18 初日を終えて
日もとっぷりと暮れたリートリア辺境伯領・領都レスティにあるとある酒場。
年若い男たちが連れ立って店を訪れていた。
ここ最近『とある業界』は人手不足が問題となるほど仕事が多かった。
もっとも、その分その業界は若手の職人といえども多くの仕事をあてがわれ、その分、懐も潤っている。
「「「新しいギルマスの着任に乾杯!」」」
これまで毎日遅くまで作業に追われていた職人たちに今日は急ぎの作業はない。
そのため久しぶりに早い時間に帰ることができた。
件の業界の若手職人たちはこれまでのうっぷんを晴らすかの様にこの日は飲食街へと繰り出していた。
「それにしても絶妙のタイミングだったな」
「ああ、正直もうパンク寸前……というかパンクしてたもんな~」
その業界とは言わずと知れた付与魔法師業界である。
男たちは次々と舞い込む仕事に感謝はしていたものの、ものには限度がある。
この世界では現代日本以上にワークライフバランスが重視されている。
「で、聞いたか? ギルマスは来てすぐに客に絡まれていたキャメリアちゃんを助けたらしいぜ?」
「俺たちのキャメリアちゃんに絡むとは許しがたい! どこのどいつだ、その馬鹿は?」
キャメリアとは付与魔法ギルドレスティ支部の受付嬢の名前である。
若い彼女はその容姿だけでなく丁寧な対応と、ときおり見せる人懐っこさで若手付与師たちから人気を博している。
一部の者たちからは「テンパって涙目になったときの表情が庇護欲を掻き立てられる」との評である。
「トーマスさんはともかくもう1人のあいつはちょっとやべーよな?」
「ああ、正直今日の勝負はちょっと鳥肌が立ったぜ」
「どうやったらあんなことができんのかね? はっきり言って化けもんだぜ……」
男たちの話題がトーマスからある1人の男へと移った。
その男はこの国では珍しい黒髪黒目をした成人しているのかどうかが一見してわからないほどの幼い顔立ちをしている。
「確かユーマといったか? でも結局はサブマスになるんじゃなくて役職待遇ってだけなんだろう。実力は半端なかったが結局俺たちの応援ってだけだし、悪いやつじゃなさそうだし」
「確かに……。それはそうかもな」
「でもサギトは災難だったな」
「今度酒の一杯でもおごってやらねーとな」
「でも最近ちょっと調子に乗ってるところもあったからいい薬にはなったんじゃないか?」
「ちげえねえ。まあ、ひどい薬だったがな」
「ははっ、劇薬だな」
男たちはこんな調子でたわいもない話をしながら夜も更けていく。
この店以外でも同じように他の付与師たちが飲み歩いている。
中には羽振り良く娼館に遊びにいった者もいる。
レスティの付与師たちが久しぶりにできた時間を使ってこれまでの疲れを癒しているころ、レスティ支部のマスタールームにはまだ灯りが燈っていた。
「ふ~、今日はこんなものかな?」
他には誰もいないマスタールームでこの部屋の仮の主となったばかりのトーマスがそうひとりごちた。
臨時のギルドマスターに就任してまず最初に手を付けたことは現状の把握である。
レスティ支部では突然ギルドマスター、副ギルドマスターが職務を放り出してしまったため、ギルドマスターの秘書役であったマイヤーが何とか穴を埋めようと奔走していた。
彼女のおかげもあって、かろうじて致命的な状態にはなっていなかった。
しかし、付与師の主力が欠けたことで業務に歪みが生じており、業務体制の崩壊は時間の問題だった。
「それにしても……」
トーマスは今日のことを振り返り思わず頬を緩めた。
今日の出来事はトーマスにとって僥倖であった。
勇馬とサギトの勝負の結果は否が応でも勇馬の力を知らしめることになった。
ギルドマスタークラスの実力者が2人加わる。
その事実はレスティ支部の若い付与師たちに安心感を与えることになるだろう。
そして同時に勝負にかこつけて若手付与師たちには手に余るレベルの急ぎの仕事を片付けてもらうことができた。
さらには今後のレスティ支部をひっぱっていってもらう必要があるサギトの意識改革をすることができた。
トーマスは以前にも何度かこのレスティ支部には来たことがあったし、別の街のとはいえ付与魔法ギルドの幹部職にあることからサギトのことはよく知ってはいた。
彼の実力は認めるところではあったが自信家ゆえの悪評も見聞きしており、レスティ支部のためには一度壁にぶつかってもらう必要性も感じていたところだった。
「一石二鳥どころか三鳥にもなったな」
トーマスはそう言って席を立つと、マスタールームの灯りを消して部屋を出た。




