25 お支払は現金で
舞い上がっているときほど日常どおりに生活をするべきである。
勇馬はそう自分に言い聞かせて午前中はいつもどおりに付与魔法ギルドで仕事をした。
300万ゴルド貯めることで290万ゴルドを支払っても当面の生活ができるだけの余裕はあるのだがそれはそれ、これはこれである。
余裕はあるに越したことはない。
仕事を終えると奴隷商館へと向かった。
奴隷商から示された支払期限は2か月だ。
本来、まだ期限内であるためまったく慌てる必要はない。
しかしこの手の売買には横やりがつきものであり、ライトノベルを良く知る勇馬の心配ごとだった。
曰く『金持ちの他の客が戯れに購入を希望した』などの話は枚挙に暇がない。
こんなところでテンプレは勘弁と祈りながら奴隷商館の中へと入った。
「いらっしゃいませ。おや? あなたは……」
息を切らせて店に入ってきた勇馬を出迎えたのは勇馬を案内したあの男だ。意図せず早足となったため息も切れ切れだ。
「すっ、すみません。お金を支払いに来ました」
勇馬は店のカウンターまで進むと購入代金の残りである290万ゴルドの入った革袋を差し出した。大銀貨と金貨が入り混じっているため店員の男は種類ごとに選り分け数えていく。
「確かに290万ゴルドございました。これで合計300万ゴルドをお支払いただきました。ところで隷属契約は隷属の首輪を使うものと魔法だけで行うもののどちらになさいますか?」
「魔法だけの方でお願いします。それからこれを」
勇馬は半大銀貨(5000ゴルド)をカウンターの端に置いた。
「お客様、これは?」
「それで身支度をさせて下さい。一緒に街を歩いて戻りますので悪目立ちしない程度のものをお願いします」
「かしこまりました。それではお引渡しの準備を致しますのでそちらのソファーにお掛けになってお待ち下さい」
店員の男は改めて勇馬に一礼すると店の奥へと消えて行った。
「ふ~」
勇馬は一息吐くとロビーに置かれていたソファーにどかっと腰をおろした。
奴隷を買う場合、隷属魔法によって身体の一部に奴隷紋を刻むだけのやり方とそれに加えて奴隷に隷属の首輪をつけるやり方との2通りがある。
隷属の首輪をつける場合はより強制力が高くなり命令しやすくなるとされている。
もっとも他人からはその者が奴隷であることは一目瞭然となる。
この世界では後者のやり方が一般的ではあるが勇馬は奴隷を奴隷らしく扱うことをこれっぽっちも考えていない。
そのため奴隷の印となる隷属の首輪をつけることは最初から選択肢にない。
最近の仕事の疲れのため勇馬がソファーでうとうととしていると不意に店の奥へと続く扉の方から足音が聞こえた。
勇馬が足音の方へと視線を向けると厚い扉が開かれ先ほどの店員の男のほか、体格のいい用心棒の男、そして以前見たハーフエルフの少女が姿を見せた。
「お待たせしました。服と靴については当店で直ぐにご用意できるもので最高の物を付けさせていただきました。しかし何分急なお話でしたのでいただいた金額に見合うものとはなりませんでしたので……」
男はそう言って幾ばくかのお金を勇馬に返そうとした。
「いえ、お返しは結構です。手間賃としてとっておいて下さい。そちらのお兄さんにも」
勇馬が用心棒の男に視線を向けると男はうれしそうに頭を下げた。
勇馬が異世界にいったらやってみたかったこと。
奴隷の購入費用以上の支払いをして身支度をさせることと心付けを支払うこと。
その2つを実際にすることができた。




