25 寝耳に水
「申し訳ない、ギルドマスターに面会したいのだが」
付与魔法ギルドレスティ支部にやってきたのは騎士正装に身を包んだ1人の女性騎士だった。
聞けばこの女性騎士はリートリア辺境伯家の使いとのことであり、受付のキャメリアは急いでトーマスに取り次いだ。
「どうぞ」
キャメリアに案内されてマスタールームへと通された女性騎士は部屋へ入るとトーマスに向かって一礼した。
「リートリア辺境伯領第三騎士団団長マリア・ミスガルドと申します。本日はお忙しい中お時間をいただきありがとうございます」
トーマスがマリアにソファーを勧めるとマリアは軽く一礼して腰を下ろした。
「本来であればこちらからご挨拶にお伺いしなければならないところご足労いただいて申し訳ございません。臨時のギルドマスターを拝命しましたトーマスと申します。それでマリア殿、本日はどの様なご用件でしょうか?」
「本日は騎士団から依頼をさせていただいております件の打ち合わせに参りました」
「来週期限となっているトータル7000個の武具への付与のことでしょうか? それでしたら納期までには完了する予定です」
「いえ、それはそれで結構なのですが追加でやっていただく6000個の武具についてはいつお渡しすればよいのかという確認をさせていただきたく……」
「追加の6000? 一体何のことでしょうか。私は7000個の武具については受注を確認しておりますがそれ以外については存じ上げませんが……」
いつも飄々(ひょうひょう)としているトーマスの表情が疑問で歪んだ。
「今回発注の武具については、総計1万3000個というお話だったのですが、先代のギルドマスターから『全部は倉庫に入りきらない』ということでまず7000個をお預けし、そちらがある程度終了した時点で残りの6000個を順次入れ替えるという話だったのです。お聞きではありませんか?」
トーマスは直ぐにギルドマスター付きの秘書であるマイヤーを部屋に呼んだ。
「ギルドマスター、お呼びでしょうか?」
トーマスは直ぐにマリアとのやり取りを説明した。
「申し訳ございません。騎士団とのやりとりについては先代ギルドマスターが単独でしておりましたことに加え、その前後の時期については資料も散逸しているようで残っておりません。最初の7000個については武具が現実に預けられたことから受注品として確認でき、その後情報の整理ができたのですが追加分があることはおろか、取り決めについてもわかりかねます」
「しかし、こちらには先代ギルドマスターが確認の署名をされた請書をいただいています。ご確認下さい」
そう言われてマイヤーはマリアから差し出された書類に目を通した。
「確かに先代の署名に間違いありません……」
先代ギルドマスターが受注した当時、ギルドはそれ以外にも大量の仕事に追われ混乱の極致にあった。
そして、その後すぐに先代ギルドマスターは出奔してしまったという経緯であるため、引き継ぎがきちんとできていなかった。
「マリア殿、ギルドとして一度受けた仕事についてはお断りするわけにはいきません。しかし納期については待っていただくことはできないでしょうか?」
トーマスの言葉にマリアは困った表情を浮かべる。
「トーマス殿、実は今回の依頼についても納期は延びに延びているのです。今回は騎士団の武具だけの話ではなく補給物資の運搬と配置作業の兼ね合いから武具だけ時期をずらすということができません。厳守していただかなければ部隊編成に支障が生じるのです」
マリアはそう説明すると『何とかしていただきたい』と深々と頭を下げた。
今回の手続きで不備が生じれば責任者であるマリアにも何らかの咎が及びかねない。
そのことは同じく組織に属するトーマスにもおぼろげながら理解できた。
結局トーマスは「何とかしましょう」とだけ応え、マリアを見送ることになった。
「本日の午後から順次出来た武具についてはお引き取りに参ります。その際、入れ替えとして追加の武具をお持ちしますので是非お願い致します」
マリアはそう言い残すとひらりと馬に跨り駆けだした。
「これは大変なことになったな……」
トーマスは嘆息すると、ぽつりとそう呟いた。




