24 酒場にて
日本ではお酒は20歳になってから(建前)
這う這うの体でヒルド武具店から飛び出した勇馬は気晴らしに街を散策した後、夕食を食べて帰ることにした。
当初は宿で朝晩食べていたが、もう1か月以上も宿泊している勇馬は『宿のお得意様』となっているため、食事については事前に断りを入れなくても都度宿泊者価格で清算できるようになっている。
そのため食事については直前の気分で宿で食べるか外で食べるか好きな様にできる。
勇馬は最近行くようになった酒場に入り、空いていたカウンター席に座った。
「すみません。エールを1つ」
取り敢えずビールではないが取り敢えずエールを注文する。
エールと一緒にお通しが出てきた。
こんなところまで現代日本と似ている異世界とかよく見つけてきたものだと勇馬は感心した。
勇馬が最初の一杯に口をつけると隣から話し声が聞こえてきた。
「ペゾウロでは付与の手数料が大幅に値上げになったって話だぜ」
「ああ、あそこはやり手のサブマスがやめちまったからな」
勇馬の左側、椅子1つ飛ばした隣には冒険者風の装いをした2人の男がエールを片手に話し込んでいた。
サブマスは、サブのギルドマスター、つまりは副ギルドマスターのことである。
「今はどこも付与師が足りないらしいぜ。値上げにならなくても納期が大幅に延びていてクエストに支障が出始めてるってよ」
男たちはそう言うと手に持っていたエールを一気に飲み干した。
「この街はいいよな。受注制限もかかっていないようだし納期も短いし」
「ならいっちょ長めの付与でもやっとくか?」
男たちは街の外から来た冒険者であり付与魔法ギルド絡みの話に勇馬は興味をひかれた。
「お兄さんたち、おもしろそうな話をしていますね。ちょっと聞かせてくれませんか?」
勇馬は席を一つ左に移って男たちの会話に入り込んだ。
男たちは「おまえ誰だ?」という表情で勇馬に顔を向ける。
「いや、俺はこの街に住んでるんですけどね。街の外には出ないもんで冒険者の人の話を聞くのが楽しみなんですよね。あっ、マスター、お兄さんたちにエール追加ね」
カウンターで皿を磨いていたマスターにそう伝えると男たちの前にさっとエールが置かれた。
「お前さんわかってるじゃねーか。で、何が聞きたいんだ?」
男は目の前に出されたエールの入ったジョッキを手に持ち口をつける。
「他の街の付与魔法ギルドについて、かな?」
「ありがとう、いい話を聞けたよ」
勇馬は冒険者の男たちにお礼を言うとカウンターにお金を置いて店を出た。
(おお! ラノベのテンプレにある、一度はやってみたかったこと1つ達成だな!)
勇馬は見ず知らずの人に酒をおごって情報をもらうということを一度はやってみたいと思っていた。
現代日本でもなくはない話だが、この世界にはテレビもラジオもなく、全国規模の新聞もない。
情報というものは噂話レベルであっても貴重である。
(それにしてもそこまでひどいことになっているとは……)
勇馬が聞いた話だと、この国の他の街では腕利きの付与師の多くが引き抜かれるなどして付与魔法ギルドから離れており、冒険者たちからの注文をさばききれていないらしい。
特に優秀な付与師でなければできない、効果の高い付与や長期間有効となる付与については受注の受付が中止になっている街もあるという。
効果の低い付与についても注文が殺到して納期が大幅に延びたり、受注制限がかかるなどしており、ついには料金の値上げにもつながる事態となっているそうだ。
勇馬が話の中で一番気になったのは、高ランクの一般冒険者たちが国外に流出しつつあるという話だ。
一般の冒険者は通常、有効期間のある付与魔法で強化された武具を使っている。
比較的難易度の高いクエストを受注する冒険者は万全を期してランクの高い付与を求める。
また、低ランクの冒険者は、少しでも背伸びして難易度が高くても報酬の良いクエストを受けようとする。
戦力の底上げのために武具に付与を施すことはこの世界の冒険者には必須といっても過言ではなく、少しでも余裕があれば高ランクの付与を求める傾向がある。
高ランクの付与については需要が相当数あるのだがその一方でその様な依頼は付与師の中でも技術力が高く魔力の多い者でなければ数多くこなすことは難しい。
現在行われている受注制限も、強化については鉄の剣では1・3倍までの付与しか受け付けないとされるなどしており冒険者にとっては不満の種となっている。
そして何よりも問題なのは納期の長さだ。
冒険者はクエストをこなしてなんぼの職業であり、武具の強化に時間がかかればその間クエストを行うことができず、当然稼ぐことができない。
そのため、十分な付与魔法のサービスを受けることができないこの国を見限り、他の国へと流れていく冒険者が出始めているという話である。
ちなみに冒険者は1~2週間に1回、休みをとる際、武具に付与を依頼するということが多い。
最初から長期の付与をしておけば良いという考えもあるかもしれないが一般の冒険者が使用する武具は場合によっては直ぐに買い替えなければならないということもある。
その場合は、長期間の付与をしていた場合、無駄になり損となるため、少なくともこの世界では都度付与してもらった方がいいという考えが一般的だ。
勇馬は高ランク冒険者であれば最初から付与魔法の必要のない高レベルの武具を使えば良いのではないかと思ったこともあるがそう簡単ではない事情もある。
付与が不要となるほどの名の通った武具を持っている者はハイエンドクラスの冒険者や資金に余裕がある冒険者などほんの一握りに過ぎない。
いわゆる『高ランク』と呼ばれる冒険者であってもはそういうわけにはいかず、入手できる武器は『並みの武器』である。
せいぜい名工が造ったとか、できのいい武具というレベルのものが関の山であり、魔物や魔獣と対峙するには付与魔法での底上げが必要となっている。
「となれば今が稼ぎ時か」
時期が良かった、と勇馬はそれからも俄然仕事をこなし続けた。
そして期限の2か月が到来するよりも前に目標である300万ゴルドを貯めることができた。




