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19 平常運転

 

「それではお願いします。適宜ご用の際にはそちらのベルを押してお呼び下さい」



 勇馬は朝9時にアイリスとともに付与魔法ギルドへとやって来た。


 するとローリエという名前の女性職員に自分の部屋としてあてがわれた作業部屋へと案内された。


 彼女は勇馬の秘書となる女性職員であり、受付嬢のキャメリアと交代で受付業務もこなすキャメリアの先輩職員である。


 ローリエは感情の乏しい表情をしており愛想は正直良くはない。

 しかし、痩せ型の整った顔立ちに切れ長でやや釣り目がちの目に細身の眼鏡という容姿はクールビューティーという言葉がぴったりである。

 そんな彼女は一部の付与師たちから根強い人気がある。



 勇馬の部屋は普通の作業部屋の2倍から3倍程度はある広い部屋となっている。

 そこには大きな作業台が置かれており、その傍には大量の武具が乗せられた台車が5台ほど運びこまれていた。



「今日もまた大量だな~」


 役職待遇である反面、勇馬に受注拒否は許されない。


 勿論、能力的にできないということであれば仕方がないが、そうでない以上はこなすことは義務である。

 勇馬に振られた仕事は若手には荷が重く、中堅クラスであっても時間がかかるか効率が悪い中上級クラスの付与が中心である。


「う~ん、大体昨日と同じ感じかな?」


 依頼書を確認すると強度と重量軽減の二重付与をそれぞれ最上位レベルでというおなじみのものであり、有効期間が8週から12週とやや長めなこと以外に目新しいことは何もない仕事であった。

 もっとも、この仕事に面白さを求めるのは無理があると今更ながら勇馬は思っている。

 だからといって仕事を辞めることは今のところ考えていない。

 頼られて悪い気はしないし、こなせばこなすだけ儲かるのだ。

 それに加えてギルドの役職員としての給与が別途支給されるのだから文句を言えば罰があたるというものだ。


「それじゃあ、ちゃちゃっと始めますか」


 マジックペンを右手に顕現させると勇馬は早速仕事に取り掛かった。


 いつものようにアイリスが作業台に武具を並べ、依頼書に書かれている指示内容を口頭で勇馬に伝える。


 勇馬はアイリスの言葉通りの付与を順に施していった。

 

 小休憩をはさみながらもたいして時間がかからないうちに台車5個分の武具に付与を終えた。


 勇馬は鑑定スキルで付与に間違いがないかの確認を終えるとローリエを呼ぶためベルを押した。


「お呼びでしょうか?」


「用意されていた仕事は終わりましたから持っていってもらえますか。あと、追加があるのであれば持ってきて下さい」


 勇馬の言葉を聞いたローリエは台車に目を向けると口を半開きにして驚きのあまり一瞬固まってしまった。


「かっ、畏まりました」


 しかし直ぐに我に返ると一礼して台車とともに部屋を出ていく。


 アイリスもローリエに続いて台車を押して部屋を出た。



 勇馬は何とも思わなかったが、もしもこのレスティ支部の他の者たちが先ほどのローリエの様子を目にしていたとしたら目を丸くしただろう。


 それだけローリエという女性は冷静沈着というイメージを持たれていた。



「お待たせしました。追加の仕事をお持ちしました」


 10分経ってローリエはアイリスとともに作業部屋に追加の武具を運び込んできた。


 台車は全部で2台であり、今度の依頼内容は初中級クラスの単純付与が中心となったものである。

 

 今日作業する予定だった付与師が作業できなくなったとかで穴の開いた仕事であった。

 

 本来であれば他の付与師たちが手分けをして穴を埋めるところであるが、納期がぎりぎりとなっている案件ということで早めに勇馬のもとへと回されて来たのだ。


「30分後にはできていると思いますので取りにきてもらえますか?」


 勇馬の言葉にローリエは頷くとすぐに作業部屋から退出した。




 それから30分経ちお昼休みの時間まで、まだまだという時刻。


 勇馬はアイリスとともにギルド1階ロビーのテーブル席に座っていた。



「どうぞ」


 ローリエは勇馬とアイリスの目の前に紅茶の入ったカップを給仕した。


 さっき終えた作業で今日の勇馬の仕事は取り敢えず終わりとのことで勇馬は一足先にお役御免となった。


 帰ろうとしたところでローリエからお茶を出すと言われたことから勇馬はありがたくいただいて帰ることにした。



 勇馬は紅茶を冷ましながら少しずつ口に含む。

 この世界の紅茶は地球のものと比べても違和感がない。

 とはいえ日本にいたときにはティーバックかペットボトルのものしか飲んだことはないので違いが分かるのかと言われれば疑問符がつくところではあるが。


 紅茶を飲んでいた勇馬は自分に向けられる視線に気付いた。


「……あの、何か?」


 鋭いとは言えない勇馬ではあったが自分にジッと視線を向けられ続ければ嫌でも気付く。


 勇馬は自分に視線を向け続けるローリエにそう尋ねた。


「いえっ、失礼致しました!」


 無自覚に勇馬に視線を送っていたローリエがパッと我に返り直ぐに謝罪した。


「仕事がないのであれば今日はもう帰りますので、ローリエさんもお疲れであればあまり無理はされないでください」


 勇馬はそう言うとゆっくりと紅茶を飲み干した。


 続いてアイリスが紅茶を飲み終わると2人は連れ立って席を立った。



 ローリエはギルドの扉から出ていく勇馬の後ろ姿をじっと眺め、勇馬が去った後もしばらく扉を見つめ続けた。


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