛みはいくらか治まったもののとてもではないが十分に回復したとはいえない。

 翌朝勇馬が付与魔法ギルドへ行くとトーマスが勇馬を出迎えた。

 予定ではこの日の夕方が騎士団からの依頼の納期であり、勇馬のノルマはあと600個残っているはずだ。


「ユーマくん、きみは今日休んでいい」


 ユーマの満身創痍な姿を見てトーマスは勇馬を休ませることに決めた。


「でも仕事が……」


「きみのやる予定の仕事なら今彼らがやっているよ」


 ギルドのロビーには作業部屋から次々と付与を終えた武具が運び込まれてくる。


「このギルドのメンバーにも追加発注分を少しでもやってもらえないかと声は掛けていたんだよ。そしたら『よそ者におんぶに抱っこじゃレスティの恥だ』とかなんとか言ってくれてね。もう、あと何個も残っていないはずだよ」


 確かにトーマスは『基本的には』2人でやるとは言ったものの他の付与師たちの力を借りないとは一言も言っていない。

 そもそも本当に2人だけでやるのであれば他の付与師たちを集めて話をする必要すらなかった。


 トーマスの言葉を聞いて勇馬はへなへなとその場にへたり込んだ。


「おいおい大丈夫かい? 今日はもういいから宿に帰って休みなさい」


 トーマスの言葉に甘え、勇馬はギルドへ来て早々宿へと戻り、この日は休みとさせてもらうことになった。



 正直、身体自体はそこまで疲れていない。

 

 勿論マジックペンを握り続けた右手は一晩では完全に回復してはいない。


 この2日間で何よりも参ったのはやはり精神面だ。

 

 やってもやっても終わらない単純作業はさながら無限地獄であり流石にくるものがあった。



(今回のことはこのマジックペンの弱点というものが出たな)



 戦闘でいえば多数の魔物の群れを相手に複数攻撃ができず、一匹ずつ倒していかなければならないということと同じだ。

 敵の数によっては無理ゲーになりかねない。

 今後自分が付与師として第一線でやっていくには、もしも付与魔法ギルドの本当の幹部になろうというのであれば今回のような事態にも対処できなければならない。 

 果たして自分にそんなことができるのか。

 珍しく弱気になった勇馬は宿の部屋へ戻るとどっかりとベッドに腰掛けた。



主様あるじさま……」



 いつになく気落ちした様子の勇馬をアイリスも心配して見ている。


 アイリスが勇馬と出会ってそれなりの時間が過ぎた。

 アイリスは勇馬と同じ部屋で寝起きし勇馬のことは四六時中見ていた。

 アイリスから見て勇馬はいつも軽々(かるがる)と仕事をこなし、できないことなど何もないといわんばかりの自信に溢れた青年であった。


 その一方で自分は奴隷でありながら勇馬に守られそして与えられるだけの存在であり、勇馬と自分は全く住む世界の異なる存在なのだと思っていた。

 誰よりも近いところにいるのに誰よりも遠くにいる。

 それが柊勇馬という人間だった。

 しかし、完璧だと思っていた主人も時には思い通りにいかず、時には悩み落ち込んでいる。

 アイリスはここにきてようやく勇馬も自分と同じ存在なのだと気付いた。


主様あるじさま


 アイリスはベッドに座る勇馬に近づき、その正面に立つとうつむいていた勇馬の頭に両腕を回し、自分の胸にそっと抱いた。

 アイリスも何故自分がこんなことをしたのか自分自身よくわからなかった。

 ただ、無性にそうしてあげたいと自分を突き動かす何かがあった。


 勇馬の顔にはアイリスの柔らかな双丘が押し当てられ甘くていい匂いが鼻腔をくすぐった。



(これは……)



 勇馬は突然のことに一瞬驚いたものの、チキンな自分に訪れた思いがけない幸運をありがたく堪能することにした。


主人公がさえない回だったのでお口直しに今日はもう1話投稿します。


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