28 ファーストコンタクト
「よし、じゃあそろそろいい時間だからお昼ご飯を食べよう。ここの1階が食堂になっているんだよ」
時間は既に午後1時を回っている。
ピークタイムを過ぎているため混んでいることもない。
いきなり食事だと言われて鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているアイリスは勇馬に手を引かれて食堂へと降りた。
1階の食堂へと来ると勇馬は空いている席に適当に座った。
しかしアイリスは所在なさげに突っ立ったままだ。
「どうしたの? そこに座りなよ」
「しかし……」
そう言ったままアイリスは俯き口をつぐんだ。
性欲の前にまずは食欲を満たすのかと思ったアイリスではあったが奴隷商館での日々で短い期間ながら奴隷としての教育を受けていた。
奴隷が主人と食事の席を同じくすることは言語道断と教わっていたために逡巡していた。
(ああ、これは自分が奴隷だからどうとかいうやつか……)
一方の勇馬も伊達にライトノベルを読み漁っていない。
アイリスの考えていることはおおよそ当たりがついた。
「人に見られながら食事をする趣味はないんだよ。食事は一緒に食べてこそ美味いんだから」
そう言うと向かいの椅子を指差して座るよう促し、アイリスは言われるがまま勇馬の向かいの席に腰を下ろした。
「何か食べたいものはある?」
メニュー表を指差しながら尋ねるとアイリスはふるふると首を振った。
「奴隷だからって遠慮しなくていいよ」
結局二人は同じものを食べることになった。
アイリスが遠慮するため勇馬が自分で食べたいものを選んでそれを二人前頼んだのだ。
主人である自分と同じものを食べさせることによって自分たちは一般的な主人と奴隷の関係ではないことを教える目的もあった。
「注文しておいて何だけどエルフってお肉を食べるの?」
「エルフも狩りはしますしお肉も食べます。でも木の実や野菜の方が好きということの方が多いと思います」
初めてまともに会話らしい会話ができて勇馬は思わず頬を緩ませた。
一方、アイリスは食事の後のことを思うと表情は硬いままだ。
「ほらほら、せっかくかわいい顔をしているんだからそんな顔しちゃダメだよ」
勇馬は頑張ってアイリスの気持ちをほぐそうとするがなかなかうまくいかない。
あーだこーだと話をしていると注文した食事と水の入ったグラスが運ばれてきた。運ばれてきた食事は湯気を立てている出来立てのハンバーグである。そばには彩豊かな温野菜も添えられている。
目の前の食事にアイリスの視線は釘づけとなった。
食欲をそそられるソースの香りがテーブルを覆う。
アイリスは奴隷商館では最低限の食事は出されていたが味気ないものばかりであった。今回の様な食事をしたのがいつだったのかを思い出すことも難しいほどである。
『ぐ~』
不意にアイリスのお腹から地の底に響くような低い音が聞こえた。
自分のお腹の中から出た音の大きさにアイリスは恥ずかしさのあまり俯いてしまった。
「ははっ、じゃあ食べようか。遠慮せずに食べていいよ」
これまでろくな物を口にしていなかったアイリスは目の前の熱々のハンバーグにナイフを入れると一気に頬張った。
「あふっ」
出来立てのものが熱いのは当然であり、口の中をやけどしそうになったものの間髪入れずに水の入ったグラスに口を付けて難を逃れた。
その様子を勇馬は微笑ましい表情で眺めていた。




