32 尻拭い
「いいところに来てくれた! 申し訳ないがちょっと手伝ってくれないかい?」
今日も今日とて付与魔法ギルドへとやってきた勇馬たちは来て直ぐにトーマスからそう頼まれた。
「実は作業を頼んでいた工房が穴をあけちゃってね」
トーマスは台車を押しながら説明をする。
付与魔法ギルドではギルドのメンバーの能力に応じて仕事を割り振っている。
それは勇馬のような個人に対してだけでなく、『工房』と呼ばれる自分の店を構える付与師に対しても同様だ。
『工房』を構える付与師は通常、多くの弟子を抱えている。
この街にもサルタ工房という中級付与師の親方が弟子を抱えている工房がある。
この工房の親方は『魔力同調』という技能を持っている。
『魔力同調』とは既に魔法が付与された物に対して重ねて付与を施すという技能であり、高い技術力が必要とされている。
通常既に付与魔法が施されたものに重ねて付与魔法を掛けた場合、最初に施された付与効果を排除してしまうか弾かれてしまうかのどちらかである。
同一人物が施した付与であってもそのときどきで魔力の波長が微妙に異なるため、自分が以前付与した武具に改めて違う効果の付与を重ねることも簡単ではない。
この工房の親方は魔力の量そのものは平凡であったが魔力同調の技能に優れていたため二重付与の依頼を受けた場合、1つ目の付与を弟子にさせ、2つ目の付与を魔力同調によって自分がするという分業制によって多くの業務をこなしていた。
しかし、親方が昨晩急病で倒れ、今日納期となっていた多数の武具の納入が間に合いそうもないという連絡が今朝方あったのだ。
魔力同調が使えるのであれば追加の付与を施し、使えないのであれば勿体ないが弟子が施した一つ目の付与を除去して改めて二重付与を施して欲しいというのがトーマスからの依頼であった。
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
トーマスは自分の押してきた台車を作業部屋に運び入れるとそう言って部屋から出て行った。
この部屋には勇馬とアイリスの2人も1台ずつ武具を満載した台車を押してきたため合計3台分の武具が積まれている。
「さて、どうしたものかな」
勇馬としては普通に二重付与を施せば恐らく期待された結果を出すことは簡単だろう。
しかし、今後のこともあるので自分にも追加で付与を施すことができないだろうかと考えたのだ。
「取り敢えずメニューを見てみるか」
勇馬はマジックペンの『メニュー』を開きいつもの様にヘルプ先生に質問してみる。
その結果は既に付与がされている物質に追加で付与を施したい場合は最初に『+』を記載すればよいとの回答だった。
(えらい簡単だな)
付与魔法の世界では『魔力同調』と呼ばれる特殊技能がマジックペンを使うとそんな簡単な記号で代替されることに勇馬は苦笑した。
「えーと、これは追加で自動洗浄4週間だから『+自動洗浄(4)』でいいな」
鉄の剣に既に施されていた【強化1・2倍(有効期間4週間)】に【自動洗浄(有効期間4週間)】の効果を付与した。
ちなみに自動洗浄とはその名のとおり汚れが自動的に洗浄され、わざわざ自分で汚れを落とす必要がないという付与効果である。
この効果は特にダンジョンに長く潜る予定の冒険者に重宝されている。
ダンジョンではのんびりと武具を手入れする余裕はなく、かといって手入れを怠れば特に武器は本来の性能が発揮できない。武具の寿命もそれだけ縮める結果にもなる。
そのため特にこれからダンジョンに潜ろうという冒険者の需要が高い。
「さて、確認しておくか」
――鉄の剣【強度1・2倍(有効期間4週間)、自動洗浄(有効期間4週間)】
果たして勇馬の意図通りに追加の付与がされていた。
「残りもちゃっちゃとやるか」
こうしていつもどおり勇馬はアイリスと作業を進めていった。
勇馬にとって結局は、ほぼ単純付与の作業でしかなかったため作業はいつもよりも早い時間に終わった。
「ありがとう。助かったよ!」
割り当てられた作業を終えてトーマスに報告するとトーマスは満面の笑みで礼を口にした。
「ところで結局きみは魔力同調ができたのかい?」
「みなさんの言われる魔力同調と同じかどうかはわかりませんが同じ様なことはできました。元々あった付与の効果はそのまま有効利用していますから」
「ふ~ん、そうかい。となるとこれは……」
トーマスはそう呟くと何か考えこんでしまった。
「サブマスター! 今日受け取りのお客様がいらしています。手が足りませんのでお願いします」
受付嬢のエリシアに呼ばれて我に返ったトーマスは「それじゃ、また」と言って受付の応援に向かった。
(なんだったんだろうな?)
疑問に思ったものの勇馬は今日の作業で受け取った報酬の方に意識が向かう。
今日の作業は緊急依頼の扱いとなったためいつもより割増で報酬をもらうことができた。




