30 報告
「ははっ、やはりエリクサーを出品すると食いつきが違うな」
ダンジョン都市サラヴィの代官邸執務室。
その主であるクライスはつい先日行われたオークションの成果を確認しながら笑みを浮かべた。
オークションでは事前に出品される物が告知されるがやはり人々の注目を集めるアイテムはエリクサーだった。
エリクサーが出品されるオークションではそうではないときに比べるとやはり参加者の熱が違う。
特にこの大陸各地で戦争が始まってからはその引き合いはそれ以前とは比べものにならない。
ただでさえ貴重だったエリクサーの値段は上がるばかりだった。
そんな需要に応えるように今回は勇馬から提供を受けたエリクサーを多めに出品したもののそれでも以前の落札額と同程度かそれを上回るものとなった。
戦争によりポーションでは治癒しきれない大怪我を負った貴族や大商人の子弟のためにとこのオークションに金が集まるのだ。
それだけではない。
クライスの元には直接エリクサーの取引を持ち掛けてくる者たちもそれなりの数が存在した。
その中にはラムダ公国と戦火を交えた神聖国の有力者も存在する。
そんな者たちが提示する取引材料は金銭だけにとどまらない。
いわゆる機密情報というものも存在し、これが明るみになれば裏切り者と言われるだろう者たちもいる。
(まったく、どいつもこいつも自分や身内だけがよければいいのだろうな……)
彼とは正反対だな、とクライスはつい1か月前に見ず知らずの難民たちのために街を作り始めた1人の若者のことを思い出した。
「クライス様、例の街の報告にあがりました」
「んっ、ご苦労」
ちょうどそのとき、クライスは執務室に入ってきた女性秘書官からその若者の街についての報告を受けることになった。
クライスは書きかけの書類から顔を上げると秘書官の切れ長の目を見た。
「あれから1か月か。たしかにわたしから定期的に報告するようにと指示はしたが、わずか1か月では報告もなにもないだろう。まずは水の確保からだろうから井戸を掘るか新たな水源を探すので精一杯というところじゃないか?」
クライスはうんざりするような表情を浮かべてそう言い放った。
もしも自分が勇馬の立場であればあんな火中の栗を拾うようなことは絶対にしない。
内政官としてそれなりの自負があるクライスではあったがあんな状況で領主をやれと言われればすぐさま匙を投げてしまうだろう。
「水の問題はないようです。どうやら新たな水源が見つかったらしく豊富な水資源が確認できているようです」
「おおそうか! ユーマはなかなか運がいいようだな。正直、水ばかりはどうにもならないものだ。そこは心配だったがいい方向にいったようで何よりだ」
「ええ、街づくりは順調に進んでいるようで、既に街を囲う城壁を作り始めています」
秘書官の言葉にクライスの眉がピクリと動く。
「城壁? あの場所に城壁を作るのか? そのためにいったいどれだけの石材が必要になるのかわかっているのか?」
「そうはおっしゃいましても……」
「そもそもあの辺りは石は豊富だがとにかく固い。採石するだけでもかなりの時間がかかるはずだ。それを運ぶにもそれなりの時間がかかるだろう。領主館がまともに完成するのでさえどれだけ時間がかかるかわからないだろうに……」
「いえ、領主館は既に完成しているようです。それだけではなく、他の施設や難民たちの家もある程度は」
「……はっ?」
一拍遅れて女性秘書官の言葉を反芻してその意味をきちんと理解したクライスの口からおそらくこれまで出した記憶のない間の抜けた声が漏れた。
いや、まだ代官になる前、おそらく子供の頃にはあったのかもしれないがそれはもう忘却の彼方といっていいほど昔のことだ。
「すまん、ええっと何の話をしていたのだったかな?」
「例の付与師で錬金術師の彼がレンブラム要塞の外に作り始めた難民たちの受け皿となる新しい街の現在の状況についてですが……」
「そうだよな」
クライスは狐につままれたような表情を浮かべる。
そして気を取り直して聞いた。
「で、そのユーマの作り始めた街の様子はどうだ?」
「新たな水源が見つかったのか豊富な水量の川が新たに確認できているとのことです。その近くには広大な農地が広がり、こちらが提供した植物の種や苗を植え始めています。街の方は石造りの領主館や建物が立ち並び、いまは城壁作りが……」
「きみ、冗談はたいがいにしないとさすがのわたしでも怒るぞ? そんなことがあるわけないだろう!」
いつも沈着冷静で表情もほとんど変えることのないクライスが憮然とした表情で女性秘書官を睨みつける。
若くしてラムダ公国第二の都市であるサラヴィの代官に上り詰めた男というだけあって文官ながらその迫力はかなりのものだ。
「いっ、いえ、わたしは事実をありのままにご報告を……」
「しかし、きみが現地を直に見たわけではないだろう。まったくそんないい加減な報告をした奴がいるということだな。直ぐにその責任者を呼んできなさい!」
「はいっ、直ちに!」
女性秘書官はすぐに退室し、現地の報告を行った責任者を執務室へと連れてきた。
そして先ほどと同じやり取りを同じ場所で繰り返すことになる。
「ええい! 埒があかん、それならわたしが直接この目で確認に向かおう!」
こうしてクライスは自分の目で現地の視察を行うこととなった。




