30 同伴出勤
アイリスを奴隷商館から引き取った翌日、いつものようにギルドに出てきた勇馬は受付のエリシアの元へと向かった。
「おはようございます。ちょっとお伺いしたいことがありまして……」
「おはようございます、ユーマさん。何でしょうか?」
「実は手伝いとして1人作業に同行させたい者がいるのですが可能ですか?」
勇馬が申し出たのは仕事の手伝いにアイリスを参加させることができるかどうかの確認であった。
勇馬が仕事の間アイリスは部屋に1人となる。
これが普通の家であれば掃除や洗濯、食事の支度をさせるところだが宿の部屋となるとできることも限られる。
話を聞いた限りだとアイリスには特別な技能や能力はないとのことだったのでしばらくは自分の手伝いをさせて目の届く範囲に置いておきたいと考えたのだ。
「手伝いですか? それは可能ですよ。ユーマさんも中級付与師ですから助手や弟子の1人や2人いてもおかしくはありませんから」
「ありがとうございます。では明日から連れてきます」
そんなやり取りを終えてこの日も用意された仕事をあっという間に終わらせた。
帰ろうとしたところ、ロビーでギルドマスターのウォルグに後ろから声を掛けられた。
「ユーマ、何か背中が仕事をやり足りないって言ってるんじゃないか? 仕事が欲しければ回してやれるぞ?」
「それは助かります。ちょっといろいろと入用もありましたので」
奴隷を買ったことはぼかしつつも追加の仕事を引き受けた。
次の日。
予定どおり勇馬はアイリスを伴って付与魔法ギルドへとやってきた。
「エリシアさんおはようございます。今日もよろしくお願いします」
「ユーマさんおはようございます。それでそちらが例の?」
「はい。アイリス、この人はギルドの受付のエリシアさんだ」
「はっ、初めまして。アイリスといいます。よろしくお願いします」
アイリスには事前に外では自分が奴隷だと言わないように指示してある。
「いえいえこちらこそ~」というエリシアを横目に勇馬は今日の依頼品が積まれた台車を押して作業部屋へと向かった。
「アイリスには作業部屋での武具の持ち運びと、受付と作業部屋との間の台車での運搬をやってもらおうと思う」
「承知しました」
そう言ってアイリスは勇馬が押していた台車を引き継いだ。
作業部屋へと着くと勇馬は順番に手順を説明した。
依頼書と対応する武具を間違えないようにと念を押して取り敢えずは実際にやってみることにした。
(そういえば人前でこれを出すのは初めてだな)
マジックペンを顕現させようとしてふと気が付いた。
「アイリス、この部屋で見聞きしたことは他言無用だからね」
勇馬の雰囲気が変わったことを悟ったアイリスは硬い表情をして無言で頷いた。
(来い、マジックペン!)
勇馬が念じると右手にマジックペンが顕現した。
その様子をアイリスは驚いた表情で見ていた。
もっとも、アイリスは付与魔法はもとより魔法についても詳しい知識を持っているわけではないため勇馬がしていることがこの異世界においても異常なことだとまでは理解できていなかった。
「じゃあ、仕事を始めるよ」
「鉄の剣、強度1・5倍、有効期間2週間です」
「はいよ」
アイリスの指示に従い、勇馬は作業台に置かれた鉄の剣に『強度1・5倍(2)』
と書き込んだ。
仕事はいつもどおり順調であった。
付与を終えた武具はアイリスに指示して作業台から除け、次の武具を作業台へと並ばせた。
「そういえばアイリスは鑑定スキルは使えない?」
「その様な特殊なスキルは持ち合わせておりません」
この世界においては魔法の他にスキルと呼ばれる技能が存在する。
通常は職業に付随する能力であり熟練度により取得すると言われている。
アイリスは当初台車に用意されていた武具への付与が終わると作業部屋から受付へと運び、新たな武具を受付から運んできた。
こうしてアイリスは作業部屋と受付とを台車で往復し、勇馬の作業を手伝った。
「よし、今日はいつもよりも効率良くできたぞ。ありがとう」
「いえ、奴隷の仕事として当然のことですので……」
そうは謙遜するもののアイリスの頬は緩んでいる。
どうやらアイリスは他人に褒められることに慣れていないようだ。
それからというもの勇馬は午前中はアイリスと共に付与魔法ギルドで仕事をし、午後はときどき建築屋のロッシュからの指名依頼をこなすようになった。




